第384話


 一先ず戻って姫様に報告した。


 自分も付いて行ったからと報告役を買って出てくれたシュトレーゼンだったが……ある程度の報告を聞き終わった姫様が俺を特別扱い。


「レライト」


 指をクイクイと曲げて『こっちゃ来い』。


 しかも盗み聞きを防ぐためになのか、白服との距離を微妙に空けての取り計らいである。


 報酬が報酬だから素直に従うけどね……。


 どうも姫様独自の密偵にでも思われているのか他の白服騎士は俺の存在にノータッチだが、シュトレーゼンだけはその特別対応が気に食わないのか熱い視線を向けてくる。


 いや、あんたもさっき『他言無用にせよ』とか言ってたやん? それだけだって……。


 若干一名シュトレーゼンが「私も……」と食らいつく中で姫様は首を横に振っている。


 ここで『素性の知れない怪しい奴を姫様に近付けるわけには!』なんて言えないのがミソである。


 その怪しい奴と地下を登ってきたのだから、今更と言えば今更だ。


 他の白服の反応からしても、シュトレーゼンの心配は過分に感じられるかもしれない。


 なので姫様に首を振られたというのなら、しつこく食らいつくわけにもいかず……。


 ただただ『なんでお前が?』的な視線を俺に向けてくるだけで収まっている。


 ……いや収まってるかな? これ。


 自分が細大漏らさず報告した後だけに、この差分が許せないという思いがあるのだろう。


 我を出さないような態度を取る王族守護兵の中にあって、『自分も一緒に』なんて言葉が出てくるぐらいなのだから、よっぽど気持ちが昂ぶっているように思える。


 …………これ大丈夫? 『馬に蹴られてました』とか言いながら血塗れの剣を携えてるパターン入ってない? ねえ?


 あれだけ熱い視線を交わしていたのに、擦れ違う際は『貴様など欠片も気にしていない』とばかりに一瞥を寄越さないシュトレーゼン氏。


 変にややこしくならないことを祈りたい。


 おお……睨んでる睨んでる。


 白服の集団の中に戻ったシュトレーゼン氏は、それが当然だからとこちらへも視線を向けてくるが……眼力が他の白服と比べると半端ない。


 こちらの落ち度次第では即座に近付くと物語っている。


 なのでしっかりと膝を着いて報告のポーズを取った。


「姫。めちゃくちゃめんどくさくなってるので、もう人前で声を掛けるのはやめてください」


「うむ。妾は王族ゆえ、平民の戯言など聞かぬ」


 この野郎。


 顔を合わせると互いにニッコリ。


「では報告するとよい」


「はい。この遺跡の地下には――どうしょうもない性格の捻じくれた某国の姫君が御座おはすようです。とても私などの手には負えず……我々に残された道はケツ捲くって逃げるぐらいですかね?」


「うむ、そうじゃったか。死刑」


「失敬? その通りでございます」


 いくつかの挨拶を挟んだあとで本題に入った。


 ほら? やっぱり相手は姫であるわけだし? こういう手順を踏むのって大事だと思うんだ。


 姫君も笑顔に青筋なんて彩ってくれちゃったから、大変お気に召してくれたことだろう。


 「絶対に処す、絶対にの」とか「……逃げられると思うなよ?」という、とても他人に聞かせられない言葉まで飛び出したのだから尚更だ。


 そろそろヤバいなと、きちんとした報告に切り替えた次第である。


 ……って言ってもシュトレーゼンがした報告と内容は殆ど変わりない。


 俺だけじゃなくシュトレーゼンもゴブリンを倒してたし、精々な違いは拳の感触ぐらいだろう。


 あらましを報告し終えた俺に、姫様は難しい顔を向ける。


「この遺跡……いっそ潰れてくれたほうがいいまであるのう」


 溜め息は苦悩に満ちていた。


 人工のダンジョンなのだ。


 もし製造方法なんかが見つかれば……俺ですら血で血を洗う未来が予想できる。


「平和利用とか出来ないんですかね?」


 皆でケーキを分ければハッピーじゃない?


「その方法が『在る』というだけで騒乱の元になろう。人知れず葬り去った方がいいまである。……人族には、まだ過ぎた技術じゃ。この遺跡が、人の来ぬ大峡谷に隠して建てられている訳も……もしかしすると、そういった理由からかもしれぬ。だとすれば……私心を封じたか……大した賢人じゃの? しかしならば何故、この遺跡を残すことにしたのじゃ――」


 どうやらパンの代わりにはならないらしい。


 難しい表情で虚空を見る姫様。


 既に心ここに有らずといった雰囲気で、俺としては『いつまで膝を着いていればいいのかな?』と訊きたいところだ。


 長い? 長くなる感じ?


 ジレにジレて目からビームを放ちそうになっているシュトレーゼンの方も問題だろう。


 こちらとしても幼馴染の安否があるので、さっさと上に登ってしまいたい。


 未だ黙考を続ける姫様に、遠回しに聞いてみる。


 遠回し、それが社会人には必要な技術。


「姫。あまりモタモタしていると……ここにも魔物が押し寄せてくる可能性が――」


「――無い。魔物同士が食い合わぬようにしておるのか、行動範囲が決まっておるように思う……。本来なら自由に飛び回れる翼のある魔物が、この分岐に留まっていたことが証明となろう。現にもう片方の通路からは魔物が来ぬ。足を進めたことでその範囲に入ってしまったのであろう。と言うのなら考えられる」


 ……なるほど。


 要はセーフポイント的なエリアや、まで安全といったルールがあるのか……。


 エレベーター前がセーフポイントなら分からんでもない。


 白服達は隠密行動に向いてないのだ。


 足音や衣擦れの音を上手く隠せていない。


 カラスの魔物相手に布陣してた時なんて、なんで飛んで来ないのかな? って思ってたんだよねぇ。


 鳥目だとしても音は気付くだろうし。


 攻撃されて初めて行動するような設定だったのかも?


 もしくは索敵範囲が三叉路内限定だったとか……有り得そうだ。


 しかし――――


 ……よく分かったな? 同じ世界出身でゲーム知識もある俺ならともかく……。


 上流階級ハイソ上流階級ハイソな姫君のくせに。


 間髪入れずに断言した姫様の表情が気になり、伏せていた顔を僅かに上げる。


 そこには――――



 暗闇の中に怪しく輝くを、瞳から尾を引くように溢れさせる姫様がいた――



 …………どっかで見たことある瞳だな?


 そんなところまでそっくりじゃなくていいと思う。


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