第2話 玉ねぎで酔っぱらう
「玉ねぎは玉ねぎでも、千切りに特化するとか、丸ごとのフォルムにこだわるとか、思い切ってスイカをフィーチャーするとか、他のグループとの差別化を図るべきだね。推しベジにこだわりすぎるのもペケ。大渋滞の夜空は大御所の星人たちに任せとけばいいの。流れ星になっちゃってから奪っても、遅くない遅くない。これからの時代は隣の家のお兄ちゃんみたいな親しみやすさがポイントだから。自力でファンを獲得できるようになったら社長に推薦してあげるからさ。まあ、がんばってよ」
野菜事務所のスタッフの兄ちゃんの発言だ。場所はマクドナルド。
そもそも自力でファンが獲得できるなら、あんたらの仕事がなくなるだろうよ。
苛立ちを百円コーヒーで飲み下した。そもそも、会合の場がマクドナルドって時点で、おれたちへの評価はしれていたわけだが。
「こいつ、玉ねぎ星人を目指してるんです」
シンジが余計な一言を口にした。
「ほう! こりゃ、また! まあ目標は高いに越したことはないからねえ。まさか、君らもキュウリ星人とスイカ星人を目指してるとか?」
「まさか」シンジは照れ笑いした。「ひとつのグループに星人志望はひとりで十分ですよ」
「賢明、賢明。星人なりたがり同士が揉めて解散したグループ、枚挙にいとまがない。それに、次期スイカ星人候補はなんといっても、スイカおばけのハロー・ウィンくんでしょ」
先々月の予選で一位通過したスイカおばけとは、五回ほど共演していた。
フロントマンのハロー・ウィンとおれは犬猿の仲で、最初の共演時から言い争いになったほどだ。彼の主張は、一にも二にもマーケティング。必須能力は、いち早くシーンの空き席を見つける動体視力。他人をジャッジする能力には秀でていたが、自分に対するジャッジは甘いってのが、彼に対するおれなりのジャッジだった。
「メンバー全員がくり抜いたスイカを被るって、アメリカだったらコミックバンドにもなれないでしょ」
当時の日本ではハロウィンは話題にすらならなかった。先見の明とでも思っているのだろうが、二十年後に振り返ったらお笑い種だ。その種の嫌味を込めたつもりだったが、敵の神経の図太さはそれ以上だった。
「知ってます? ここは日本ですよ?」
と鼻で笑われた。
以下おれの反論概略。(ベジタブル街道を選んだ人間が、よりにもよって経済優先の自転車操業サイクルに迎合するとは、これ如何に)
「はいはい、恥を知りますよ。恥をかくべきときにかかないのは一生の恥ですからね。あ、これ、ボクが考えた格言です。有名になった暁には、『ハロー・ウィン語録』というタイトルの本を出版しようと思っているので」
以下おれの反論概略。(そもそもおまえは何を目指しているのか? ベンチャービジネスについて話しているのか。TEDの舞台でプレゼントークをすることが最終目標だというのなら、バトルする相手をまちがえている)
「そもそも、ベジタブル界で成功を目指すなら、昨日より少しでもクオリティーを上げるべく努力をするのは当然のことです。では質問、みなさんは、それと同じくらい、売るための努力もしているでしょうか? 売る努力をすることはカッコ悪いと日々自分に刷り込んでいるのでは? 実に傷ましい努力であることは認めますが、その結果、みなさんは売れないまま終了しちゃうわけです。その点、時期星人候補たるボクにとって、売れることはカッコいいことです。ゆえに、売れるための努力をしている自分もカッコいい。よって道は開ける! わけです」
だそうだ。なるほどな。たしかに、仮にハロー・ウィンがスイカ星人のベルトを奪取できたとして、半生を語るロングインタビューをしたとして、二行ほど登場するおれがどんな描かれ方をするかは想像に難くない。では、その時点でおれも玉ねぎ星人になっていたとしたら? 全く違った評価を下されるはずだ。彼のようなライバルを持てたことは実に幸運なことでした的な。
結果によって文脈は変わる。才能ありの称号は、生き残った者のみに与えられる。そんなことはわかっていた。それでも、彼のように開き直ることはどうしてもできなかった。いまの自分および作品をよりよくすることが最優先だったからだが、近視眼的すぎただろうか。それとも単に臆病なだけだったろうか。戦車部隊を前にして白旗を上げて投降することと、素っ裸で立ち向かうこと。どちらがより勇気ある決断だったろうか。悶々と悩みつつも、長年培った臆病者気質をそう簡単に覆せるはずもない。きたる決勝の大一番、優勝は下馬評通り、スイカおばけが勝ち取った。
おれたちは無様にも最下位の屈辱を喫した。発表の瞬間、出演者たちが浮かべた煮え切らない表情をよく覚えている。何かしらのきな臭さはあったのだ。例えば、最後に出演したスイカおばけだけが、イベントの広告塔を兼ねたようなパフォーマンスを披露したこと。持ち時間が、他の出演者よりいくぶん長かったこと。審査員の採点も納得のいくものではなかった。おそらくは出来レースの当て馬にされたのだろう。そうは思いつつも、おれ自身は悔しさよりも安堵感のほうが強かった。性根の腐った連中と関わらずに済んでよかったと胸を撫で下ろしたくらいだ。
それより何より驚いたのは、優勝後のスピーチでハロー・ウィンが落涙したことだ。
以下ハロー・ウィンのスピーチ(の一部)
「(中略)同じ舞台で同じことを繰り返す意味はない。絶対に次に駒を進めなくてはならないと、固く決意をしていました。先のことは先へ行かないとわかりませんからね。だからこそ僕たちはどうしても…(十五秒ほどの沈黙、涙を拭う)
ごめんなさい。本当に勝ちたかっ…(中略)」
やれやれ。デビューが決まったくらいで、しかも数十人しかいない販売所のしけたステージ上で感極まるなんて、野暮だろうよ。と思いつつも、少なからず、グッときたのも事実。せめて祝福の一言くらいはかけようと思っていた。なんなら、「次はおれたちが決めるからな。うかうかしてたら、後ろからゴボウ抜きしちまうぜ!」みたいな恥ずかしいセリフも言いかねなかった。言わなくてよかったと、いまになっても思う。
廊下ですれ違いざま声をかけようとして、おれは口をつぐんだ。分水嶺の向こう側に渡った時期スイカ星人候補の目に、手前側にいる脱落者の姿は映っていなかったからだ。少なくとも、映さないアピールに怠りはなかった。
そこからはあっという間だった。
(つづく)
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