第150話


「……お、おぉ……!」


 目を焼かんばかりの朝日が今は嬉しい。


 まさか徹夜続きの夜勤明けより嬉しい朝日があるなんてなぁ…………世の中は広い。


 黒いローブを纏ったままリュックを背負った状態で冒険者ギルドを出てきたところだ。


 本来ならダンジョンを攻略したと沸くメンバーと一緒にお宝運びなんかをやっている頃なんだろうけど……。


 一人、先にダンジョンを抜けてきた。


 何故かって?


 折れてしまったからだ……。


 最下層に居ると思われた幼馴染がまさかの勘違いという結果に終わり、色々ポッキリといってしまったのだ。


 用の無くなったダンジョンに興味は無く、お宝部屋を覗いてみたいという好奇心ですらダンジョンの外に出たいという欲には勝てなかった。


 おまけに赤眼とポニテが逃げ遂せたらしく、残る冒険者の注目を一身に受けなくてはならないことも煩わしかった。


 ――――逃げちまえ。


 直ぐにそう思うぐらいには疲れていた。


 幸いにして捨てられていた物資があったため、九層から八層への階段近くに置いてきた荷物と含め、魔力が切れる前に七層まで上がることが出来た。


 何度か通ったことで、七層の安全地帯までの道のりを覚えていたことが功を奏した。


 バーゼルも腕力や観察眼はともかく、瞬発力や持久力が両強化三倍状態の俺には及ばないようで、魔法のゴリ押しで割とあっさりと置き去りにすることが出来た。


 七層の安全地帯には攻略パーティーの拠点があるので、ローブを脱いで何食わぬ顔で合流も出来たのだが……。


 もう早く帰りたくて仕方なかった。


 別に攻略パーティーだけがダンジョンに潜っているわけじゃないので、ローブを着たまま安全地帯の隅っこで休んでいれば気にもされず、適当に戻る冒険者パーティーを見つけてはダンジョンを上がっていった。


 それでもダンジョンを抜けるのに丸三日、ないし四日程掛かったが。


 おそらくは最速で抜けてこれたと思う……のだが、何らかの通信手段があるんなら油断は出来ないところだろう。


 それもローブを脱いでしまえば探せまい。


「……レン」


「ふわああああ?!」


 び、びっくりしたぁ……なんだジト目か……赤眼かと思ったよ。


 声の感じが似てるもんで。


 適当な路地裏でローブを脱ごうと横道に入ったところ、肩掛け鞄にリュックと手提げ袋という荷物満載のターニャに声を掛けられた。


「……あれ? ターニャ、俺って分かるの?」


「……着てるとこ見てるし。そんなの着てギルドから出てくるのは……レンぐらい」


 お、おう。


 そんなのくれたのは君なんだけどね?


 ターニャが確認するように俺の後ろを見て――再び視線を戻す。


 連れがいないかの確認だろう。


 既に誰も連れていないという時点で分かっているんだろうけど、念の為にと訊いてくる。


「……違った?」


「……うん」


「……そう」


 僅かな言葉の遣り取りだが、意味は充分に伝わったのか、いつになく瞳を陰らせるターニャさん。


 …………徒労感凄いよね、分かる分かる。


 これだけ時間掛けて、頑張って、フリダシに戻れと言うのだから……そんなクソゲーはやってられない。


 ケニアのことがなければとっくに投げ出している。


「……どうしようか?」


 しかし宛ても無くなってしまい、途方にくれるもんだとばかりに思っていた俺は、別に答えを期待するべくもなくターニャにそう尋ねた。


 ――――幼馴染の有能さを、すっかり忘れて。


「……行こ」


「だなぁー……うぇ?」


 なんて?


 なんとなくの会話繋ぎ程度に考えていた言葉にまさか返事があるとは思わず……そういえば旅支度を済ませている幼馴染を見る。


「……………………どこに?」


 まさか村に帰るとか言うのだろうか? 今の状態だと頷きかねない魅力的な提案だね。


 賛成に一票、……テッド達も案外ホームシックなんかに罹って既に村に居るっていう可能性もあると思うんだ。


「……マズラフェル」


「なんて?」


 今まで生きてきた中で一度も耳にしたことないような言葉に、思わず聞き返してしまった。


「……まず、マズラフェル」


「増えてるんだけど……マズラフェル? ってなに? まさか散々付けて欲しかった村の名前じゃないよね?」


「……そんなわけない」


 ああ良かった……なんか語感が良くないもんなぁ、マズラフェル。


「……ここから西にある、別の領邦」


 マズラフェル領の皆さんごめんなさい。


「……なんでわざわざお隣りさんに?」


 ゴソゴソとローブを脱ぎながらターニャに話の続きを促す。


「……バカ共がそっちに向かったから」


「あれ?! テッド達の足取り見つかったの?!」


 散々苦労してハズレを掴まされた身としては、アタリの情報に飢えていた。


 そもそもテッド達の最終目撃情報は『ダンジョンに潜った』で終わっている。


 そこで似たようなパーティー編成の新人が罠に掛かったと聞かされたら『それだ!』と安易に思ってしまうのも仕方のないことだろう。


 ……しかしである。


「あいつらダンジョンに固執しなかったのか?」


「……たぶんだけど、お金のせい」


 金ぇ?


 随分と繋がらない話だ。


 ローブを丸めながら首を傾げると、ターニャが順を追って説明してくれる。


「……物流が増えたから、マズラフェルへの行商も増えて……戻ってきた行商人の中に三人を乗せてあげたって人がいた」


「……うん? あいつら…………馬車持ってなかったか?」


 盗んだやつ。


「……売ったっぽい」


 バカなのかな? え? バカなのかなあ?!


「売ったら……いや売ったらダメでしょ?!」


「……わたしもそう思う」


 テッド達の旅の拠点にもなってるし、そもそも最初っから移動手段を兼ね備えているというのは大きなアドバンテージだ。


 仕事の種類や範囲が広がる。


 それを早々に手放すというのはどうしてなのか……仮にダンジョン攻略に必要ないからと処分したのならダンジョンから動くのはおかしいだろ?!


 同感なのか、ターニャが少し疲れた雰囲気を漂わせつつ続きを話す。


「……宿屋に泊まらず、馬車で寝泊まりしてるのを……節約だと思ってた。だけど……違った。テッド達にはもうお金がなかったから、そうするしかなかった」


「は? ……え? は? うん? …………いやいや、あいつら遠回りの公道ルートを通ったとはいえ、随分持ってった筈……」


「……全部無い」


「…………盗まれたのか?」


 だとしたら分からんでもない。


 世間知らずの田舎者が早々に都会の洗練を食うという……そんなありがちな展開だ。


 しかしターニャは首を横に振るばかり。


 いやいや……俺がイヤイヤだよ……やめろぉ、聞きたくないぃ……。


「……泊まるとこ泊まるとこで贅沢してたらしい」


「おぅ……」


 もう一つあったな……あいつらの別の顔。


 ああ見えて富裕層なんだよなぁ、あいつら。


 初めて味わう自由と合わせて、ハメを外しちゃったんだろうなぁ……。


 なにせ外の世界には見たこともない刺激がいっぱいなのだから……。


 ありありと情景が目に浮かぶよ。


 アワアワしながらも強く意見を言えないアンも含めて。


「……たぶん、ダンジョンに着いたらどうにかなるって思ってたんだと思う。それでも潜って……予想よりも稼ぎが少なくて――――別の方法を思いついた……んだと思う」


 珍しくターニャちゃんが自信無さそうだよ?! あいつらすげぇな?! ターニャの脳に『疑い』を刻めるなんて。


 ローブをリュックに詰め込み、背負い直しながら訊き返す。


「それがマズラフェル? なんだよ? なんでマズラフェル? そこにダンジョンよりも稼げそうな場所があるのか?」


 金鉱山とかだろうか? あいつらバカだし、金がないなら金を掘ろう! なんて思っていてもおかしくない。


「……バカが欲しいのはお金と……名声。ダンジョンじゃなくても、それは手に入る」


「って言ってもな? あー……あいつらの完璧な計画ってあと何があったっけ? 街に現れた魔物を倒すとか、賊に襲われてる王族を助けるとか……あとは――」


「……戦争で、殊勲を上げる」


 ……………………え?


 呆気に取られて固まる俺に構わずターニャが続ける。


「……マズラフェル領の隣り、この国の北東にあるハーテア領では……毎年のように戦争をやってる」


 大バカなのかな? え? バカ極めちゃったのかなあ?!


「な、なんであいつらはそうなの?! ちょっと親の顔が見たいんだけど! ドゥブル爺さんが甘やかすからそうなると思うんだけど?!」


 直ぐに歩き始めながら、付いてくるターニャの荷物を受け取る。


「……マズラフェルまで乗せたらしいから、そこにいるとは思う」


「兵士になっちゃえば寝るところも食う物にも困らないってか? ハハハ! アホめ!」


 ああ、それで『まず』マズラフェルなのか……。


 両強化を二倍で発動しながら、このままターニャを抱えて外壁を飛び越えたい衝動に駆られる。


「間に合うかなぁ?」


「……無理」


 随分と端的に訊いて端的に答えられたけど、それは追い付くかどうかなのか……生きてるかどうかなのか分からない。


 肩掛けの鞄を外そうとするターニャを鞄ごと抱え、強化のレベルを上げて門へと向かった。


「うわわわわ?!」


「きたきたきたきた、横だよ?! 逃げろ!」


 その際にコソコソと隠れていたストリートチルドレンを見かけたが、それどころではないと無視して足を速めた。


 抱きかかえられたターニャが耳元で囁く。


「……子守も、大変だね」


「成人するまでだね! それ以降は絶対関知しない! 絶対だ!」


 ヤケクソ気味に叫ぶ俺に、ターニャがやれやれと息を吐いた。


 いや、本当だよ? 本当。


 本当に……いつになったら村に帰れるんだろう?



 日の光が眩し過ぎるせいか……俺は目を潤ませながら、外門を目指して朝のダンジョン都市を走り抜けた。








 ――――――――第三章 完


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