第17話『狂王』


 アコン達によって録画されていた映像が途切れた。

 どうやら再生が終わったらしい。

 

 しばらくの間、王の間には静寂が満ちていた。

 そして最初に王の間に響くのは――笑い声だった。



「くっくっくっくっくっくっくっくっく。はっはっはっはっはっはっはっは。なんとなんと。これは滑稽な。なんと馬鹿らしい建国か。有史以来、ここまで馬鹿げた建国宣言などあったであろうか? いな、ない。あるはずがない。しかし、いやはや……クククククククク」


 デヴォルは腹を抱えて笑っていた。

 それを周囲が奇異の視線で見るが、構わずにデヴォルは続ける。


「なんと想定外の奇策か。なるほど。先ほどの映像を見せられれば多くの者が彼らの事を幼い少女を好む変態集団と見るだろう。しかし、違う。真実は当然そうではあるまい。うまく論点をずらしているが、彼らは精霊達にとっての楽園を作り出した。それは即ち、精霊と言う兵器の独占に手を出そうとしているという事だ。しかし、それを馬鹿正直に言えば周辺国家から警戒されよう。それを考えてのこのバカげた建国宣言。周辺国家もまともに取り合うことなく、ただただこの映像を目にした精霊が自らの国に出向くような流れを作り出した。

 ――いやはや、とても馬鹿らしいが効果的な一手だ。脱帽するよ。賞賛を送るしかあるまい』


 パチパチと虚空に向かって拍手するデヴォル。

 しかし、そんなデヴォルの考察を聞いてはツマノス王とて黙っている訳にはいかない。


「な……馬鹿な。奴らは少女好きの変態ではなく、真実はそれに見せかけて秘密裏に精霊という名の兵器を集め、戦力の増強を図っている武装集団……そう貴公は考えるのか?」


「然り。むしろ、王はあれをただの変態と思われるのか? それでは王はそんな変態達にしてやられたという事になるが?」


「むぅ……」


 ツマノス王は今まで阿近たちをただの変態集団だと考えていた。

 それは、実際に彼らがそう宣言したからだ。


 しかし、デヴォルの言う事にも一理あるのも事実。


 というか、デヴォルの考えを聞けば聞くほど、王は阿近たちの『少女を愛すると豪語する姿勢』がブラフなのではないかと思えてきた。


「阿近たちは余の先手を取っている……という事か。考えてみれば、奴らは先の映像で侵略者に対して容赦しないといった宣言もしていた。あれは我らに対する牽制……つまり、向こうには我らを迎え撃つ算段があるという事。そして、向こうにはユーリとヘリオスが居る。こちらの兵力はほぼ正確に計られていると考えていい。その上で勝てると……ここまで先を見据える奴らの推測……無視は出来まい。ならば――」


 そうして独り言を呟いていた王は未だに笑みを浮かべているデヴォルを見据え、言った。



「デヴォルよ。貴公が提示した対価は確か処女の少女を五百。そして精霊を1体のみだったな?」

「その通りだが、精霊の方は長い銀の髪を持つ翡翠眼の少女を指定させて頂こう。適当な精霊ではなく、彼女以外の精霊は私にとって等しく価値がない。彼女以外の精霊を渡されても困るだけだ」


「良かろう。処女の少女に関しては少し待て。三日後までには近隣の村を滅ぼし、用意させよう」


「ありがたき幸せ」


「おじい様!? 何を考えているの!? こんな得体のしれない奴の言う事を――」


 ツマノス王は国民の犠牲を良しとした。

 そんな祖父の王にあるまじき行いをツマノス・クルゼリアは責めるが、王は聞く耳を持たない。


「最後にもう一度確認しておこう――――――その精霊一体の力さえあれば奴らに勝てるのだな?」


「正確にはこの精霊キラーラと貴国の兵が力を合わせれば――だ。精霊の力を発揮させるには人間が必要なのでね。不要との事だったが、やはりその力をお見せしようか? 今の王はとても懸命だ。たかが百や二百の命など、今更どうとも思うまい」


「――良かろう。捕らえていた罪人達を生贄として捧げよう。だが、死刑囚だけでは百に届かぬな。ゆえに、足りない分はそれ以外の者から見繕う事としよう。少し時間を要するが、それでよいか?」


「ご随意に。私たちは特に急いでいないし、人間の質も問わない。老人だろうが若者だろうが大罪人だろうが、選ばれた者が死ぬことは確定している。王が誰に死を言い渡すか、これはそれだけの問題だ。

 思う所があるとすれば……そうだな。個人的には王から死を言い渡され、絶望する人間の顔を見たい気分だ」


「あ、それ私も見たい見た~~い♪ 情けなく命乞いして、わんわん泣く人間の姿って最っ高なんだよね~~・きゃはははははははははっ」


「……悪趣味な奴らめ」


 王は悪趣味に過ぎるデヴォルとキラーラをそう評しながら、彼らに捧げる生贄を用意し始めるのだった。

 全ては裏切り者であるアコン達を倒す為。

 それだけの力を本当にキラーラは有しているのか。

 それを確かめる為だけに、王は罪人とはいえ本来死ぬ必要などない者達を選ぶのだ。


 この瞬間、王は本格的に狂王としての一歩を踏み出したのである。



 ★ ★ ★



 ――数日後


 ツマノス王は近隣の村を夜の内に兵と共に滅ぼし、それを野盗によるものだと思わせるように偽装。


 そうして手に入れた二千人の処女。デヴォルが希望していた五百を更に上回るその全てをデヴォルへと差し出し、その対価として王は精霊キラーラの所有権をそのままデヴォルから買い取った。その際、精霊キラーラを服従させることが出来るという鍵をデヴォルから受け取る。


 王から二千人の処女を受け取り、精霊キラーラを王に献上したデヴォルはその処女達と共にあっという間に姿を消してしまったが、王にとってはもうデヴォルなどどうでも良かった。

 むしろ、もう現れないで欲しいとすら思っていたのだ。


 なぜならば――


「クククククククク。カハハハハハハ。これで精霊の力が余の物に……。この力さえあれば周辺諸国など敵ではない。そして、これがさらに百体……ケケケケケケケケケ」


 精霊の力に魅了されし王。

 王は更なる精霊を求めていた。

 だからこそ、デヴォルが求めていた精霊も渡したくないという欲が芽生えたのだ。

 そして、そんな王の傍らには――


「あははははははは。これからよろしくね王様♪ ねぇ殺そう? 王様と私の邪魔する人はみんなみんなみーーーんな……殺しちゃお?」


 王がデヴォルから引き取った精霊キラーラの姿があった。

 ツマノス王はデヴォルから彼女を引き取ってからしばらくの間、彼女をかなり警戒していた。

 デヴォルから精霊キラーラの行動を制限することが出来る鍵を受け取っていたが、それでもなお彼女を深く警戒していたのだ。

 近づく際には警戒を。遠くにいる場合も疑いの眼差しを。


 それが精霊キラーラに対する王の接し方だったのだが、今の二人は恋人のように密着し合っている。

 しかし、そこに甘い空気などは微塵もなく。


「余に意見するでないわ。道具風情が口を挟むでない」


 バシィッ――


 何の容赦もなく、王の平手打ちがキラーラの頬を打つ。


「いっつっ――。はーい♪ くふ、くふふふふふふふふ」


 頬をぶたれても笑みを絶やさないキラーラ。

 そんなキラーラに王は興味をすぐ失い、『精霊国家ロリコニア』建国の報への対処を行う。


 即ち――


「出陣だ。今回は余自らが指揮を取ろう。孫のクルゼリア、魔法使いレイラにはそれぞれ五千の兵を与える。これも経験だ。好きに動かしてみよ」


「「はっ――」」


 既に出撃の用意を済ませていた王女クルゼリアと魔法使いレイラは王命に従い、行動を開始する。


「余は残った一万五千の兵にて後衛を受け持とう。お主らが敗走した時は……余自らがあの勇者の首を討ちとってくれる。この『道具』と千程度の肉人形があれば十分であろうからなぁ。クククククククク。ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」


「あぐぅっ――」


 傍らに控えるキラーラの髪を乱暴に掴み、高笑いする王。

 そこに以前まで見えた知性の光はない。


 あるのは――憎悪と怒りに満ちた瞳だけだった――


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