第554話 *フラン視点


 有無を言わさず引き倒されて伸し掛かられた。


 鈍い――――金属を殴ったような音が響く。


「…………ッ、報告ッ!」


 直後に聞こえてきた声は、今話していた小隊長のものではなかった。


 まさか……!


 しかし仰ぎ見た小隊長は渋い表情をしているものの、怪我している様子は無く……呼び付けた守兵に『報告しろ続けろ』と合図していた。


 私を護るように覆い被さる小隊長を、更に護るように大盾を持った守兵が二人、盾を屋根のようにして立っている。


「損害軽微!」


「負傷者一……いや二名! 『盾』はまだ使えます!」


「よし! 白兵戦部隊は?!」


「そろそろ出るとのことです!」


「急がせろよ! 白兵戦部隊を乗せた船が出ると同時に魔法攻撃だ! 注意をこっちに引き付ける!」


 怒号のような指示が響く中で、死の際にあるせいなのか……ドクドクとがなり立てる心臓の音とは裏腹に、頭の中は静かに冷え込んでいった。


 何かやらなくちゃ。


 私……私に出来ること……魔法……鯨……輸送船……護衛が八隻……――何故?


 怒涛の勢いで流れていく記憶情報が一つに繫がる。


 本来関係のないような疑問が、状況を打開させるための閃きを呼んだ。



「――――『三杖』を載せてる積んでるわね?」



 小隊長の顔がピクリと引き攣る。


 ずっと疑問だった……鯨を


 南の海を勢力圏とするラベルージュ海洋国。


 その支配海域は帝国にとって喉から手が出る程に羨ましいものであった。


 勿論、帝国にも支配海域は存在する。


 しかしそれを南に伸ばそうとすると……必ずや『巨大な島リトル・アイランド』や『偽氷塊』と呼ばれる鯨が邪魔をするのだ。


 まるで……ここより先は行かせないとばかりに。


 深い海溝があると言われる海域までその支配を広げるには、回り道をするようにラベルージュ海洋国を通らなければならなかった。


 帝国の大事業。


 世界を一つにせんとする偉業を前にして、ついに鯨を倒す案が為されたのは……その肉体から得られる恩恵が戦争の役に立つとあっては必然だったのだろう。


 海路の確保に資材の蓄え。


 まさに一石二鳥の名案だった。


 しかしそれは……あのお化け鯨を退治出来たらの話だ。


 机上の空論、それが出来たら苦労はない――


 ……それでもお父様の言葉には確信を伴った響きがあったわ。


 だからこそ、絶望的な状況であっても虚勢を張れた。


 事実――――帝国を悩ませていた鯨は死んでしまった。


 至極あっさりと。


 お父様が怨敵とも呼べる鯨の死を確信出来る程の巨大な力……。


 そこに『三杖』を思い付いたのは当然の流れだった。


 世界を相手に始めた聖戦なのだ。


 帝国が切り札を使うのは、何も変なことじゃない。


 恐らくはしたのだろう。


 建国より伝わる伝説の杖の威力を確かめるために――


 ――――おぞましいとも思えるリスクを越えて。


 国の秘宝たる『三杖』だったが、他国のそれとは違い……帝国は『三杖』を封印していた。


 というのも、三杖は他国にある『数字付き』と違って軽々に使えぬ理由があった。


 その一つに汎用性がある。


 書き換え登録という特殊な技法が必要だと言われる『五槍』、剣が使い手を選ぶと言われる『七剣』。


 そんな使用者が限られる武器と違って、『三杖』は使


 その故に、王城から持ち出すことを禁止されていた武器でもある。


 『もしも鹵獲されたら……』という不安が常に付いて回るからだろう。


 ――――表向きの理由としては、そうだ。


 しかし今回は国内……しかも動物相手ということもあって許可された――


 息を飲む。


 それは酷く有効な方法に思えるが……杖の真価を知っていたのなら軽々と出来ない判断でもあった。


 しかし使った。


 使われた。


 それなら――――この船の警備にも納得がいく。


 本来なら陸に沿って北上する限り、たとえ巨大な輸送船といえど警護はそこまで多くなくてもいいのだ。


 何故なら北からこちらは国内で、しかも陸からの補給も容易いという航路だ。


 ……護衛船なんて二隻あれば充分……四隻でも慎重なくらいだわ。


 それを八隻。


 しかも一隻に百人超の兵力を携えている。


 微妙に陸からの干渉が少ない航路を取っていることも、私の考えを後押ししているように思えた。


 何かに違いない――


 それと『巨大な島』の討伐を結びつけるのは容易かった。


 小隊長の反応から、自分の考えが正しいと悟る。


 現場の下士官にも情報が開示されてるのなら……。


 自分を叱咤するように、強く確かな声を上げた。


「オルジュベーヌの名において命じるわ。必要な情報の提供を。この船に乗せている『三杖』は……いくつ?」


 食って掛かるように命じる私に、小隊長は瞳を逸らすことなく真摯に応えてくれた。


「二つであります」


 やっぱり……


「使用状況は?」


「一つは『巨大な島』を殺すために使ったので、使用出来ない状態にあります。ですが……」


 言い淀む小隊長の言葉に続ける。


「もう一つは使えるのね?」


「……その通りであります」


「『天に至る代償』と『命蝕む呪詛』……どっちかしら?」


「フランシーヌ殿。これは私的な意見なのですが……――あんなクソッタレはこの世に無い方がまだ世界は綺麗でいられると、小官は常々思っておりました。たとえこのまま沈むことになっても、それが運命だと諦められるぐらいには嫌いです」


 私もそう思うわ。


「そう。貴方って訛りが酷くて何言ってるかイマイチ分からないのよね。それで? どっちかしら?」


「『天に至る代償』が未使用です」


「よりにもよって使えそうな方が残ってるんだから……私も強運よね?」


「小官はそうは思えませんが」


「貴方……正直過ぎると出世出来ないわよ? 悪いけど問答はしないわ、時間が無いから。案内を出して」


「……ご武運を」


「残念、さっきので使い切っちゃったわ」


 化け物鯨に食べられても生きていられたんだから……私に運なんて一欠片も残っちゃいないわよ。


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