第386話


 何度か報告に戻りながら集団としてのダンジョン攻略を続行していると……。


「分岐だ」


 こういうことも起こる。


 目の前に現れたY字路に一時的に足を止めた。


 あの、魔物が待っているような広い空間を起点とした分岐は早々ないのかあれ以来見ることはない。


 しかし迷路状であると間違いなく言えるのは、こういう分岐が幾度となくあるからだ。


 分岐があると告げてきた大隊長が俺に対して目で促してくる。


 こういう細かい分岐の度に片方ずつ挑んでいたら時間を食ってしまうので、索敵出来ると思われている俺と大隊長が別れて道の先を確認している。


 ただでさえ人数の多いダンジョン攻略なのだから、進みは普通のパーティーで攻略するよりも遅くなる。


 要は命の軽いカナリアを使っての時間短縮というわけである。


 まあ杖持ちの白服さんが一人ずつ付いてるから、別に使い捨てというわけじゃないんだけどね?


 気分だよ、気分。


 俺としても早い攻略は嬉しいし。


「じゃあ右で」


 指差したのは先程選んだ時とは逆の通路だ。


 ちなみにこれまでの分岐の先に、魔物がいなかったことがない。


 完全に一つの通路に一体以上は配置されている。


 これはこの世界のダンジョンの中でも異常な程の遭遇率だと思われる。


 普通のダンジョンよりも殺意高いとか……よくよく考えれば前いた世界のゲームって殺伐とし過ぎじゃない?


 瞬時に消える死体も、それを思えばゲーム脳を加速させそうである。 


 「死んでも消えないな?」とか死んだ目で言われた日には軽くホラー。


「じゃあこちらは左で」


「わかった」


 俺の選択を受けた大隊長さんと白服のバディが頷き合いながら分岐を左へと進んだ。


 四人一組の斥候隊にあって、分岐の度に同じペアだ。


「よし、俺らも行くぞ。強いのが出たら俺に任せろよ? 安物の短剣だが、自前の魔法はいつも通りだからな?」


「よろしくお願いします」


 見た目には年上に映る俺のバディが、背中をバンバンと叩きながらそう言った。


 さすがに斥候隊………というか平民の斥候に付いてくるだけあってコミュニケーション力高めである。


 割と気さくに接してくれているけど、『ルミナス』と呼ばれていたリーゼンロッテの騎士団の最低入団条件は子爵家以上の家格がいるとのこと。


 取引先のフレンドリーな社長クラスで恐ろしい。


 よく言われる無礼講だが、無礼講なら敬語でも許せよって思う。


 こちらの言葉が堅くて不機嫌になるような奴なら、どのみち最初から不機嫌になる気分屋なのだ。


 ビジネスが間に挟まる仲なら、常に立場を意識するのも礼節。


 上司に付いてきた新人営業のていは崩さないようにしよう。


 釣り好きの会長が後ろに控えているのなら尚更である。


 黙々と職務を遂行する俺に、灯り役の白服が続く。


 分岐ごとの通路に入る度に接敵しているので、ここは油断出来ないとお互いに分かったうえでの沈黙だ。


 警戒度を上げつつ通路を進む。


 進む。


 すす……。


 進み過ぎじゃない?


「……出て来ないな?」


「……それでまた長いですね?」


 後ろから掛けられた声に足を止める。


 油断した隙に! ……なんてこともなく、ただただ暗闇の一本道がある。


 既に分岐からだいぶ来たが、魔物との遭遇はない。


 というか一本道が長過ぎて、これ以上進んでいいものか迷う。


 確認するように後ろを向くと、白服が難しい顔ながらも頷いた。


「一度戻る。あまり遅れるのも事だ。だいぶ先行はしているが、副団長達が分岐まで追い付いていないとも限らんからな」


「了解しました」


 まだまだ続きそうな直線に、索敵を半ばで切り上げて戻ることになった。


 ……こういう通路って、急に坂になったり、後ろからゴロゴロされたりする格好の的だよなぁ。


 ――――なんて想像とは反して、分岐まで何事もなく戻ってこれた。


 分岐には、逆の通路を索敵していた大隊長さん達が、既に探索を終えて戻ってきていた。


「遅かったな? 心配したぞ」


 声を掛けてきた大隊長さんに軽く頭を下げる。


「すみません。ちょっと予想外だったもので……」


「強い魔物でモ出たか?」


 その言葉に、報告の統括でもしていると思ったのか俺とバディだった白服が答えた。


「いや、魔物どころか何も無かったんだが……とにかく先が長くてな。一度戻ることにしたんだよ。そっちは?」


「コっちも何も出なかった」


「……何も出なかったんですか?」


 思わず口を挟んでしまう。


 あ、そうなの?


 その割には


 戦闘の余波じゃなかったのか。


 ……魔法を使おうと準備していたけど使わず終いで、上手く魔力を散らせなかった……とかかな?


 俺の疑問に大隊長さんは神妙な表情で頷いた。


「ああ、真っ直ぐな道が続いていたダけでな……」


「なんだ、そっちもか」


 宛てが外れたという表情の白服バディが、どうしたものかと首を捻る。


 なるべく調べてある方に進みたかったんだろう。


 出来ればより安全だと思われる方に。


 姫様が舵取りをしている行き先だが、割と放任……というか斥候が確認した安全な方へと舵を切っている。


 指針も無い状態だから仕方ないと言えば仕方ないのだが……。


 脳裏を過ぎる紫の瞳に、嫌な予感くんが『コンニチハ!』してくる。


 君、慣れてきてるよね? 昔はもっと僕に警告してくれてなかったっけ?


 やはり一方の道だけでも調べるべきかと悩む斥候隊の中で、今まで黙っていた大隊長さんと組んでいた方の白服が口を開いた。


「一度ご報告に戻るべキじゃないか? 副団長の支持を仰ごう」


「そうするか」


 溜め息混じりに同意する白服バディ。


 どうやら白服側の意見は固まったようだ。


 一応の統括は大隊長さんなのだが、やはり騎士という職務にあるからか、基本的にはナチュラルに上役対応である。


 やっぱり無礼講を信じてない俺が勝ち組でしょ?


 念の為にと大隊長さんに確認するような目を向けているが……ここにいる貴族の比率は二:一。


「戻ろう」


 まさか首を振れるわけもない。


 文字通り財布の紐も握ってるのだから、ヒラの一般通過兵士足る俺としては従うしかないだろう。


 響いてきた足音から、そう遠くない本隊へと合流するために、俺達は元来た道を戻ることにした。


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