第609話 *アン視点


 …………正直、怪しい奴を追い掛けてる時より今の方が緊張してるよぉ。


 砦の……何処に向かっているのか分からないけど、リーゼンロッテ様の後ろについて歩いている。


 でも高い所だ。


 階段を上がったので、そこは間違いない。


 高い所……つまり凄い場所だ!


 案内して貰った宿舎も結構な高さだったけど、今のそれは比べものにならないぐらい高い。


 城砦の『お城』を担当する区画の上の上だと思う。


 だって結構長いこと歩いてるけどまだ着かない……。


 やっぱり国宝を保管してるだけあって、それなりの高さなのかなぁ?


 先頭を歩いているのは、副官らしい神経質そうな顔のお貴族様だ。


 この方の命令を騎士様や偉いっぽい兵士様が聞いてるから、たぶんめちゃくちゃ偉いんだろうってのは分かるよ。


 そして更にその上にいるのがお姫様とリーゼンロッテ様なんだろう。


 つまり、もう……あれだよ……あれ。


 ――――あたし達、めちゃくちゃ場違い。


 その副官様より後ろに堂々と歩いているのがお姫様、そしてそのお姫様に付き従うように半歩遅れてお姫様と話しながら歩いているのがリーゼンロッテ様。


 ……そして、何故かその一歩後ろにあたしとテッド。


 …………そしてそして、あたし達の後ろにピッタリと火の魔法使いである騎士様や兵士様達。


 順番が絶対おかしいよ……ッ!


 ともすればリーゼンロッテ様の隣りに並ぼうとしたテッドを引き戻すぐらいしか抵抗出来なかったけど、本来なら最後尾を歩いてても……いやこの列に加わる方がおかしい。


 騎士様達に特に他意は無いんだろうけど……まるで逃げ道を塞がれるように背後を歩かれている。


 いや、副官様の命令通りにしてるだけなんだろうけどね?


 あ〜〜〜〜……ダメだ、本当ダメ……テッドのこと大好きだけど……なんならそれ以上なんだけど!


 これはレンの言う『拳の語り合い』ってのが必要なんじゃないかな?


 男の子同士でのコミュニケーションらしいけど、今だけ特例で。


 ……うん、わかってる。


 話を振ってきたのはお姫様だもん……テッドに全部責任があるわけじゃない。


 でも、こう……? 断り方? ってあったんじゃない?


 ――って、青筋を立てながら思う。


 いや、出来るよね? テッドも、如才ない断り方。


 だって嫌々でも村長さんについて交渉とか見るもんね? 領主様の使者様に対応することもあったもんねえ?!


 それでいてまるで待ち望んでいたかのような受け答えだったんだから……テッドが何を思っていたのかなんて考えるまでもないよねえ?!


 ギロリと隣りに視線を飛ばすも、テッドは何故か自信満々に前を見ている。


 …………まあ、いっか。


 どうせテッドが選ばれるわけ――――


「んん? 七剣拝受ってどう……?」


 ボソリと呟いた声が思いの外大きく響いて、思わず口を手で塞いだ。


 背中に刺さる視線は元より、リーゼンロッテ様までチラリとこちらを振り返っている。


 ああ……『仕方ない奴だな?』って顔のテッドを殴りたい……!


 だって、『剣が使い手を選ぶ』っていうのは、あたしも知ってるよ?


 でもどうやって選ぶのかなんて知らないし……どちらかと言えば、テッドの安全にも関わるんだから『拒まれ方』の方が気になっちゃって……。


 リーゼンロッテ様も言っていた。


 なんか……ちゃんとした持ち主じゃないと『酷いこと』になるって。


「七剣拝受は――」


 羞恥に顔が熱くなるあたしも慮ってくれたのか、なんとお姫様が答えを返してくれた。


「――柄を握り、剣を振れればそれで終わりじゃ」


 …………え、それだけ?


 うんうんと頷くばかりのお姫様の代わりに、リーゼンロッテ様が後を引き取る。


「七剣拝受の儀式には『資格無き者を剣は拒み、選ばれし者に剣は応える』と伝えられています。この『剣が応える』というのは比喩的なもので、実際には剣の能力を発現出来るかどうかという意味なのですが……剣を振れる時点で、実は確約されていることなので、実質は前者――『資格無き者を剣は拒む』という文言が、七剣が使い手を選ぶと言われている由来でしょう」


「実際の選定は国王陛下がしておる。まあそれも国王陛下に選ばれし者が、更に七剣に選ばれねばならんがのう」


「どちらも偉業であると言えるのですが……と、これを私が言うのは少々図々しいですね?」


「――全然そんなことありまッ!」


 照れたように笑う反則美人に、反射的に答えを返した幼馴染へ肘をプレゼントした。


 大好きだから、ちょっと黙っててね?


 顔色を変えるテッドに構うことなく、お姫様が続ける。


「資格というのが、実は未だに十全と分かっておらぬ。ただ、剣を持つには絶対的に必要な魔法属性があっての?」


 あ、それで……。


 痛さを表情には出すまいとしている幼馴染の魔法属性を思い出す。


 だから『火』の魔法使い様ばっかり……。


 リーゼンロッテ様が腰に提げた聖剣を触れながら困ったように言う。


「剣の属性が必ずしも必要な魔法属性とは限らないのですけれど……」


「うむ。何故か『氣』属性だけが例外じゃ。むしろ同じ属性の者に持たせるよりも、氣属性の者に各属性の聖剣を持たせた方が戦力として有効であろう。まあしかし……」


「氣属性は希少で、かつ氣属性だからといって必ずしも聖剣に選ばれるわけではありません。むしろ歴史に学ぶ限り、同属性の使い手の方が多いでしょうね」


 ああ、だからお姫様は「十全に分かっておらぬ」って仰ってるんだね。


 これじゃテッドが選ばれるわけないよね? ……良かったぁ……って言っていいか分かんないけど、……良かったあ。


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