3-18.埋められない




――「櫂ー、腹減ったー。死にそー」


 色違いの衣装に身を包んだ祐貴が、机に突っ伏してぐーたれてる。


……そう。祐貴も俺も、晴れてB.W.Dのメンバーとして共にデビューすることができた。



「おつかれっしたー」

「え、なにお前、このあと学校?!」

「おう」

「まじかよー、飯行きたかったのにー!ま、いーや!おつかれ~」



 デビューしてから毎日いろんな雑誌の取材、撮影、ダンスレッスン、定期的に行われるLIVEなどで、息をつく間もないほど忙しい。祐貴は高校を辞めたけど、俺は合間に学校にも通っている。両親との約束は、ちゃんと守んねーと。




「いやぁ、まさかお前が有名人になるとはな〜!!始業式の日に俺が黒染めしたこと、ファンの奴らに自慢してやるか〜!がーっはっは!笑」


 相変わらずどでかい声の阿部。……なんとか俺が卒業できるように尽力してくれているのを聞いている。


 いろんな人に支えられて、今俺はダンスが出来てるんだ……。




『今日、家行ってい?』

『いいよ』



 さくらと校内でこっそりLINE。松本さんからのアドバイス2つ目は――とにかく家で会うことだった。


 外で待ち合わせは絶対にしない。一緒にいる写真さえ撮られなければ、いくらでも言い逃れができるから、どちらかの家で会うようにしろと。


 もっとも、一番リスクが低いのは同じマンションに住むとか同棲するとからしい。――まだ学生の俺には、無理だけど。



 松本さんは有能なマネージャーなんだと、この数カ月でよく分かった。仕事面ではもちろんのこと、プライベートのこと……恋愛面でも一方的なルールを押し付けて諦めさせるのではなく、こうしてうまくやっていく方法を教えてくれたりする。


 傍から見れば大したことは言ってないんだろーけど、10代の無知な俺らからしたら貴重なアドバイスだった。



 そんなこんなで、デビューしてからは学校内でさくらと一緒に行動するのは辞めた。昼飯も、俺は光太郎と、さくらは山口と、二手に別れて食べている。



「悪いな……俺たちのことに巻き込んで」

「なーに言ってんだよ!!誇らしいぜ、親友が有名人になって!笑」


 光太郎は相変わらずいい奴だ。



「ところで……あれからどーなった?」


 熱海旅行の時に悩んでいた。……あれの話。何気にけっこー気になっていた俺。



「いやぁ……それがまだでさ……」


 あの旅行から半年以上経つけど、どうやらこいつらはまだらしい。



「……まぁ、焦るもんじゃねーしな?」

「……だよな!里帆の気分が乗るまで気長に待つわ!!笑」


 我慢もせずすぐに越えてしまった俺が何を偉そうに……と自分でも思うけど。でもまぁ、まだ高校生だし。山口の気持ちも、分かんなくはない。






――「お邪魔しまーす……」


 さくらの家の玄関をガチャッと開けて入る。万が一に備えて、玄関で出迎えないようにと二人で決めてある。


 既にリビングにはさくらがいて、お茶を用意してくれていた。


 目が合うと、ニコッと綺麗に口角をあげて笑ってくれる。その笑顔を見ると……やっぱほっとする。



 季節はいつの間にか冬になっていた。この家に来られるのも1カ月ぶり。さくらの部屋には、今年はこたつが出されていた。


 二人でこたつに入って、音楽を聴きながら学校の課題をする。



「あ、そーだ。今年の年越しは俺、カウントダウンLIVEがあるらしくて……」


 ふと思い出して伝える。去年は一緒に過ごせたのにな……。さくらも少し寂しそうな顔してる。


「ごめんな……?」

「だ、だ、だーいじょうぶ……!て、て、てーれびで、みーるね」


 初LIVEのあの日以来、さくらは俺のLIVEに来ていない。また発作を起こす危険性があるから、お互い話し合ってしばらくは辞めようということになった。



 さくらが渡米するまで、あと3ヵ月とちょっと。瞬く間に時間は過ぎていく。遠距離を乗り越える方法なんて、テレビ電話ぐらいしか未だ見出せていない。


 それどころか、確実に俺は忙しくなっている。さくらとこうして会える時間も場所も、以前とは比べ物にならないくらい少なくなっていた。


 さくらは寂しいなんて決して言わないけど、まるで俺の存在を頭から追いやるように夢中になって、沢山絵を描いているらしい。山口がそう言っていたと光太郎から聞いた。



 そして俺は、そうやって絵にのめり込んでいくさくらを見て、寂しさを感じてる。


……なんなんだこの悪循環。



「さくら、そっち入ってい?」


 さくらが座ってる正方形のこたつの一辺に、俺も無理矢理入り込む。さくらは窮屈なのが可笑しいのかニコニコ笑ってる。


……でも、俺の狙いなんて分かってるみたいで、既に赤くなって下を向いていた。



「……っ」


 こっちを向かせて、掬い上げるようにキスをして。押し倒して服の中に手を滑り込ませれば、抵抗する素振りは一切ない。


 俺……焦ってんな。自分で感じる。

 きっとさくらにも、伝わってる。



 そうして二人の距離が0になっても……心の距離は不思議と、少しも埋められなかったんだ―――

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