第41話 白翼落とし ⑦

「申し訳ないが事情が変わった。今すぐブランカを落とす」


 いきなり部屋に来たラウンド卿がそう言い放つ。顔に余裕はない。


緊急事態のようだ。


「限界が思ったより早く来た、もうやるしかない」

「分かりました。今すぐ準備をします」

「剣はあるな?」

「あります」

「なら先に行っててくれ。なに、すぐに追いつく」

「どこに……に?」


 持ち上げられた。そして窓が開けられた。


「方向よし、角度よし」

「ラウンド卿?」


嫌な予感がする。


「着地はなんとかしてくれ。ふんっ!!」

「うぉああああああああ!?」


 後ろへと消し飛んでいく景色。


 顔に受ける風圧。


 投げられたな。


「スカイフィッシュで飛ぶより速いか」


 落ち着いてきた。着地もスカイフィシュの移動能力でなんとかなるだろう。


「ここは……」


 下に広がるのはだだっ広い草原。これならある程度無茶をしても被害は少ない。


 ブランカを落とす場所としては悪くない。


「よっと」


 スカイフィッシュの操作で着地する。


「遅かったな」

「……流石ですラウンド卿」


 なんで投げた本人が投擲物より早く現着しているのか。

 身体能力が人間のそれではない。


「誘導はもう終わっている。今から少ししたらブランカがここに飛んでくる。確実に落としてくれ」

「もちろん」


 その自信がなければここにはいない。


「シン、無理そうだったら普通の奴でやるでしゅ。今はあれで十分でしゅ」

「分かってる」


もう間も無く白翼のブランカが姿を現すだろう。


「来たか……」


 空に白き一点。


 雲に紛れて白翼が来る。


「オーダー、アルカに力を」


【星】から力を与えられたアルカがその形を変える。一瞬だけ膨らみ、そしてすぐに収束した。流石に2度目ともなればある程度は短縮できる。


問題はここから。収束した力が解けないように手綱を握りつつ回し続ける。


手の中にある脆いお菓子を割らないように、ギリギリまで力を込めるような感覚。そこに循環の制御までとなるとなかなか骨が折れる。


「ここまでは良い感じだ」


ここに紫炎を乗せる。幸い紫炎に関しては制御の方向性が循環と変わらないため、一度つけてしまえばそこまでの負担ではない。


「シン、ここからでしゅ」


 その通りだ。問題はここからだ。空を飛んでいるブランカに当てるには自分も飛ぶか剣を伸ばすかだ。剣を伸ばすと細かい制御が効かずに避けられる可能性が高い。


 だから今回は飛ぶ。


 白翼のブランカ相手に空中戦だ。


「1発で決めるでしゅ。撃った後はシロがなんとかするでしゅ」


 アルカを握る手に力を込める。さっきまで点だったブランカは瞬く間に大きくなった。もう猶予はない。


 俺は既に大技を1発撃ってしまっている。次を同じように放てば意識は保てない。少しでも先に進んだ一撃にしなければ。ブランカと一緒に堕ちて死ぬだけだ。


「幸運を祈る」


ラウンド卿の激励を受けてブランカへと向かう。迎え打つ形のため、高度さえ合わせれば良い。


「っ……これが白翼の正面か」


 弱っているとはいえ白翼のブランカ。圧倒的な威圧感が全身を叩く。


 呑まれるな。


「落とすぞ」


 充填は済んでいる。あとはブランカめがけて振るだけだ。


 縦か横か。


 いや、軌道の避けにくさを考えたら袈裟懸け、斜めが良い。


 「うぉおおおおおおおおおお!!!」


 向かってきているから速度は十分。当たれば落とせる威力もある。

 

 1番の問題は当たるかどうか。


「紫炎をすり抜けたでしゅ!? 紫炎まですり抜けるなんてできないはずでしゅ!!」

「……目の前の光景が全てだ」


 アルカは手応えなくブランカをすり抜けた。これが初めての一撃だったならここで終わっていた。


 だが、これは2回目だ。


 こういう可能性も想定はできていた。


 なら、残ったものを使い潰して2回目を。


「オーダー、残りを全てを俺に」


 【星】に残された全ての力を身体そのものに注ぎ込む。


 痛みも、負担も今はどうでも良い。


 普段なら許されない肉体の駆動を。


 砕けても、壊れても、それでも動かせる。


 なんて素晴らしい。


 振り切った体勢からそれ以上の速度を乗せて斬り上げに派生する。


 肉体の全部を使って。


「まだだ、ブランカ。俺はまだやれるぞ」


 今、目があった。


 ブランカと。


 錯覚かもしれないが。


 それでも、今ようやく白翼のブランカに敵と看做された気がした。


「お前を、落として。俺は先に行く」

「そのまま振り抜くでしゅ。今度は当たるでしゅ」


 シロがアルカに入って行った?


「ぬぁあああああ!! 分かってるでしゅ、シロのこと嫌いなのは、でも今だけは我慢するでしゅ!!!」


 アルカと反発しているのか。それでも抑え込んだようだ。


「------------」


 ブランカから音にならない咆哮が発せられる。ブランカからの攻撃なのか。だがもう止まれない。


 次を当てる以外の道はない。


「はぁあああああああああああああああ!!!!!!」


 手応えを感じる。


 今度は当たった。


「ふり、ぬけない」


 止まる。アルカが。


「んがぁあああああああああ!!!!」


 そんな事は許さない。


 今ここで足りないものがあるのなら。


 それは俺だ。


 なら、もっと絞り出せ。


 使えるものを残すな。


「し、え゛ん゛!!」


 循環していたものを炸裂させる。今ここで全てを一撃に割り振る。


 甘かった。


 余力を考える余裕なんて俺にはなかったはずなのに。


 勝手に余裕ぶっていた。 


 身の程を知って、それでもと。


 そう思ったから。


 ここに居るというのに。


「お……ち……ろ……!!」


 少しずつ、アルカが斬り込んでいく。斬り込みが、入れば。


「あああああぁあああああああああ!!!!」


 アルカが、ブランカを通り抜ける。 


 すり抜けたわけではない。


 確実な一撃だ。


「……はぁ……はぁ……」


 ブランカの高度が下がって行く。


「やった……ぞ」


 意識が暗闇に飲まれそうになる。


 ここで倒れる訳には行かない。


 高度的に死ぬ。


「……焦るな、ゆっくりと、降りるんだ」

「ねえ君、すごいね。君のステで倒せるボスじゃないんだけど? ソロでよくやったもんだよ、弱体化はしてたみたいだけどねー」

「誰だ、お前」

「僕? 僕はえーっと、どう言えば通りがいいかな。あ、でも君はスカイフィッシュ使ってるし、賢者の石は知ってるよね?」

「賢者の石……!?」


 賢者の石関係者か……何もこんな時じゃなくても良いだろうに


「お、知っているね? じゃあこう名乗ろうか。僕は賢者の石メンバーの1人でね第6席【動物園】のズゥだよ」

「な……!?」


 まずい、驚いて、意識が。


「あ、ちょちょ、気絶しないで!? ここからが本題なのに……」


 くそ、暗いな……視界が……

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