第16話 トモガラ

「悪いな。それ俺が春に貸していたやつだわ」


 その一言がパッと口から出た。もちろん嘘だった。正義感とか憐れみというよりは、はやし立てる女子たちをぎゃふんと言われてやろうという気持ちが一番大きかった。


「そ、そうなのか」


 驚く友達の腕を掴み上げ、漫画を回収する。女子たちは一瞬、呆気にとられたようだが、その激昂は春から四方田に向いた。


「でも借りた春くんも悪いよね」


 女子の一人がばつが悪そうに言う。

 漫画を抱えた四方田は「ざまぁみろ」と心の中で呟き、女子たちを見下した。

 結局二人は先生に言いつけられ、こっぴどく叱られた。漫画は没収となり、二人は放課後、居残りでその懲罰を受けることとなった。

 先生が監視する教室でたった二人、漢字の書き取りをやらされた。今思うと意味のない罰だ。漢字を書き取るという学習はほぼ作業であり、頭に入って来るわけではない。

 指定された文字数を無心で仕上げると、鉛筆を置いた。先に終わった四方田は先生に提出し、教室の外に出た。

 窓の外はもう薄暗かった。五時のチャイムが聞こえてくる。給食で使う割烹着がぶら下がっている廊下の壁に寄りかかり、春が出てくるのもを待った。

 春のほうがずっとのろまで、勉強が出来なくて、運動も出来なくて、容量も悪かった。ただ一つの取り柄は真面目である、ただそれだった。

 四方田が書き終えてから十分ほど経つと、教室の扉が開く。


「なんでここにいるの?」


 春の第一声はそれだった。


「友達を置いて帰る奴がいるかよ」


「でも、僕のせいで君は……」


「気にすんな、俺はあの女どもが嫌いなだけだ。ああやって首突っ込んで、先生に言いつけることを生きがいにしてやがる。春が漫画を持ってきたかったって、どんな迷惑がかかるっていうんだ」


「でも悪いのは僕だ。君が怒られる理由なんてなかったんだ」


 春は唇を噛み締めながら言った。


「じゃあ俺と喋るようになったのも悪いことだったのか」


「そんなことは――」


 春の言葉を遮るように言った。


「だったら悪いことだなんて思うな。俺とお前が仲良くなったのもお前が漫画を学校に持ってきたからじゃねぇか。なにもかも悪いことじゃない。悪いことがあれば、いいことだってあるんだ。だから何も恐れることなんてないんだよ」


「すごいな君は……僕はそんな風には思えないよ」


「過ぎちまったことはポジティブに考えねえぇと、やってられないだろう」


 それから春はほんの少しだけ変わった。自分から話しかけ、初めて四方田以外の友達を作った。とはいえ、いつも四方田の後ろをついていただけだが。

 それでも四方田の友達とも打ち解け、いつも遊んでいるメンバーに加わった。その後中学に進学しても、クラスの隔たりを越えて仲が良かったのは春だけだった。

 幼馴染とも違う、まさしく〝親友〟と呼べる存在だったのだ。



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