クロスワードパズル
バスに間に合った私と三日月さんは最後尾の席に座り、静かに揺られていた。
何だかいつも以上に三日月さんを意識してしまって、彼女の顔を直視できない。頑張って顔を上げても、彼女の身体が少し視界に入っただけで目を背けてしまう。
「どうしたの? もしかして酔っちゃった?」
「な!? 私は高性能ロッ――げふげふっ、高性能な酔い止めを飲んできたので大丈夫です」
また口を滑らせてしまう所だった。本当に私はどうしたのだろう。まさか、この前の吸血鬼バスターが原因か……?
まだ序盤だというのに失敗ばかり重ねる自分に嫌気が差す。一日はまだまだ長く、寧ろこれからが本番なのだ。もっと気を引き締めないといけない。
(でも、もう隠しきれないような……)
度重なる失言失態から、もはやロボットだとバレてしまっているも同然だろう。と、なれば大人しく白状して協力者になってもらうべきか。
「あ、そうだ。ゆゆねちゃんってクロスワードパズルやったことある?」
「え? あっ、ないですけど……知識はあります」
突拍子のない質問をした彼女の表情に陰りはない。懐疑の念はないように見え、私がロボットだと確信しているのだろうか? いや、仮にそうだとしたら何故責めない。何故、嘆かず怒らず、屈託のない笑顔でいられるのか。
「じゃあ勝負しようよ! 私が自作したクロスワードパズルを解けたらゆゆねちゃんの勝ち! 解けなかったら私の勝ち! 敗者は勝者の命令を一つ聞く。で、どうかな? ……って聞いてる?」
「え? あ、はい! ぜひやらせてください」
「自信満々だね~。はい、どうぞ」
確か、クロスワードパズルというのはカギと呼ばれる文章をヒントに、縦横交差したマスに言葉を当て嵌めるパズルだ。黒と白のマスで構成され、黒マスは記入不可。白マスには小さい番号が振り当てられている。勿論、全て当て嵌めたらクリアである。
渡された紙に目を通した私は理解し、何も考えずに勝負を受けたことを後悔した。
(は、嵌められた! このクロスワードパズルは巧妙な仕掛け! 解いたとしても私が負けるように仕組まれている!)
問題の半分が常人では分からないであろう専門的なもので、ただの女子高生が解ける筈がない。
まあ、ロボットである私は頭に埋め込まれた知識から検索すれば簡単だが、解いてしまえば普通の女子高生ではないと疑われ、真っ先にロボットだと疑われる。かと言って解かなければ命令で正体を明かせと言われたら終わりだ。正にジ・エンドだろう。
「と、取り敢えず分かるところから埋めていこう……」
仮に私の正体がばれているなら、いっそ開き直るのも手だが、それは最終手段だ。
「えっと横のカギ3は……私の好きな物はなんでしょう……? これは?」
「あ、うん。私の好きなモノはなんでしょう?」
私の問いに、三日月さんははにかんだ笑みを浮かべた。
伏せ目がちで、少しモジモジとしたはにかんだ表情は可愛らしく、天使と称しても過言ではない。
(私と違って美人だなぁ……って! 見惚れてる場合じゃないです! なんですか!? 三日月さんの好きなものって!! いくら高性能ロボットの私でも分かりませんよ!!)
同年代の好きな物ランキングから三日月さんの好物を予測する事はできるが、当たる確率は低い。それこそ何キロも離れた的を狙撃するようなものだ。
……そもそも問題として私情を出すのはどうだ? 斬新なアイデアだと思うが、相手が絶対に知らないであろう情報を問題にするのはやめて欲しい。本来ならば一般常識、またはそれに近いものを問題にするのが好ましいだろう。
軽く諌めておこうかと思ったが、彼女の表情を曇らせたくない。
「好きな物……マス目は三つ、最後の文字は“ね”ですか……」
結局、諦めて現実を受け入れた。
答えは私だったり……と妄想をして口角を上げたが、冷静になれば肩を落としてしまう。いくらなんでも出来過ぎており、慮ってもあり得ないだろう。ドラマのようなふざけた考えを蹴って、今度こそ真面目に思考を巡らせる。
幸いにも三文字で、最後の文字が“ね”ということが見て分かるので、そこから脳内にあるデータベースを元に答えを探る――
「あ、そうだ。一応言っておくけど、もしも……そういう機能があるなら禁止だからね?」
「…………」
横から釘を打たれ、思考停止してしまう。
やはりロボットだとバレているような気がする。いつも通り揶揄っているだけかもしれないが……いや、そうだと思いたい。
兎に角、警告を受けた以上、データベースを参照する気にはなれない。だったらルールを守って正々堂々……こんな問題は卑怯ではないだろうか? 問題の半分は専門的なモノで、残り半分は三日月さんの個人情報で詰められている。全問正解できるのは世界で三日月さん、ただ一人だろう。
「う、うーん……ラムネ、ですかね?」
「さあ? 全部のマスを埋めると四文字の答えが浮かぶから頑張って」
「四文字の答え? そうしたいのは山々ですが私には難しすぎます。縦のカギ5の『私の好きな言葉はなんでしょう?』なんて皆目見当がつきません」
「私、串刺しが好きなんだけどなぁ……って、あ……言っちゃったよ……」
「その趣味はどうかと思います……」
どうやら三日月さんは嗜虐的なことが好きなようで、その可憐な容姿からは乖離している。
一般的に吸血鬼は人間の血液を食料としているらしく、三日月さんも夜な夜な町へ出かけては孤独な人間を串刺しにして、ひっそりと捕食しているのだろうか? 残忍な事だが、ある意味生物的ではあるだろう。世の中は弱肉強食だ。
(それにしても串刺しかぁ……私がロボットだからか、大して怖くはない……)
人の血肉を貪る三日月さんを想像したが畏怖の念は抱けない。寧ろ、彼女の知らない一面を見てしまったと高揚感が湧いてしまう。
(でも何だろう。三日月さんが私でない、誰かの血を飲んで暮らしていると思えば何だか嫌だな……)
一度、三日月さんを拒絶したというのに矛盾しているだろう。
だけど仕方ないのだ。私はロボットである以上、この身に“血液”は巡っていない。だから三日月さんに血を与えられないし、もしも首筋に牙を立てられた時にはロボットだとバレてしまう。
「分からないならギブアップしても――あッ! ゆゆねちゃん此処って目的地だよね!? 勝負は延長! 早く降りないと!」
「はい。落ち着いて降りましょうね」
不覚にもパズルに夢中になってしまい、目的地が近づいていたことに気づかなかった。ショッピングモール前という事もあり、降りる人が多かったのが幸いだろう。
ぞろぞろと降りていく乗客に並んで、私と三日月さんは降車する。
クロスワードパズルは上着のポケットへ突っ込んだ。
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