第599話 *アン視点
「兄ちゃんは、ワガママ」
「黙って乗ってろ。それか歩けよ」
「いや」
背中から掛けられた声に振り向くと、テッドとマッシが引っ張る荷車の荷物の上から顔を出したテトが、こっちを見ていた。
さっきまでは機嫌良く鼻歌を歌っていたんだけど……テッドの愚痴に反応したのか、普段は見せない辛辣さを見せている。
もしくは「テトラみたいな――」って言葉が引っ掛かったのかもしれない。
テッドとマッシが引っ張っている荷車には、そこそこの荷物が載っているんだけど……ちょっとしたスペースに体の小ささを活かしたターナーとテトが納まっていた。
ちなみにリーゼンロッテ様からちゃんとした馬車を用意されたのだが……「この方が合理的」だと馬車の方には荷物が詰め込まれている。
誰が言ったのかは……まあ言わずもがな。
実はうちの村で一番のめんどくさがりだと思ってる幼馴染だ。
……凄くよく食べるんだけど、走るのに誘って頷かれたことはないんだよねぇ。
いっぱい走った後に食べる方が絶対美味しいのに……。
そんなことを考えながら、歩くペースを落としてターナーの様子を覗く。
荷台の後ろでは、喧々と言い合うテトの横で、頭に精霊様を乗っけたターナーがリーゼンロッテ様から借りたらしい本を読んでいた。
…………本かあ。
本読むのって苦手なんだよねぇ……どこの家にも本ぐらいあるけど、「読みなさい」って言われない限りは読みたくならない。
だって頭痛くなっちゃうし。
好んで本を読むのなんて、あたし達の中じゃターナーぐらいだろう。
なんか難しい文字とかもあるんだし、読むより聞く方が絶対楽だと思うんだけど。
それこそレンに教えて貰う方が楽――
「……なに?」
ジッとターナーを見つめていたら、本から視線を逸らさずにターナーが声を掛けてきた。
「よく気付いたね?」
ターナーにしては珍しい。
本を読み始めたターナーは、どれだけ構って欲しくて邪魔しても、こっちに気付くことなんてないのに……。
というか端的に無視するくせに。
驚いて変な質問をするあたしに、ターナーが答える。
「……なんか失礼な気配がした」
…………その言い方が既に失礼じゃない?
最近気付いたんだけど……ターナーとケニア……もしかしたらレンもだけど、あたしのことバカにし過ぎてないかな?
あたしだっていつまでも子供じゃないんだから?! バカにされてるのぐらい気付くからね!
ちょっとした意趣返し……というか
うわ、プニプニ……ちょっと気持ちいい。
パタン! とターナーにしては珍しく早々に本を閉じた。
「あ、怒った?」
「怒ってない」
絶対怒ってる。
たぶん、反対側からテトに突かれたことも原因なんだろう。
器用にテッドと言い合いながらも遊んでいるとでも思ったのか、ターナーのホッペを突いているテト。
意図せずしてレン曰く『変顔』を作ることになったターナーは、あたし達の指を払うべく本を読むのを止めた。
なるほど、ターナーも女の子だもんね? 変顔は嫌だよねー?
まあ、あんまりオシャレしてくれないし、なんなら男の子っぽい服装を好むから気付きにくいんだけど……。
ペシペシとあたしとテトの手を払ったターナーが、仕方なしと座ったまま会話に参加する。
『人が話している時は邪魔しない』を守っているテトとしては、ターナーのホッペを突くのは止めざるを得ない。
「……そもそも輜重隊じゃ参戦する機会は少ない」
「そうなのか?!」
ターナーのボソリとした呟きを拾ったテッドが大仰に驚いている。
「重てえよ! しっかり持ってろ……おい!」
思わず荷車のハンドルから手を離してはマッシから怒鳴られていた。
しかしテッドは聞いているのかいないのか、荷車に飛び乗ってはターナーへと問い掛けた。
「そうなのか? 飯隊じゃ参戦する機会って少ないのか?」
突然負荷が増したにも拘わらず荷車を同じ速度で引き続けるマッシも凄いけど、意にも介してないテッドも凄い。
ターナーはあんまり説明とかしてくれないから必死なんだろう。
普段なら尚の事あまり喋ったりしないから、こういう『会話しよう』って時は貴重だったりする。
なんていうか……なんだろう? タイミングとかはいいよね、テッドって。
今にも『もう
「……地形的に輜重隊が戦う機会は殆ど無い」
「いや分からん。説明してくれ」
そもそも今から行く砦についてあたし達って何も知らないんだけど?
テッドと同じくして疑問を浮かべるあたし達に、ターナーが指をツイッと振った。
追い掛けるようにターナーの指の先へと目を向ければ――――
軍が進む先、その森の切れ間から、峻厳にそそりつ立つ山々に囲まれた頑健そうな砦……というか城のような物が見えた。
…………うわぁ……凄いねぇ。
高低差もあるせいか余計に高く思えるその物々しい城砦は、充分に周りを睥睨出来る位置に建っている。
右手――南側には超えられそうにない山々に、北側には大峡谷が辺りを囲む。
唯一山越え出来そうな道だけが城砦へと続いている。
ターナーの声は続く。
「……輜重隊の役割は?」
「え? あ、あ〜、っと……飯を運ぶことだろ?」
城砦の威容に息を呑んでいたテッドが泡を食ったように答えた。
そこでハタと気付いたのはあたしだけじゃなかったようで……。
同じく『何故戦う機会が少ないのか』に思い当たったテッドにターナーが頷く。
「……輜重隊の仕事場はこっち側だから、戦う場は少ない」
クイクイと『内側』を示すように指を曲げるターナーにテッドは無言だ。
そうだね、そもそもこっち側に敵っていないもんね。
後方支援。
それが輜重隊の役割。
前に出る戦いじゃないけど砦の戦力には数えられるかも――なんて考えていたけど……この分じゃ出番は無さそうに思える。
むしろ物資の搬入で何度も街と往復しなきゃいけないのかも?
テッド達の今後の仕事を予想するあたしの耳に、会話を結ぶターナーの呟きが聞こえてきた。
「…………普通なら」
テッドに聞こえないように言ってくれたのはナイスだよ。
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