チェリーブロッサム

望月しろ

第1章

1-1.喋らない女




「さくら」


 呼ぶと、ん?という顔をする君が好きだ。


「キスしてい?」


 聞けば、頬をピンクに染めて、そっと目を閉じる君が好きだ。


 君の声は……まだ知らないけど。


 それでも俺は、恋をした。



 これは……

 淡くて甘い――初恋と青春の物語。

 



―――――――――――――





「はぁ……だりぃ……」



 鬱陶しいぐらい満開に咲き誇っている桜を横目に、俺は行きたくもない高校に向かっていた。まばらに歩く高校生と同じ方向に、気怠さ全開でのんびりと脚を進める。


 先週末の入学式はバックレた。今日だって授業に出る気はサラサラなかったけど、家にいたくもねーし、とりあえず様子見で登校することに決めた俺。



「ミャーオ……」


 路地の方から何やら声がして、目を向ける。



 瘦せた猫が俺の脚に絡みついて来ていた。しゃがんで抱き上げると、あまりの軽さに驚く。



──チャリンッ……



 薄汚れたグレーの毛をそっと撫でると、気持ちよさそうに目を瞑っていて可愛い。


「お前も……寂しいのか……?」


 骨張った小さな身体をきゅっと胸の中に包み込む。その弱々しい猫に……自分が重なって見えて、なんだか胸が痛くなってきた。




 ふと、人の気配を感じて振り向く。


「――ん?……えっ?!」


 そこには、いかにも良い家のお嬢様って感じの小柄な女の子が、大きな瞳でじーっと俺を見て立っていた。


「え……誰?……何?」


 彼女はゆっくりと自分の腕を持ち上げると、手の平を広げて見せてくる。


「……あ」


 その手の中には、見覚えのあるキーホルダーと自転車の鍵。俺は抱いてた猫を静かに降ろすと、彼女の手から受け取った。



 猫はちょこちょこと脚を動かし、大通りへと走り去って行く。


「わりぃ、俺のだわ。どこ落ちてた?全然気づかなかった。笑」


 彼女は自分の立っている位置の少し後ろを指さす。なるほど……ついさっき、猫を抱き上げた時に落としたのか。



「……さんきゅ」


 礼を言うと、小さく頷く女の子。


……つーか、なんだよこいつ。なんで一言も喋んねーの?


「お前も、宝華学院ほうかがくいん?」


 俺は気づいていた。彼女が身に纏っているモスグリーンの制服が、俺が着ているもののスカートバージョンであることに。


 コクリとまた小さく頷く。


 向かう先は一緒だということにお互い気が付いているから、自然と一緒に大通りへと戻って歩き出す。


 ここから高校まで、一体何を話しながら歩いて行けばいいのか。そもそもこの子、なんでか分かんねーけど全然喋らないから、会話なんて成り立たないよな?



 そう、気まずさを感じていた矢先……



「……はぁっ、……はぁっ、ごめーん、さくらー」


 何やら息を切らして後ろから走ってきた。同じ制服の人間が、また一人増える。


「始業式の日に寝坊とかさ、あたし流石にやっばくない?笑」


 どうやらこいつらは友人らしい。ついでに恐らく……長い付き合い?そんな空気感。




「――てか、あんた……誰?」

「いやいや、それ俺の台詞だから。笑」


 怪訝な顔で聞いてくる様がちょっと笑える。



「宝華学院の学生?」

「……おう」


 残念ながら、その通り。


 後から走ってきたその女子の名は、大野麻未まみというらしい。


 唐突に──手短にされた自己紹介によると、奇しくも俺と同じ今日が始業式の1年だ。



「なーんかなー。テンション下がったー。こんなヤンキーと同じ高校かぁー」


 俺の髪に目配せするや、ダルそうに歩き出すそいつ。そしてその後ろを、あまりにも自然に付いて歩く……喋らない女の子。


 大野とか言う奴に若干イラつきながらも、目的地が同じであることから、仕方なく俺も後ろに付いて歩き出した。


「悪かったな。俺だって高校なんか行きたくねーっつーの」

「へぇー……じゃあなんでちゃんと高校向かってんの?」


……痛いところを突かれた。


 後ろを振り向きながらニヤリと口角を上げる大野。まじで癪に障る。


「……いろいろあんだよ」


 チラッと隣を見ると、喋らない方と目が合った。が、すぐに逸らされる。


「なぁ?」

「んー?なぁに?ヤンキーくん」


……いちいちムカつく。


「こいつ……なんで喋んねーの?」


 後ろの彼女に目配せしながら聞いてみる。

 途端に、大野は立ち止まった。



 振り返って、喋らない子にゆっくりと近づくと……ごく自然な動きで彼女の腕に手を絡める。


「……いろいろあんだよ」


 先程の俺の口調を真似て言うと、再びニヤリと笑い、喋らない子を引き連れて走り去って行った。




「意味わかんねーな……」


 呟きながら小さくなっていく二人の後ろ姿を見つめていると、喋らない方がこちらを一瞬振り返った。




 遠くてあんまりよく見えなかったけど……


 桜並木を駆け抜けていくその横顔は、これから始まる高校生活にワクワクしているようで……とても輝いて見えたんだ――

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