第612話


 行きはよいよい帰りは怖い、ではないが……。


 漁村の人達に便乗して入った街も、出る時は個人の裁量が必要となる。


 とりあえずの目的地をイーストルード改めオルジュベーヌにした俺達は、ギルドカード的な身分証が不要な馬車便が出ているという南門に向かっていた。


 宿屋をチェックアウト、徒歩で南へ……としたのだが。


 素直な感想が口を衝く。


「……遠くない?」


「……ねえ? 私、馬車に乗るようにって言ったわよね? ねえ? ……ねえ!」


 いやだって……いやだって!


 こんな駅幾つ分も離れてると思わないじゃん?! どうしてこの世界はスケールがちょいちょいバグるの?!


 馬車代をケチった誰かさんのせいで、追っ手がないとしたせいなのか緩々と出発したのが仇となり夕暮れ。


 なんと同じ街中だというのにもう一泊する必要が出てきたのだ、やだ不思議。


 異世界の街でも帰宅ラッシュがあるのか、人混みに溢れる通りは懐かしき某駅の中を思い出す。


 割と泣き言を言わずに付いてきたお嬢様は、俺に何やら考えがあるとでも思っていたご様子。


 あるわけないやん、異世界の街探訪を楽しんどったわ。


 海にも山にも近い街なので、山海のグルメに富んでいて……更には知らない国ともあらば地元料理に目移りしない方がおかしいだろう。


 そう、おかしいよ、そんなやつ人じゃないよ、社畜だよ!


 おまけに懐が温かいときたらお客さん? 殺伐と襲い来るアクシデントに一筋の清涼を求めても仕方ないことじゃないか! そんなこと言ってもしょうがないじゃないか?!


 俺だって異世界のんびり紀行がしたいねん! 奇行にならない程度にね! 出来ればスローライフにグルメ行脚とかが良かったんだ!


 プンスコ怒る婚約破棄され令嬢を振り返りボソリと呟く。


「お前もクレープ美味そうに頬張ってたやないか。三つも食いやがって。三つ目の途中でギブアップして渡してきたやないか」


「あれはしょうがないでしょ?! 意外と『もういいかな?』ってなったのよ! 途中で!」


 分かるけど! クレープって一個目、しかもどちらかというと一口目に集約されてる感じあるけど?! せやかてクドい! 俺も三つ食べてたやん?!


 しかし本当に…………お金って怖いよねぇ?


 ほんと、街に入る時はあんなに警戒して、なんなら早く出たいまであったのに……。


 鼻誘う香りが、物珍しい物への誘惑が……ぶっちゃけお金がある故の浪費欲が、真面目なボディガードを『おのぼりさん』に変えるんだから……やれやれ。


 帰りは怖いよ、間違いなく。


 『お土産買ってこうかな』って思えるのが既に罠だもの。


 木刀もペナントも必要ないって分かってる……分かってるんだ本当は!


 なんならちょっと高い消え物だって地元を探した方が安いのがあるとお!!


 しかし我々はやめられない! 旅先の非日常感故にいいい!!


 それでも僕は―――――と、いいとこ発見。


 なるべく早く適当な宿屋を探さんとする我々の視線の先に、前にターニャから聞いたことのあるマークを見つけた。


 買い食いにハシャいで悪い道に誘い込まれているとも知らない貴族の少女を振り返って言う。


「ちょっと寄り道していい?」


「なんでよ! もう三軒も断われてるのよ?! 部屋はいっぱいだー、って! 早く今晩の宿を見つけなきゃ日が暮れちゃうじゃない!」


 まあ焦る気持ちも分からんでもないけど。


 ていうかほぼ自分のせいなんですけど。


 この街は北と南で住み分けられていて、南に進むほど商店が増えるせいか、街を目的とした人の数も増えた。


 しかし素材などの商取引は北側で行われることが多いらしく、東と西の門も街の北寄りに設置されている。


 わかりやすく冒険者が多いのは東門周辺らしいのだが、護衛などを専門にしているのは西門なのだと。


 人口の多寡もあるせいか、西門から入った俺達は別に争うこともなく普通に宿屋に泊まれたのだが……南街の方に来るとそれも難しいらしく、なかなか部屋が見つけられずにいた。


 ……一言目が「ご予約はお有りですか?」だからなぁ……『日本かな?』って思っちゃったよ。


 お嬢様の『高い程いいでしょ?』みたいな考え方も、貴族特有の高級思想なのかと思ったけど……割と一般的に普及している考え方なのかもしれない。なぁ


 …………な〜んかバブル期の日本人とかが転生してきたのでは? とか疑っちゃうよ。


 そう思うと露店の料理も似通って思えるし。


 だからってわけじゃないが、聞き及んだマークに扱い慣れた品を夢想しちゃったわけで……。


 あると便利なアレを買っておきたい。


 お金もあることだし……今の内に――って、あれ?


 ふと気付けば低身長のフランが人混みに離されかけていた。


 人波に呑まれそうになるフランの腕を取り、引き寄せながらも言い訳を吐く。


「いや、なんというか……防具? 防具が欲しいなぁ〜……なんて」


「……」


 ダメ?


 防具も売っているという魔道具屋のマークを指差してみる。


 ターニャが話すところ、俺の黒いローブってダンジョンから割と産出される汎用品らしいので……ここらで補充出来るならしとこうかなー、って一案だ。


 丸二日以上ローブを着続けてジワジワと魔力を吸い続けられれば、便利なバッグとして活用出来るしね。


 ……まあ、一説だと呪いの装備っぽいけど。


 夕暮れに照らされたフランは無言のままだが、防具という言葉に思うところがあったのか頷いてくれた。


 よし、そうと決まれば。


 恐らくはターニャがローブを買った店よりも大きいであろう魔道具店を目指し――――


 タイミングよく出てきた人物を一目見てフランを暗がりへと連れ込んだ。


「……ちょぉ――――?!」


「静かにしろ、騒ぐんじゃない」


 暴れ始めるフランを押さえつつ、そっと大通りを覗けば……件の人物をお店の人がお見送りしているところだった。


「では、もし見掛けた場合は一報を」


「畏まりました」


 薄桃色の髪に瞳。


 ……俺ってばポニーテールとの相性悪いのかなぁ。


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