第33話 白盾城 謁見の間
「よく来た。ビクトリウスの長男」
「お呼びに預かり光栄です」
白い城の最奥、白盾卿ラウンドが目の前に座っている。
門の前で見た様子とはまるで違う。親しみやすさすら感じた空気はまるでない。冷たく重く、近寄りがたい。
白亜の城門のような男だった。
「さて、姉君は無事かな」
「お心遣い感謝いたします」
「それは何よりだ。私としてもビクトリウスを敵に回すのは避けたい」
「それは過分な評価をいただきまして」
「過分なものか。その勇名は轟いている」
こんな話をするのが目的ではないはずだ。俺を呼び出した理由を考えろ。何を求めている、俺に何をさせたいんだ?
「さて、世間話はもう良いか」
重圧が一気に増した。ここからが本題か。
「白翼のブランカ。国の柱の一つ、知っているな?」
「存じ上げております」
どうして、今その名前が出てくるんだ。まさか目的を看破されている?
だが、察知される理由はない。警戒される理由も。ならば元々目を付けられていたということか?
「今、ブランカは非常に不安定だ。一度安定化させる必要がある」
「……そのような事を私に言っても良いのですか?」
どう考えても国家機密だ。これは、逃げ場を塞がれたな。
「良いと思うか?」
「私には判断しかねます」
「もう気づいているだろうが、聞いてしまった以上は逃がすわけにはいかないのだ。悪いな」
「私に何をお望みですか」
「厳密にはお前ではない。お前の腕に宿る者に頼みたい事がある。白霊鳥を宿しているのは知っている」
街であれだけ騒ぎを起こせば当然か。
「何の用でしゅ、ラウンド」
「久しぶりだなフギン。お前が逃げ出した時以来か」
ふぎん? シロの事か?
「……それは悪かったと思ってるでしゅ」
「そのせいで今、ムギンは苦しんでいるぞ」
「どの口が……!! いや、これはシロのせいでしゅ」
「……まさかあのフギンが反省するとは。歳は取ってみるものだ」
「それで、シロに何をさせたいでしゅ」
「お前がブランカを継げ。そうすれば丸く収まる。お前もそのつもりで取り憑いたのだろう」
「ブランカの状態を教えるでしゅ……」
今は状況の把握が必要だ。下手に口を挟まずに聞いておくか。
「そうだな、力は4割ほどしか出ていない。大きさもずいぶん縮んでいる。それだけでどれほど危ういか。ブランカの姿は本来固定されている。それが保てないのは死の兆候。今にもブランカは消えかねない。国の守りが消え去るなど許されないのは分かるな?」
「……そこまでどうして」
「なぜ放っておいたのか、と言いたいようだな。それはお前が言える言葉ではない」
「……その通りでしゅ」
なんだろうな、すごくイライラして来た。
「フギン、お前がやった事のツケを払う時が来たんだ。お前が逃げねば、こんな事にはなっていない。お前が逃げねば、ムギンが死にかける事などなかったのだ」
「……」
シロ、お前が口を噤んでいる理由は分かる。
自分のせいだもんな、事実を言われて怒るのは馬鹿のする事だ。
シロは馬鹿じゃない。
「お前は一族の責務から逃げた。だが、こうして戻ってきた。最後の矜持か、それとも姉の命が惜しくなったか?」
「……」
「何も言えぬのが当然だ。私は何も間違った事は言っていない。この件において最も咎があるのはお前だフギン」
「……」
だけど。
だけどな。
利用されるだけの宿主かもしれないが、一緒に死線を超えた仲間を貶されるのは。
「白々しい羽でもって最期くらいは飾って見せろ。ブランカになったお前を死ぬまで酷使してやろう。光栄だろう? 逃げた責務に戻れるのだ、泣いて喜ぶがいい」
「……」
さすがに。
限界が。
近い。
「そうだ、フギンよ。お前の所業をビクトリウスの長男に伝えてやろう。お前はきっと、ただ逃げたとしか言っていないのだろう。そんなものではなかっただろうに」
「っ!? それだけは、言わないで欲しいでしゅ……」
「否だ、私の口を閉じさせる権限がお前にはない。そして私にはお前の罪状を追求する資格がある。それを使って何が悪い。良いか聞くが良いビクトリウスの長男、そこの愚かな鳥は」
頭の中で。
何かが切れる。
音がした。
「……黙れよ」
「がっ!?」
ラウンドまでの距離は桜腕を伸ばして解決し、無防備な顎を全力でかち上げさせてもらった。
舌を噛んでいてくれたら最高だ。これから盾の国との全面戦争になるかもしれないが、知ったことか。ここで黙ってるくらいなら、その方がマシだ。
「お前の望みどおりかは知らないが、ブランカは俺が落とす。その後の事はシロに任せる。文句あるか。俺はシロを信じる、それだけで十分だろう」
「……ふ、ふふふ、ふははははははははは!! 義手の拳で良かったな、シン・ビクトリウス。その拳、砕けているぞ」
桜腕の拳部分、そこが確かに砕「私の前で余所見とは余裕だな」
「しまっ」
目の前にラウンド、拳はすでに眼前。
「……?」
死はやってこない。なぜだ。拳がなぜ止まる。
「ま、ここらがちょうど良いくらいだ」
「なに、を?」
「教えてやれよ」
「……芝居でしゅ」
「は?」
なぜか羽で顔を覆ってピンク色になっているシロ。
「シンを試したでしゅ……」
ほほーう、なるほどな。
「話を聞かせてもらおうか……?」
「ひっ!? そんなに怒らないで欲しいでしゅ……」
「それは今からするお前の言い訳しだいだ。俺は、盾の国とやり合う覚悟でこのおっさんを殴ったぞ。それと釣り合う理由なんだろうな」
「っ!? それは、反則でしゅ」
あ、倒れた。
「まあまあ、私から話そうじゃないか。それ以上喜ばせると真っ赤に茹だっちまうからな」
「……仕方ない、聞かせてもらおうか」
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