第484話
一先ず、借りてきた猫のように固まったままのお嬢様を小脇に抱えてバックステップ。
伏せているポニテの隣りへと移動した。
……あ、ダメだ、全然逃げ切れない。
しかし未だ津波となって襲い掛かってくる酸の影響圏を抜けられてはいないようで。
これは……壁際まで下がるか、もしくは壁を登るかしなきゃ無理かも――
早く避難しなければ!
僅かもない時間に焦り、近くにいないオジサン連中から声を掛けようと振り向けば――――既に脱兎の如く壁際へと駆けていく姿が見えた。
危機管理能力高ぇ……。
見習いたい逃げ足である。
しかしお陰様で残す懸念はこちらだけとなった。
未だ揺れに備えて伏せているポニテに向けて声を荒げる。
「騎士様! 我々も逃げましょう!」
早く早く! 立って! 走って!
「……え? ……何からだ?」
ポニテからはそんな回答。
揺れに備えているのかと思ったポニテ騎士は、どうやら呆けているだけだったようで……もしかして酸の津波が来ると分かってないのかもしれない。
だから早口で告げる。
「揺り返しが来てます! 早くしないと――」
「なん……揺り? 待て、整理する」
そんな時間は無いんだよ?!
この暗闇がマズい。
どうやら視覚的に捉えられないから危機を感じていないようで……ともすれば俺が抱えて逃げた方が早い気もするのだが……こっちのポニテにゃ、お嬢様と違って抵抗される可能性が高い。
揺れや傾きには即応していたことからも、相応に戦闘能力も高そうである。
事情を説明せずに抱え上げたらグサッとやられるかもしれない。
警戒していた節もあったから尚の事だ。
しかし丁寧に説明している時間は無い――となると。
――――百聞は一見にしかずと行こう!
実際に津波を見せるべく、出来るだけ大きな光をイメージして光魔法を使用した。
暗闇に光が生まれる。
しかし――――生まれてきたのは見慣れたサイズの灯りだけだった。
どうやら俺の光魔法の最大値は、部屋の電灯レベルらしい。
……今かよ?!
なら――――こうでどうだッ!
数は力とばかりに、即時発動と連発出来る性能に頼って電灯レベルの灯りを無数に打ち出した。
鯨の胃の中に光が灯る。
満点の星の如く打ち出された灯りに、辺りを統べていた闇が祓われていく。
明かりによって視界に映し出されたのは、より露わとなったピンクの陸地と――――緑色が綺麗に光る酸の津波だった。
……意外と近いね?!
既に影が掛かる程の近さに迫った津波の存在に驚きです。
直ぐそこまで迫った津波に飲み込まれては堪らないと、もはや言葉もなくポニテにジェスチャー一つで駆け出した。
弾かれたように走り始めた俺に、ポニテが難なくついてくる。
その速さは中々のもので……ポニテの騎士としての結構な実力が窺えた。
少なくともどちらか片方の強化魔法じゃ勝てないぐらいには強そうである。
今は割と必死な表情で走ってるけど……。
理解して貰ってなりよりだよ。
その一方で、大人しく運ばれているお嬢様の方はというと……今に至ってようやく何が迫って来ているのかを理解したようで、見開いたまま固まってしまった瞳はそのままに……僅かに握り込まれた両拳で口元を隠している。
……そのポーズって自然に出るんだね?
SNS限定のあざとさ表現かと思ってたよ。
今度からは『今際の際のポーズ』で覚えとくね?
「来るぞ来るぞ来るぞ!」
ポニテの声と共にザバッという――津波が落ちてきた音が背後で響いた。
これで逃げ切れた――――というわけもなく。
当然ながら勢いのままに胃酸がこちらへと迫ってくる。
しかし陸地は余り残されていないようで……。
先に着いたオジサン連中が必死こいて胃の壁を登っているが……間に合わなさそうなペースである。
――――む!
不意に背後で魔力が高まった。
聞いたことのない旋律と共に、ポニテが詠唱を始めていた。
ドゥブル爺さんとはまた違った詠唱具合である。
単語単語をハッキリと、そして早く繋げていくドゥブル爺さんの詠唱に比べて……それは歌うように滑らかで、強い響きを伴っていた。
どうやら色んな
……じゃあ、俺のような魔法もあるのかな?
「『――――くっ、――』……いかん! 『
しかし状況にはそぐわなかったようで……。
明らかに途中だと分かるところで詠唱を切ったポニテが、それでも練り上げた魔力と共に発動言語を放ち、魔法を完成させた。
途端に吹き上がった風が背後まで迫っていた濁流を留める。
…………なるほど、風か……うん、勿論気付いていたとも! 勿論ね!
天啓を得た俺も、アホ程に魔力を練り上げた。
拮抗も一瞬とポニテの放った風魔法が飲み込まれる――――寸前に、俺の風魔法が加勢した。
無詠唱、ノータイムで放たれた強風が、こちらを呑み込まんとしていた酸の波を跳ね返していく。
ポニテの周りで吹き荒れているのは……家屋すら飛ばしかねない強風である。
竜巻のそれだと酸を吸い上げてしまうので、イメージしたのはこちらへと寄せ付けないような一方向の風だ。
しかも
何度か使ったことのある強風の魔法だが……こちらはまだ上限じゃなかったようで、津波を押し留めるどころか……その圧力を越えて吹き飛ばしてしまった。
「…………うん?」
これには風魔法を放ったポーズで固まっていたポニテも首を傾げている。
津波……というか揺り返しで生じた水飛沫だっただけに二波三波とはならないようで……。
波が引くように嵩を減らしていく酸の海。
とりあえずの安全を確保出来たらしい。
「お……おお〜」
恐る恐ると胃の壁から降りてきたオジサン連中が、歓声なのか何なのかよく分からない声を上げている。
その称賛は……当然だがポニテへと向けられていた。
……ならば乗るしかないな、このビッグウェーブに!
というわけでポニテへ頭を下げつつお礼の言葉なんて投げ掛けてみる。
「ありがとうございます、騎士様。助かりました。自分はもう一巻の終わりなのかと……」
『知らないよ? 知らないよ? 風魔法なんて知らないよ?』とトボけた反応に……しかしポニテは気付かず――
「……うむ。問題ない。お嬢様を守るついでだ。……私も、予想よりも上手く行ったことにホッとしている」
己の魔法が繰り出した風の威力に手をニギニギとやっていた。
うんうん、そうだね? そりゃ、たまにはクリティカルが出るよね? ファンタジーだもの……。
それで……物は相談なんだけど?
この固まったままのお嬢様は…………どうすればいい?
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