02:ねこまみれプレート
グレイの新メニューの試作は、思ったよりも難航しているようだった。
カフェのメニューは特に不足があるわけではないので、営業に支障はない。けれど、グレイ自身は納得いくまでこだわりたいタイプなのだろう。
何度か試作品を食べさせてもらったのだが、どれだけ美味しいと口にしてもどこか納得がいっていない様子だった。
「店長、ちょっといいスか。コシュカも」
以前と同じフレーズが聞こえてきたのは、試作を始めて半月以上が経とうとしていた時だ。
その声音はどこかソワソワとした色を感じさせて、俺はもしやと直感した。
「試作、完成したんで食ってみてもらいたいんスけど」
「完成したのか……! もちろん食べるよ」
「この間の試作品も美味しかったですが、さらにパワーアップしているということでしょうか」
俺とコシュカは期待を膨らませながら、食事を待ってテーブルにつく。
調理場に引っ込んだグレイが少しして戻ってくるのだが、目の前に置かれた皿を見て俺は思わず声を出してしまう。
「え、これって……Smile Cat?」
「ウチの店ならではっつーことで、どんな猫がいんのかって期待感みてえなのが表現できりゃいいと思って」
「すごい……これは、もしかしてヨルさんでしょうか?」
俺たちの前にあるのは、ワンプレートにまとめられた可愛らしい料理だった。
コシュカが指差したのは、猫の顔を模した大きめの肉団子だ。香りからして、恐らく黒酢のようなもので味付けをされているのだろう。
玉ねぎを使って丁寧に白い首輪まで再現されている。
「じゃあ、こっちはバンかな。バンの尻尾」
肉団子の隣には、三角の耳を生やしたドーム型の白いご飯も盛り付けられている。
これはまさにこの店――Smile Catの外観そのものだ。
さらに、そのドームから伸びて皿に乗る料理をぐるりと取り囲む尻尾は、俺のいた世界でいうきんぴらのようなものだろうか?
「二人とも正解。わかんねえかと思ったんスけど、やっぱバンと副店長は外せねえと思ったんで」
「わかるよ。それに……こっちには、
「本当ですね。それにこの花は食用ですよね?
「それも正解」
彩りのためだけに添えられているのかと思っていた野菜だが、食用の花も飾られている。
これはコシュカの言う通り、尻尾に花を咲かせるのが特徴の
さらに、所々に猫の顔に型抜きされた野菜が散りばめられている。
「これは……マタタビ
最後に目に留まったのは、一口サイズの小さな饅頭だ。それは、猫のおやつとして俺が作ったマタタビ饅頭に見える。
ただ、こちらの饅頭には真ん中に肉球の足跡のようなものがついていた。
「店長さすがっスね。つっても本物のマタタビ饅頭はオレらが食うもんじゃないんで、ちゃんと人間用ですけど」
「凄いな。このひと皿で店にいる猫たちを感じられるし、通ってくれてる人だからこそ気づけるポイントもある」
「少しもったいないですけど……食べてみても良いですか?」
「ドーゾ。つーか、食ってもらうために作ってんだから、食ってもらわねえと困る」
「それもそうだな。じゃあ……いただきます」
元の世界だったら、インスタ映えというやつをしたかもしれない。
実際そういうものに興味のない俺だって、ここにスマホがあったなら写真を撮って残しておきたいと思うくらいだ。
手始めに野菜に手をつけていく。
これは町にある畑で栽培されているもので、大量に仕入れるのでいつも安く提供してもらっている。
葉物は瑞々しくて新鮮だし、玉ねぎを使った少し甘めのドレッシングは、野菜嫌いな人でも食べられるのではないだろうか?
「小さい子は特に野菜を残したりするのを見るけど、これなら楽しんで食べてもらえるかもな。
「色々な種類の野菜を食べられますし、健康的で良いと思います。これはどの猫をイメージしたものか、会話も膨らむかもしれませんね」
形を崩してしまうのは惜しかったが、次は尻尾の部分のきんぴらを白いご飯と共に口にする。
この世界の食材は、俺が元いた世界にあったそれに近いものが多い。けれど、作られる料理といえば基本は洋食に似たものが大半だった。
そんな中で和食が恋しくなった俺は、グレイに和食に近いものを作れないだろうかと打診したのだ。
もちろんレシピは俺が覚えている範囲で教えたものだが。
伊達に一人暮らし歴は長くないので、味はともかくレパートリーはそれなりにあったつもりだ。
それをアレンジして、彼なりのやり方に落とし込んでくれた成果がこの皿の上にあるように思う。
「きんぴらの優しい味、いいな。少し甘めが好きなんだけど、グレイに和食覚えてもらってホント良かったなって思うよ」
「それはオレの方こそ、料理の幅が広がって感謝してます。こっちも、これまでの経験じゃ絶対やらないような味付けだったんで」
「黒酢、でしたっけ? 私、この味とても好きです」
注目が集まったのは、この皿の上でもメインとなるであろう肉団子だ。
どこから切り崩していくか悩ましくはあったが、耳の辺りから箸を入れると美味そうな肉汁がソースに絡んでいくのがわかる。
箸もまた、俺がこの世界に来てから自分用に作ったものだ。
最初は扱いが難しかったようだが、コシュカもグレイも今ではすっかりその使い方に慣れてくれている。
「俺も店で食べるだけで自分で作ったことはなかったから自信無かったけど、そこはグレイの腕があったから再現できた味だよ。……ん、美味い!」
まだ熱々のそれを口に入れると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
外側はカリッとしているのだが中はとてもジューシーで、これならいくらでも食べてしまえそうだと思った。
「おかずが二品あるので、味に飽きずに食べられていいですね」
「ホントはもう一品くらい増やそうかと思ったんだけどな。ランチ提供だし、このくらいが丁度いいかと思ってよ」
「うん、丁度いいと思う。最後は……まさか自分でマタタビ饅頭を食べる日が来るとはなあ」
一口サイズの饅頭を手に取ると、俺は何だか感慨深い思いでそれを見つめる。
膝の上に乗ってきたヨルが興味を示しているので、それを鼻先に近づけてやると匂いを嗅いでいた。
だが、自分のものではないと理解したらしくすぐにそっぽを向いてしまう。
「ん……これって、中身は
思い切って一口で食べた饅頭は、甘すぎない優しい味がした。
味わってみるとそれはまた懐かしいもので、滑らかな餡の舌触りともっちりとした皮のバランスが絶妙だ。
「デザートってほどではないんスけど、少し甘いモンが欲しくなる場合もあるかと思って。これでプレートは全部です。……どうスかね?」
綺麗に完食された二枚の皿の上を見て、グレイは期待と不安が入り混じったような視線をこちらに寄越してくる。
味の保証があるとはいえ、この店らしいメニューということで、自分だけでは判断できないのだろう。
「見た目も楽しいし、味も美味しいし、いいと思う。俺はぜひメニューに加えたいな」
「私も賛成です。皆さん喜んでくださると思いますし、看板メニューにできるのではないでしょうか?」
「マジすか? なら、良かった……」
ずっと試行錯誤を続けていた結果を出すことができたのだ。
安心したのだろうグレイは、そのままその場にしゃがみ込んでしまった。
「お疲れ様。ありがとな、グレイ。って言っても、メニューが増えるから大変になるのはこれからなんだけど」
「それは望むところっス」
こうしてSmile Catの看板メニュー『ねこまみれプレート』が誕生したのだった。
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