第7話三色の樹人

「空から降ってくるのなんて天使か、雨くらいだ。しかもこのタイミングとなればこれはもう天の思し召しとしか思えない」

「天使……って」


 天使、高い次元に存在しているという不可思議な存在。俺がそんなものに見えるわけがないので、俺を天使として扱う理由がある筈だ。例えばそう、自分達よりも外側の存在にしか解決できない問題のせいで俺を天使として利用したいとか。


「……なにか困り事かな」

「へっ、話が早くて助かる。お前は天使様だったから助けた、良いな?」

「オーケー、俺がそれでここから生きて出られるならそれでいい」


 死んだら終わりだ、これで助かるなら天使でも何でも騙ってやるさ。


「よっと」


 土から出てきた根っこが足場になったので、穴から楽に出ることができた。樹人の能力によるものだろうか。まあ、それはともかく今は情報収集をしなければならないな。


「さて、話を聞こうか」

「ここじゃなんだ、ついてこい」


 地面をスライドするように動く樹人、根っこのような足で移動しているのだと思うが。初めて見るので中々興味深い。


「ふむふむ?」

「おい、あんまり凝視するんじゃない。それはあまり褒められた行為じゃない」

「そう、なのか」

「ああ。根を見るのは言わば品定めと同じだ、繁殖相手のな」

「っ!? 失礼だった、謝る」

「良い、お前らみたいな二股の奴らに我々のことをすぐに理解できるとは思わない。本来なら時間をかけて分かるものを付け焼き刃で分かったふりをされても不愉快だ。知らぬなら知らぬなりに礼儀を弁えろ天使様」

「分かった、努力する」


 思った以上に柔軟な発想をするようだ、閉ざされた環境で生きている少数民族かと思ったがそうでもないのかもしれない。


「さて、ここなら見やすいか」


 坂を上った先に見えるのは三色の森だった、一色は桜、一色は楓、そして竹だ。異様な光景だ、時期も違えば生える条件も違うはずのもの共がそれぞれの縄張りを主張するように一定の範囲に密集している。もしやとは思うが、楓の樹人とか竹の樹人とかもいるのかもな。


「今、我々は戦争をしている」

「……なるほど?」

「見えるだろう、あの忌々しい赤き悪魔を。奴らは我らの長を殺し、あまつさえ侵略を開始した。それは許される事ではない」

「もう始まった戦争に対して、天使が介入する余地があるのか」

「ある。実を言うと、長の死には不可解な点が多い。加えて中立にいるはずの緑が何も言わないのにも疑問が残る、奴らは気味が悪いが公平だ。不倶戴天の敵と言えど数少なき樹人の数が減るのは避けたいのだ」

「つまり、俺には天使の特権身分を使って本当に桜の樹人の長が楓の樹人に殺されたのか探れと」

「そうだ。和解の道を探って欲しい、報酬も用意しよう。樹人の秘境であるこの場所にはお前等が言うところのダンジョンがある。神域かつ禁足地ではあるが、天使様なら入り込んでも問題はないだろう。そこで手に入れたものに関して我々は干渉しない」


 ダンジョンか、捜査をしながらダンジョン攻略なんて現実的ではないな。そもそも、俺の戦闘力でダンジョンに潜るのは非常に危ない。ダンジョンは基本的に奥にはとんでもない化け物が潜んでいるものだ、神の気まぐれとか試練とか言われたりもするように内部構造でも侵入者を殺しにきている。宝物が見つかることも多いが、死者の方がずっと多いような場所だ。だが、そこには可能性がある。


「引き受けよう、ここに居る間俺は天使様だ。全力を賭して依頼を完遂しよう」

「助かる、本来なら余所者は粛正なのだが。良い時期に来たな」

「……本当にな」


 あっぶねえ、決行を今日にしておいて良かった。


「見よ!! 天より舞い降りし天使様である!! 我らの諍いを見かねて降臨なされたのだ!! 降臨の瞬間を見ていた者もおろう、天使様の邪魔をせぬように!! そして、天使様は裁定を下すまでは争うなと仰せである!!」


 あれよあれよ言う間に祭り上げられてしまった。この桜の樹人やるなあ、立ち位置的には死んだ長の後釜という感じだろうか。


「チッ、天使様がそう言ったなら矛を収めよう。だが忘れるな、先に刃を向けたのは桜である事を」

「委細承知、僕たちは異論はないよ」


 楓の樹人と竹の樹人、予想はしてたが本当に居たな。


「急で申し訳ないが、それぞれの領域に踏み居ることを許して欲しい。どこからも等しく見なければ正しき裁定は下せない」


 天使様として行動する事を認めて貰わないと、どこで禁忌に触れて粛正されるか分かったものじゃない。他の二人も桜の樹人のように物わかりの良い奴らだと良いんだけどな。


「問題はない、好きなように調べて構わん。それで何かが変わるなら、何かが分かるならな」

「同意、僕たちも求めていた。ここのしがらみに囚われない裁定者を。自分達では止められぬものも、外部の権威よって止まる事がある」


 ははーん、こいつらあれだな? 実は薄々おかしいことに気づいてるけど部族の構成員が聞く耳持たずに戦争初めて、終わりが見えないから困ってたな?


「分かった、期待に応えられるように頑張ろう」


————————————————————


【樹人】

人でもあり、木でもある、その在り方は一種の境地を彼らにもたらす。だが、それは温厚な森の聖人を意味しない。植物は時として人よりもよっぽど凶暴だ。


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