第335話 *アン視点
「待――――ッ!」
「お前が待て! 一旦止まれ! ちょっとでいいから! とにかく落ち着け!」
追い掛けようと踏み出したあたしを、上から抑え込んだマッシが慌てて言った。
「逃げられたんだよ、残念ながらな。こちらが意図してないのに巣穴に入り込むのは上策じゃないぜ? 待ち伏せの可能性が上がる。なにより今は従軍中なんだ。情報の共有は絶対だろ」
続く口調からも、マッシはあたしより冷静に見えた。
――――冷静に…………なってみると、村の皆が早々にも逃げ道を潰すように囲いを広げていた。
崖側は手薄だけど、その崖を利用して森への追い込みを掛けれる体制だ。
唯一の誤算は飛び込むと思っていなかったその崖側ぐらいじゃないかな? ……それがまさかの逃げ道になっちゃったけど。
「……わかったよ。だから……どいて〜。マッシ、また重くなったんじゃない? 痩せた方がいいかも」
「はあ? 適・正・体重! ですけどぉ?! 生っ白いお前が非力だからって俺の体重を言い訳にしないでもらえますぅ?」
あ、訂正訂正、全然冷静そうじゃないや。
未だにグチグチと体重の話を続けるマッシを放っておいて、他に変化はないかと周りを見渡す。
篝火と松明の数が増やされ蜂の巣を突いたような騒ぎの軍の本拠地から、リーゼンロッテ様へと駆け寄る偉い感じのする人達の姿が見えた。
テッドは…………近くなのをいいことにリーゼンロッテ様と何かを話している。
ちょっと嬉しそうなのは、ずっと一緒にいるんだから見間違えるわけがない……。
長々と見ていたくなくて視界をズラすと……テトの口を塞ぐターナーがいた。
……何してるんだろ? テトもだけど、ターナーも割と不思議なとこがあるからなあ。
まさか今の一連の出来事に危険を感じてないわけじゃないよねぇ? ……だと思うんだけど。
見れば見る程、のほほんとしているように見える。
口を塞がれているテトは、それでもターナーと会話を……してるのかな? なんか変な踊りを踊ってるみたいに手を動かしてるんだけど?
ターナーもそれに応えて、塞いでいない方の手を動かしている。
……あれで会話になってるのかな?
下手すれば遊んでいるような二人に――――隠されているテトの表情が嬉しそうなことに気付いた。
ターナーの手で隠れてるけど……これも長い付き合いだから分かる。
そしてその表情が、今の状況に則していないことも。
あわわわわわ?! お、怒られちゃうよ?! テト! ターナーも!
ヒラヒラとジェスチャーで会話を続ける二人を止めるべく、あたしは慌てて立ち上がった。
「遺跡に降ります」
「リーゼンロッテ様!」
……もしかするとリーゼンロッテ様が一番偉い? のかな?
先に居た騎士様と軍隊の偉いっぽい人達と、リーゼンロッテ様が引き連れてきた騎士様と……とにかく偉い人だらけが集まった中で、リーゼンロッテ様がそう発表した。
怒っている? ようにリーゼンロッテ様の名前を呼んだのは……先行するために置いてきた騎士様達を纏め上げていた騎士様だ。
たぶん副団長とか、そんな立場の人……たぶん。
紹介とか特に無かったから誰が誰とかは分からない……されても困るけど。
あたしにとったら全員偉い人。
リーゼンロッテ様も前の戦争じゃ従軍する立場だったし、冒険者を纏めていた人も貴族様だったから……誰がどう偉いとかは、実はよく分からない。
でも的確に指示を出すリーゼンロッテ様を中心に、この集団が纏まっているのは見てとれた。
恐らくはリーゼンロッテ様がリーダーで、一番偉い人…………っぽい。
……それだけに、今の声に反論するような咎めるような響きがあったことに驚きだ。
あたしだったら偉い人に反論なんて出来ない。
……よっぽど変なことを言ったのかなあ? あたしにはそこまで変なことを言ったようには思えなかったけど。
しかしリーゼンロッテ様は、そんな声を上げる騎士様には構わずにあたしを見た。
「アン」
「は、はいぃ!」
思わず声が上擦っちゃう。
……だってリーゼンロッテ様、とってもお綺麗なんだもん……。
夜に揺れる篝火に照らされるリーゼンロッテ様は、強さと美しさを兼ね備えた戦女神のように――その存在に目を惹かれた。
先程のテッドの反応も相まって……何処かに身を隠したくなる程だ。
そんな心の内を照らされたのではないかと、思わず怯んだのもしょうがないと思う。
…………だってほんとにお綺麗なんだもん……ズルいなぁ。
そんな光もかくやという存在が――――申し訳無さそうに眉を下げた。
「すみません。私は貴方に対しての決定権などないのですが……同行を求めます。遺跡の探索に付いて来てください」
「はい! ……は? ええ?! でも、でも……」
チラリと流し見たのは、遊んでいるように見えたテトにターナー。
今は笑っちゃダメだという忠告を聞いてくれたのか、二人して両手で口元を隠している。
……それも何処か巫山戯て見えるけど。
緊張感が無いなぁ……誰に似たんだろ?
流石にこの二人を連れて、危険だと言われる遺跡探索に向かう気は起きなかった。
しかしあたしが断りを入れる前に、リーゼンロッテ様の方から首を横に振られた。
「いえ、流石にテトラとターナーを連れて行くつもりはありません。本当なら貴方も安全な所に居て欲しいのですが……。レライトの位置を割り出せるのが貴方だけともなると……」
「あ、え、あたし……だけ? ですか?」
「ええ。……ごめんなさい」
「あ、全然全然! だったら全然いいです大丈夫ですだから謝らないでください?! 行きます行きます! 何処へでも! なんなりと!!」
リーゼンロッテ様の傍に立つ騎士様を気にしながら、壊れたように頷いたり首を振ったり。
リ、リーゼンロッテ様って……ちょっと気さく過ぎないかなぁ…………ターナーの友達らしいけど、あたしなんかにも優しくしてくれるし……。
こちらの反応にリーゼンロッテ様の悲しげだった表情が、少しばかり和らぐ。
「ありがとうございます。あと……それとこれとは関係のない話なのですが、貴方の村の方々は優秀なのですね?」
気を使ってくれたのか、話題を変えてくれるリーゼンロッテ様。
それはもしかして……。
「あの……テッドのことですか? テッドは、村にいるドゥブルお爺さんっていう『火』の魔法使い様に弟子入りをしてて……」
「ああ、あの火魔法も大したものでしたね。しかし私が言っているのはそちらではなく……貴方の村から徴兵された方々のことです」
……村の? オジサン達?
…………なんか凄かったっけ?
疑問も露わに『分からない』と混乱するあたしに、リーゼンロッテ様がクスリと笑う。
「貴方とテッドが……正確には貴方が剣を抜いてから早々に動き出していましたよ? よく訓練された動きだと思います」
「か、狩りを全員でするから……かなぁ? あ、すいません!」
「普段通りの言葉遣いで結構ですよ? 貴方がターナーの友達だというのなら、私の友達でもあるということです」
ええ?! そんな無茶な?!
クスクスと笑うリーゼンロッテ様に、きっと誂われているのだろうと判断して続ける。
「う、うちの村では……狩りを全員で行います。たぶん、その影響なんじゃないかな、って思います」
テッドとチャノスは早々にやらなくなっちゃったけど。
レンなんか弓が全然上達しなくても頑張ってるもんね。
「……全員で、ですか? それは凄いですね。村人が残らず狩人の技術を持っていると?」
「あ、あ、すいません! 全員っていうか……あの、そこそこ……かな? あ、です!」
女の人で参加している人は少ないし、子供は基本的に違うもんね? 全然全員じゃないよ、嘘つくとこだった!
八割ぐらい!
「そうですよね? つまり……徴兵されたのは、そういう方々ということでしょうか? 素晴らしいことです。村の戦力を減らしてまで……その技術を領地のために、引いては国のために役立てようとしているのですから」
……そんな大層なものかなぁ?
村で同じこと出来る人、いっぱいいると思うんだけど。
つまり他の村から来た人も、似たようなもんだと思うんだけど。
納得したように頷きを返すリーゼンロッテ様の隣りで、あたしはただニコニコと笑い続けるしかなかった。
……『ズルい』『笑ってる』とばかりに何度となく会話の途中で指を差していたテトとターナーには、あとでしっかりお説教しようと思う。
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