第五章 採食警備

第202話


 ゆっくりと意識が浮上していく感覚があった。


 眠りから目覚める前の『あ、これ夢だな』と自分が寝ていると理解出来る一時ひととき


 夢の中の自分は目を開けていないのに周りの景色を理解出来るという……夢以外のなにものでもない状況。


 暗闇の中を海面へと目掛けて浮かび上がっている感じがした。


 いや、黒い水の中にいる? 深海か宇宙空間か……。


 とにかく真っ暗だった。


 夢にしても景気の悪い夢だ。


 浮かび上がるような心地だというのに、これでは沈んでいくようにも見える。


 海だとしたら……なんて場違いな格好だろうか。


 部屋着じゃないか。


 着古したTシャツに黒いジャージのスボン。


 下手したら事故で海に落ちた間抜けのようにすら見える。


 間違っても投身自殺者ではあるまい……、こんな格好で身投げなんてしないだろう。


 なんなら足を滑らせて橋から転落、の方がしっくりくる。


 夢……夢だなぁ……でも、どうせ夢なら、もっと良い夢を見せてくれてもいいんじゃないか?


 例えば……好きな子と一緒になる夢とか。


 家庭を持っちゃったりなんかしてさ。


 畑仕事を終えて帰ってくる俺を、子供と一緒に優しく出迎えてくれる三編みの奥さんが…………奥さんが……。


 あれ? そもそも女っ気なんてない人生を送って来なかったっけ?


 そうそう……たまの連休に実家に帰れば親父とお袋に催促されて……なんなら爺ちゃんからも「曾孫がいればなぁ」なんて零される始末で……だからってわけじゃないけど段々と地元から足が遠のいて…………。


 一人が……いいよな? うん、一人がいい。


 気楽でいい。


 …………ずっと一人……うん? …………うん。


 のせいかな? 上手く考えられない。


 ……あー、いやー……そういや、夢だな。


 夢だった。


 だっている。


 一人の筈なのに。


 そういう風に生きてきたのに。


 暗いのに自分と自分の周りがハッキリと分かった。


 なのに、立っている『誰か』は分からない。


 俺の枕元で、寝ている俺を見下ろすように、ハッキリとしない誰かが立っている。


 変な夢だ……。


 一人がいいし、一人が好きなのに……。


 こいつの存在は嫌じゃない。


 居ても気にならない。


 ……ああ、やっぱり浮かび上がっている。


 体がゆっくりと上に引っ張られる感覚があった。


 の足元にいた筈なのに、いつの間にか見上げられている。


 ……………………あー……お前――――












 恐ろしく眩しい光だった。


「せめて天井はあれよ……」


 晴天の下、これでもかと日当たりのいい場所で目を覚ました。


 日光が絶対に寝かせないとばかりに網膜を焼いてくる。


 瞼だろうと透過する眩しさから目を背けるように顔を動かす。


 知らない天井ごっこも、まだ屋根の下であるだけマシなのだと知った今日この頃。


 ……………………えーと?


 定かではない記憶を、掘り起こすようにして思い出す。


 ……えーと、えーと、えーと。


 二日酔いに似たダルさのせいか、イマイチ記憶が定まらない。


 全然関係ない筈なのに、前世の最期の晩餐で飲んだお酒の銘柄なんかが思い浮かぶ。


 なんか……夢に出てきた気がするんだよなぁ。


 どういう夢だったかは、掴む前にすり抜けてしまったけど。


 ただ、そんなに悪い気分ではないので、きっと俺の日頃の行いが見せた『良い夢』だったん……。


「思い……出したぁ……」


 思い出しちゃったじゃん。


 そうだ……そうだった、森で倒れて……だから森にいるのだろう。


 先程とは違う理由で顔を顰める。


 体が上手く動かないのだ。


 つまりこれは……体に色々と問題があるのではないだろうか?


 例えば、もげてたり千切れてたり潰れてたり……。


 痛みが一定のラインを越えると麻痺してしまうのは重々承知している。


「……やっべー……これやっべー……」


 恐る恐る手や足に力を入れてみる。


 己の感覚としては繋がっているように感じる。


 しかし腕や足を失くしてしまった後でも繋がっていた頃の感覚を覚えていて誤認すると、何かの本で読んだことがある。


 ……首は動くし、目も開く、それはさっきも確認している。


 でも体は動かない。


 いかん、まだ判然としないぞ? ゆっくりだ、ゆっくり考えるんだ……ターニャと一緒にボケ共を制裁するために村を出て……あー、待て待て、先に体の心配からするべきだ、逃げちゃダメ、逃げちゃダメ、逃げちゃダメだよ君ぃ。


 ボーッとする頭をさておいて、まずは五体満足なのかどうかからの確認をしようじゃないか。


 軽さを装って時の予防線を張っておく。


「ううう、どうでもよくないけど、めちゃくちゃ眩しいな?!」


 そろ〜っと目を開けた俺はソロだけに、まずは自分大事と体を目視した。



 地面に寝転がっているだけだと思っていた俺の体は――――何故か木の根のようなもので雁字搦めにされていた。



 ……やっべー……これやっべー……。


 先程とは違う意味で叫びそう。


 ……どうなってんの? どうなってんだ?


 説明を求めたくとも、見渡せる限りでは森と太陽と……――


「――」


 宙に浮かぶ赤児がいるぐらい。


「……別に変なところはないな」


「――」


 コクコクと笑顔で頷く赤児を見逃せるのも限界かもしれない。


 応えたよ、幻じゃないじゃん。


 誰かお医者様! お客様の中にお医者様は居られませんかあ?!


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