昼食

 ショッピングモールへと着き、先ずは腹ごしらえということでフードコートに訪れていた。


(こういう場所に来るのは初めてだけど、いつもこんなに人が……?)


 買い物なんて近所の商店街で済ましていたがショッピングモールとは凄いものだ。幾つもの店が敷き詰められ、種類は豊富。楽器屋さんから電気屋まで何から何まで詰まっている。全てを見て回るのに何時間掛かるか……人が集まるのも納得だ。


「キョロキョロしてどうしたの?」


「いや、なんだか落ち着かなくて……」


「あー日曜日だから人が多いよね。家族連れとか特に。もしかして人酔いしちゃった?」


「い、いえ、大丈夫です」


 挙動不審な理由は人ごみではなく、主に三日月さんと隣同士で歩いているからなのだが……まあ彼女には私の気持ちなんて分からないのだろう。今だって平然とした様子で辺りを見回している。

 何だか私だけが意識していて理不尽な気分だ。


「あっクレープだ! そういえば最近食べてないや……ここでもいいかな?」


「クレープですか? いいですよ」


 私は三日月さんと一緒に店前の看板に貼られたメニュー表を見つめる。

 デザート的なモノから、ピザソースなどを使ったホットスナック的な物もあるらしい。どれも美味しそうに見え、そのお陰でこれだという物が見当たらない。


「ゆゆねちゃんはどうするの?」


「えーっと……どれも美味しそうだから困っちゃいます」


「なら私が選んであげようか?」


「じゃあ三日月さんのおすすめでお願いします。その間に私、席を取ってきますね」


 三日月さんのセンスなら外れはしないだろう。

 効率良く行動するため、私は席を取ると言い残して彼女から離れる。お金は後できちんと返すつもりだ。

 フードコート内を歩き回り、空いている席は直ぐに見つかった。それもクレープ屋さんから近い距離で、これなら三日月さんも一目で私の存在に気づくだろう。

 席を確保して暫く経ち、時間としては数十分が経過した頃……


「ゆゆねちゃーん! 買ってきたよ!」


「あ、三日月さん! ありがとうございま……えぇ?」


 此方に手を振って駆け足気味な彼女の姿に、私は思わず困惑の声を漏らした。

 何故なら、三日月さんの腕には大量のクレープが抱えられていた。初めはお持ち帰りするのかな? と考えたがそれならそれで帰る時に購入すればいい話だし、そもそもお持ち帰り用のクレープには見えない。

 私という高度な頭脳を持つロボットであっても理解不能で、三日月さんが対面に座るまで固まってしまった。


「はい、ゆゆねちゃんのクレープね。苺のクレープにしたよ」


「あ、ありがとうございます。それで、その大量のクレープはなんですか? もしや私に食べさせるつもりじゃ……私、ロボットじゃないですよ? いや、仮にロボットだとしてもそんなに食べられません」


「か、勘違いしないでよ! ……今まで黙っていたけど私ってその、健啖家でね? 学校では我慢してるんだよ?」


 てっきり私への当てつけかと疑ったが、どうやら大量のクレープは三日月さんが食べるらしい。果たして、その華奢な身体に入るのか? 人体というものは不思議だ。


「その……やっぱり可笑しいかな?」


 不安なのか俯いている三日月さん。耳が赤くなっており、恥ずかしく思っているのだろう。

 そんな些細な事で私が笑い飛ばし、失望するとでも思っているのだろうが、私は大切な友達を裏切るような薄情者ではない。


「私は良いと思います。いっぱい食べられるという事は普通の人よりも食を楽しめるじゃないですか」


「ほんとに? 気持ち悪いとか思わない?」


「そんなことないです! 寧ろギャップがあって可愛いですよ! ほ、ほら! 萌えですよ萌え!」


「も、もえ? なんだかよく分からないけどありがとう……」


「あはは……」


 照れ隠しなのか三日月さんは栗鼠のようにもぐもぐとクレープを食べ始める。

 かくいう私もつい口走った気持ちに恥ずかしくなり、急激に体温が上がるのを感じていた。冷静になるためにクレープを頬張る。


(甘い……クレープなんて食べたことないのに、なんだか懐かしい気分……)


 三日月さんが選んでくれたクレープはイチゴチョコだったが普通に美味しい。生クリームはふわふわで、立派なイチゴの程よい酸味。そこに濃厚なチョコソースが掛かり、生地はもちもちとしている。

 三日月さんは十に近い数のクレープを頼んだが、それぞれ種類が違う。殆どが私と同じようなデザート系だったが、現在進行形で食べているのはピザソースにチーズやベーコンが乗せられた温かいクレープだ。店員さんは作るのが大変だっただろう。


「ん? もしかしてこれ、食べてみたいの?」


「え? そ、そういう訳では……」


「いいのいいの。はい、あーん……」


 確かに気になって見つめていたが、別に食べたい訳ではない。少し美味しそうだなぁって思っていただけで、私は友達から食料を分けてもらうほどが落ちぶれていない。

 三日月さん自身が食べたいと思って選んだ物だろうし、ここは丁重にお断り……え? どうして私の口にクレープを運んで……あーん?


「い、いいいいや! いいですよ!」


「遠慮しないで! ほらほら!」


 まさか食べさせられるなんて思ってもいないことで動揺を隠せない。

 取り乱した私の反応が面白いのか、三日月さんは面白そうに笑っている。とても引いてくれるようには思えず、クレープを口元に近づけきた。


「あ、あーん……」


 結局、観念した私は降伏した。

 いつもは食べさせる方だからか、こうして食べさせてもらうのは何だか新鮮な気分だ。


「どう? 美味しい?」


「はい。思った通りの味でした」


 心を落ち着かせるのに必死で深く味わえず、平凡なピザの味がしたとしか分からない。まあ素材からして当たり前なのだが……三日月さんが食べさせてくれたからか、特段美味しい気がす――


「あっ! 霞じゃん! こんなところで会うなんて奇遇だねえ!」


「ひゃっ! あ、貴方は!」


 黙々とクレープを食べていると私たちの間に突然顔を出したのは謎の女性。

爽やかな青い髪に、希望に満ちた眩しい瞳。運動をしているのか身体つきが良く、纏っている雰囲気は明るくてコミュニケーション能力が高そうだ。

 ……いや、そんなことはどうでもいいのだ。問題は彼女の、まるで三日月さんと親しいかのような言動だ。

 三日月さんを霞という愛称で呼ぶなんて羨まし――おこがましいだろう。


「あ、明美ちゃんだー! 奇遇だね! 明美ちゃんも買い物に来たの?」


「まあそんなところだね。親に連れられて来たんだけどつまらなくて別行動していたところさ――」


 やはり仲が良いようで、砕けた口調で話し合っている。緊張している様子には見えず、まるで親友同士だろう。


(ん? 明美ちゃん?)


 三日月の発言から察するにこの女性の名前は明美。それを踏まえて彼女の容姿を確認する。

いつもと服装が違うので気づかなかった。確かクラスメイトの――


水面明美みなもあけみさん?」


「おお、そういう君はゆゆねさんか。最近、私の霞と仲良くしているようだねぇ……」


「むぅ……明美ちゃんは私の何なの?」


「そうだね……子供みたいな? じょ、冗談だよ」


 三日月さんは不服そうに頬を膨らませ、明美さんは慌てて謝っている。

 その光景を大人しく見守っていると――


「ゆゆねさんは相変わらず暗いねぇ」


 何故か飛び火して、明美さんは馴れ馴れしく私の肩を叩いてくる。

 そうだった。明美さんはよく三日月さんとお昼ご飯を食べていた。クラスで一番、三日月さんと仲良い人物といっても過言ではなく、親友同士というのは間違いではない。物凄く釈然としないが……


「それにしても凄い量のクレープだね。何人前?」


「あっ……こ、これは私のクレープで、その、三日月さんは関係ないです。ええ、私が食べるんです!」


「へ……? あ、分かった。霞を庇ってるんでしょ? 大丈夫。私は霞が馬鹿みたいに大食いなのは知ってるから」


「馬鹿って酷いよ明美ちゃん! もう……庇ってくれてありがとう。ゆゆねちゃん」


「あ、はい……」


 やっぱり釈然としない。

 どうして私がさっき知ったばかりの情報を、明美さんはさも当然のように知っているのか。私よりも三日月さんと居た時間が長いので仕方がないとは分かっている。

 だけど、気に食わないものは気に食わない。

 明美さんが三日月さんと仲良くしているのは教室で当たり前の光景だったのに、久しぶりに目の当たりにすると虫唾が走る。


「ゆゆねちゃん? どうしたの? 怖い顔して」


「ほー? もしかして嫉妬かぁ?」


「ち、違います! ちょっと円周率を数えていただけです! 3.141492……」


 否定、いや私は嘘を吐いた。

 嫉妬と指摘された私の心はドキッと脈を打ち、動悸が止まらない。

 明美さんの言う通り、この酷い感情の名は嫉妬というものだろう。今まで縁のない感情だったが、嫉妬と思えば自分の中にストンと納まるのだ。


「はぇー円周率って……よくそこまで憶えてるね」


「ま、まあ数少ない特技だったりします……」


「なんだそれ」


 何気に円周率を数えるのは得意で、百桁付近まで憶えていたりする。


「そうだ。明美ちゃんも一緒にどう?」


「おー? 嬉しい誘いだけど、どーしよっかなぁ……?」


 明美さんはにやついた、どこか含みのある瞳を向けてくる。十中八九、私を揶揄っているのだろう。

 少なくとも良い気分ではないので眉を顰めてしまう。


「ゆゆねさんまた怖い顔になってるよー。……ま、私は失礼しようかな。お邪魔虫らしいし。じゃあね」


「あ、明美ちゃん! 行っちゃった……」


 遠くなっていく明美さんの背中を見て、三日月さんは残念そうに項垂れた。

 ああ、私の所為だろう。私の気持ちを汲み取った明美さんは身を引いて、その結果三日月さんの笑顔が曇ってしまった。さっきまでは屈託のない笑顔だったのに、それを汚したのは紛れもなく私だ。

 それにしても彼女の靉靆に満ちた表情は可愛らしい。肩を落として時折見える昏い上目遣いは、こう胸に込み上げてくるものがある。

 だけど、やっぱり笑顔になって欲しい。

 今のマイナス思考な彼女も素敵だが、プラスで明るい彼女もそれと同じくらい好きなのだ。


「三日月さんは……大量のクレープを全部食べるなんて人間離れしてますよね。本当は吸血鬼なのでは?」


「へ……? あはっ! だから私は人間ですー!」


 私との距離感を思い出したのだろう。

 三日月さんは元気が湧いた様子で意地悪そうに微笑んだ。

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