第4話『囚われの精霊』


 ――精霊の少女視点



「えと……」


 どうしよう。何が起こったのかよく分からない。

 目が覚めたばかりだからかしら?

 とりあえず……状況を整理してみる。



 私はある日――憎き人間に捕らえられた。

 幾人かはやっつけることが出来たけど、その時の私は疲れていて簡単に捕まってしまった。

 そうして特異な能力をもつ人間……多分、相手の思考を読んでしまう能力ね。そんな能力によって、私が知っていることは全部相手に知られてしまった。


 憎き人間に私の知識が利用された……むぅ……腹が立つ。

 

 精霊が人間と契約を交わすことで凄い力をもたらす事を知ったこの国の人間たちは、まず私の力を兵器として使おうとした。

 でも、それは失敗に終わった。


 契約を交わす為には、精霊と人間が触れ合わないといけない。

 でも、私は普通の精霊じゃない。


 私は凄い力を秘めているらしいのだけど、それに見合った生命力を対となる人間から搾り取ってしまう……らしい。

 精霊は人間と契約するとき、大なり小なり相手の生命力を吸うらしいのだけど、私の場合は吸う量が桁外れに多いのだとか。


 私はその特性を生かして、多くの人間を相手に今日まで独りで生き延びてきた。

 今回は捕まってしまったけれど……たぶん私が強力な精霊だと知ったことで封印処置が施されたのだと思う。



 そうして封印が解けて、目が覚めたら……目の前に憎むべき人間の男が居た。



 起きてすぐ、私は自分が封印されていて、その封印が今解かれたのだと分かった。

 しかし、そこで私は疑問を抱く。


 どうして目の前の人間は私の封印を解いたのだろう?

 人間は憎い。

 でも、人間も精霊も一人一人考えていることが違う事も私は知っていた。

 だから、目の前の人間が私の敵ではない可能性もあった。


 なので、私は相手の様子を窺おうとしたのだけど……なぜか目の前に居た人間は後ろを向いていた。

 なぜ後ろを向いているのか聞いてみると「紳士だから」とよく分からない事を言う人間だった。

 だけど、所詮は人間。


 彼は私が燃えると告げた。

 それはつまり「お前の未来は業火に焼かれ死ぬというものだ。ざまぁみろ」という死刑宣告。

 そんな苦しむ様子を見る為だけに、目の前の人間は私を封印から解き放ったのだ。


 やっぱり人間は敵。それに、目の前の人間は非道で悪趣味。


 そんな人間の思い通りになんか――なりたくないっ!


 そう思った私は先手を取って、彼の体に触れた。

 絶対に逃げられないように、後ろから抱き着いて力いっぱい抱きしめた。


 人間と精霊の契約は触れるだけでは行われない。きちんと精霊側が契約するという意識を持たないと、契約は行われないのだ。


 だけど、私は契約なんて関係なく人間に触れるだけで相手の生命力を抜いて殺すことが出来る。

 実際、今までに私が触れた人間は残らず死んでいる。

 それは目の前の彼も例外じゃない――はずだった。


 なのに――


「素晴らしい感触をありがとうございますっ!!」


 なぜか感謝されてしまった。


「え?」


 触れて数秒経っても目の前の人間は倒れなかった。


「あなた……どうして死なないの?」




 今まで私に触れた人間はすぐに干からびて死んだ。

 それなのに、目の前の人間はケロっとしていた。

 どうしてなのか? 私は後ろ姿しか見えない彼の正面に回り込んだ。

 そうして彼の顔を見てみると――


「ぐぼぁぁっ――」


 なぜか彼は鼻血を出していた。

 

「ふんぬぅっ!!」


 かと思うと、変な掛け声とともに風が巻き起こる。


「んっ――」


 突然の事に、私は軽く目をつぶった。

 そうして風が収まり、おそるおそる目の前の彼を見上げると――


「感……無量」



 そう満足そうに言って……彼は倒れてしまった。




 ………………………………。




「……訳が分からないわ」


 眠る前の事と起きてからの事を整理してみたけれど、やっぱり訳が分からなかった。



「えと……この人……敵……よね? 殺した方がいい……のかしら?」


 そう口にしてみたけれど、どうにも違和感が残る。

 というのも、不思議とこの人間は今までの人間とは違う気がするのだ。

 それに――


「すごく幸せそうな顔……」


 倒れている彼の顔はまるで何かをやり遂げたかのように誇らしげで、とても幸せそうだった。

 その顔を見ているだけで、こうして警戒しているのが馬鹿らしくなってしまう。


「それに……触れても死なないならどうすればいいか分からないわ」


 自分が触れれば人間は死ぬ。

 それが自分にとっての常識で、それ以外の殺し方なんて知らない。

 なのに、それが通じない人間が居る。

 

 そうなると、私にはこの人は……殺せない。


「……いいわ。見逃してあげる。私はこんな所には――」



 ――その時だった。



「ぜぇ……はぁ……。くくく。はははははははははははは。勇者め。やはり封印を解き自滅しよったか。まったく、馬鹿な奴だ」


「あなたは――」


 部屋に入ってきたのは頭に王冠を乗せたお爺さん。

 私はこの人を……知っている。


「ふむ……三年ぶりか。よくやってくれたのう精霊。じゃが……それまでよ。扱いきれぬそなたの力など今は邪魔でしかない。大人しく再封印され、利用される日を待っているがいい」


 そうして王様の後ろからこの国の兵隊が鎖を持って現れた。


 ――私の力は把握されている。

 触れれば人間を殺せる私だけれど、触れられないように立ち回られてしまっては手の打ちようがない。


 それに、この狭い室内じゃどうやっても逃げられない……。


「まったく、その変態勇者のせいで余の計画はズタボロよ……。しかし、世に悪魔と呼ばれる者……つまり野良の精霊はまだまだ彷徨っておる。それらを幾体か捕らえ、戦力を整えた上であの裏切り者の変態どもから余の所有物である精霊を取り返してくれよう」


「……何の話?」


「ふっ。貴様には関係なき話よ――――――やれ」


 そうして王様の命令に従う兵士たち。


「いや……離してっ!」


 必死に抗うけれど……すぐに右手が鎖に捕らわれてしまう。


「いたっ――」


 強く引っ張られて、思わず目をつぶってしまう。


「くくくくく。悪くないのう。こうして超常の存在である精霊が成すすべもなく弄ばれる光景……実に良い。これで少しは溜飲が下がったわい」


「この……人間めっ!」



 右手を強く引っ張られる私はそう王様を罵る。

 そうして今度は逃がさない為か、兵士が私の両足に鎖を巻き付ける。


「いやっ――」


 もう……嫌。

 どこに行っても私は利用されてばかり。

 私は……精霊は……あなたたち人間に利用される為に生まれて来たんじゃないっ。


 確かに、私たちは兵器かもしれない。


 でも――そんな私たちにも――――感情はあるのっ!!



「たす……けて――」



 誰も助けてくれない。

 そんな事は分かりきっているのに、私はとっさに居もしない誰かに助けを求めてしまった。

 そうして、その願いは――



「お任せを――可憐なお嬢さん」



 ――瞬間、私を縛っていた鎖が砕け散る。

 そうして私の目の前には倒れていた彼が、敵から私を守るように立っていた――


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