第454話
「そんな魔法は見たことも聞いたこともないわ。少なくとも人の使う魔法には存在しない筈……」
シリアスに呟くギルドマスターさんの目元が険しくなっていく。
「噂に聞くエルフの使う精霊魔法なら似たようなことが出来るだろ?」
どこか楽観的に答えるガンテツさんは、俺の発言にそれほど引っ掛かりを覚えてないようなのだが……。
キツい視線をガンテツさんに向け直したギルドマスターさんが吠える。
「人の使う魔法とエルフの精霊魔法とじゃ天と地の差があるだろが?! 人が! 使える! ってことに問題があるんだ!」
……そうなん?
視線でパーズへと問い掛けるも、パーズにもピンときていないのか首を傾げているだけだ。
「水中で呼吸出来たら駄目なのかー?」
疑問の大元を、パーズがズバリ問い掛けてくれる。
そうそう…………ダメなのん?
連勤で目眩を覚えたサラリーマンのように目元を押さえたギルドマスターが、深々と溜め息を吐き出してから口を開く。
「いい? あたしら人間にはどう足掻いても再現出来ないのが『精霊魔法』に『魔晶石』よ。似たようなことを起こせたとしてもその本質は違うわ。……って、ガンテツ! あんたにこんな説明は要らないでしょ?!」
「いいや、必要だな。何より後々オレに聞かれても面倒臭えからよ。しっかりしやがれギルドマスター」
「こんな時ばかり役職を立てやがって! ……ハァ、もういいわ。それで、精霊魔法や魔晶石の効果によって水中で呼吸出来るようになる分には構わないわ。何故なら――それは恐ろしく希少で珍しい手段になるだろうからね。わかる?」
「いや、分かりません」
結局は可能ってことでしょ? それの何が問題なの?
俺の知り合いの天使なんて水中で言葉まで発せるんだから! そりゃもう天使ですから? 当然なんですけどね!!
疑問に首を傾げる若手の前で、『若いなぁ……』とばかりに寂しげな微笑みを浮かべる
残念、魂の年齢が既に老境よ。
「滅多にない手段っていうのは、それだけで選択肢から排除して考えられるわ。あんたの『流されてきた』なんて言う戯言を真に受けないようにね」
戯言て。
他に可能性も無いんだけどなぁ…………いや、それにしても無意識で水中呼吸の魔法を使ったというのも無理があるけど。
「でも『魔法』なら技術よ。師から弟子へと受け継がれていくわ。使い手の少なさから、それもそこまで危険じゃないんでしょうけど。でもなにより怖いのは……『魔道具による再現』の可能性ね。それは――『希少』な手段を『汎用』へと下げるわ」
「それの何が悪いんだー?」
「溺れる人が減って……税が取れなくなるから、とか?」
パーズの疑問に独自の解釈で生み出した答えを披露した。
しかしそれが間違いなのはギルドマスターの首振りからも明らかだ。
……じゃあ何よ? いいじゃん別に水中で呼吸出来ても……ダイビングしやすくなるってだけだよ?
疑問を露わにする新成人の二人に、若く見えるが年齢不詳のギルドマスターが指を振りながら言った。
「『汎用』っていうのは、誰でも使えるってことよ。それだけで――――新しい手段として確立されるわ。良いことにも……そして悪いことにもね。海上の警戒網は、常に海の上しか見ていないわ。当然よね? 警戒してるのは船なんだから。でもそこに……海中という手段が加わったら? あたしらの警戒網は穴の空いたものになるわ」
……なるほど。
「つまり驚いていたのは、俺が水中で呼吸出来る魔法を使えることじゃなく……その存在そのものについて、ということですか?」
「概ねは、そうね」
ああ、やっぱり。
「……そんなに大変なことなんですか? 自分で言うのも何なんですが、俺の魔法ってやや特殊というか何というか……たぶん、珍しい類いの物なんですけど……」
出来れば秘しておきたいぐらいの。
「でも魔法なんでしょう? じゃあ再現出来る可能性はある……というか、国内で確認していなかった工作員がボロボロと見つかってる理由に気付けた思いだわ」
「そうですか。じゃあ俺ってめちゃくちゃ怪しいですね?」
「さっきの今で悪いけど、怪しさは上がったわね。ここに来て『水中で呼吸が出来る魔法』を使える魔法使いがまさか無関係とは思えないもの。……その発言の迂闊さからして、とてもスパイには思えないけど……」
……なんか「悪いんだけど……」って続けられそうで怖い。
しくじった感あるね。
…………いや、普段は「俺、魔法が使えるんです」みたいな言い訳しないんだけど。
どうしたものかと睨んでくるギルドマスターに、とりあえず逃げ道へと視線を振る逃げ足マスター。
いつの間にか閉められていた背後のドアはどういうことなのか……。
いざとなったら窓から逃げよう。
俺だって学習してる――――どうせ『怪しき者は酷く罰しろ!』っていうスタンスなんでしょう?
これだから冒険者ギルドって嫌いなんだよ……ここで逃げたらパーズにも迷惑掛かるのかなぁ?
一先ずと様子見に徹して相手の出方を窺う。
沈黙を守っていたギルドマスターが、ガンテツさんの方を向いて口を開いた。
「『強制指名』を出すわ」
「断わる。面倒だ。そもそも報告に来ただけだ。そろそろ飽いた。オレぁ帰るぞ」
「あんたにじゃなくパーズによ」
途端に膨れ上がったプレッシャーから逃れる術は無かった。
…………おおぅ、おおお怒ってるね?
針で刺されるようなプレッシャーを放ち始めたガンテツさんの表情は、少し前の顔が平時のものだったのだと納得出来る恐ろしさを帯びていた。
平然と受け流せるギルドマスターは――やはり実力があるのだろう。
咄嗟にパーズを引っ掴んで背中に匿ったが……必要だったかどうかは分からない。
何故ならガンテツさんが怒っている理由が、そのパーズに関してだからだ。
ギルドマスターがふてぶてしくも言う。
「……睨まないでくれる?」
「殺されんだけありがたいだろ?」
「…………借りたいのは、そこの漂流者くんだけだから」
「だからギルドは嫌いなんだ。オレの庇護下にあると分かった上で言ってんのか?」
ヤバい……これヤバい感じだ。
そしてどちらにしても荒事になりそうな気配だ……。
終わる様子の見えないピリピリとした空気と会話に一触即発の気配を見た。
――――止めたのは話題となっている当の本人だった。
「爺ちゃん止めとけー。面倒になるぞー? 嫌いだろー、面倒なのはー? 受けるか受けないかは別でー、話だけは聞いとくなー」
「……そうね、まずはちゃんとした手続きを踏むことにするわ。書面は後で、口頭で内容を先に伝えとく」
「おー」
「……」
俺の背中に匿っていたパーズが前へと進み出ると、代わりとばかりに無言で席を空けたガンテツさんが部屋を出て行った。
お…………俺はどうすればいいの?!
ギルドマスターの対面の席に着くパーズと、職員用のスペースを横切るガンテツさんを、混乱も露わに交互に見つめた。
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