第146話


 …………おーけー、状況が分からない。


 排水口に詰まる小骨のごとく十層への階段に詰まっていたスケルトンどもをすり抜けて、抵抗しているであろう集団の先頭に跳んだ。


 肉盾よろしく一助になろうと思ってだ。


 しかし着地して気付いたんだが……血溜まりに沈んでいる奴が数人。


 どうやら間に合わなかったよう…………なんて思いきや知らない奴でどうしよう?


 しかも見に覚えがある褐色ポニーテールがいるし。


 子供っぽい黒ローブもいるし。


 ……君ら何してん? ここダンジョンやで? 女子供が来ちゃあかんやろ?


 思わず関西弁も飛び出す混乱っぷりだ。


 …………そもそもここのスケルトンが大人しいのはなんで? 褐色さんや子供がめちゃくちゃ近くに居るというのに襲い掛からない。


 まるで――


「ふ〜ん? いいね。ちょっと気になるかも」


 沈黙が降りる空間に響き渡ったのは褐色お姉さんの声だ。


 背にした大剣の柄に手を掛けて笑みを浮かべている。


 やだ怖い。


「こんにちは。?」


 褐色ポニーテールの挨拶に、背後に庇った運搬役やらバーゼルのパーティーやらがどよめく。


 うん、分かる。


 松明に照らされて浮かぶ陰影が、なんか凄みを与えてるのか凍てつくように感じるもんね? 笑顔なのに……。


 どうやら問われているのは俺のようで……急場だからと急いで来たのに、まさか自己紹介をしなくてはならないとは。


 異世界ってやつぁ不思議ファンタジーだね。


 ……ああ、ファンタジーか、なら仕方ない。


「……ダンマリかぁ。それともこっちが名乗るのを待ってる感じ? は良くないからね……名乗っとこうかな? あたしは『アテナ』――あなたは?」


 黙っていたら自己紹介を始めてしまったアテナとやら。


 アテナって……どこの女神様なのやら。


 そもそも名乗りたくなくてダンマリだったというのに、なんで名乗り返すべき空気作ってんだよ。


 偽装は完璧だと思われるのだが……ここで本名を名乗ったりしたら、なんのための変装なのかということになってしまう。


 ヴァイン・クリーチャーとでも言っとくか? いやそれはそれでマズい。


 そうだなー……。


 俺は名乗った。


「タナトス」


 地下深い場所で骨に囲まれているという状況だったせいか、それとも『アテナ』なんて名乗られたせいか、偽名もそっちに引っ張られた。


 深い意味はない。


 だというのに――何故か驚いた表情をされ、おまけに我関せずと俯いていた黒ローブに睨まれることになった。


 おっと赤眼だ。


「へー、ほー、ふーん? あなたもタナトスって言うの? 奇遇だね? 私の知り合いと同じ名前だわ」


「不快」


 いや全然深くないけどね? むしろ浅い知識で名乗ってんだけどね?


 ……女の子かな? 声の感じからして。


 ……自分を棚上げするようで申し訳ないんだけど……ほんとになんでこんなところにいんの?


 その黒いローブでフードという、下手すれば俺とペアルックの女の子が手の平をクルリと裏返した。


 なんの意味があるのかは分からなかったが――同時にスケルトンどもが動き出した。


 …………なん?


 口元を黒い布で覆った赤い眼の女の子が、俺が驚いている間に片手をぞんざいに掲げた。


「『襲え』」


 了解。


 こちらも対抗せんと中指と人差し指を指揮者よろしく掲げて火魔法を励起。


 あちらのローブ共の後ろで派手な火柱が上がった。


 …………なるほど、つまりあれだ……この二人はよくあるあれだ……ダンジョン物にありがちな成果の横取りを企んでるとか……そんなんだな、たぶん。


 たぶん敵? ……かな? たぶん。


「あはっ」


 ちょっと怖い感じにアテナが嗤う。


 勘弁してほしいなって素直に思う。


「タナちゃん譲って。私、


 指差される先を華麗に避ける――きっと俺じゃない。


「……」


「甘味食べ放題」


「りょ」


 随分安く売られる某だなぁ……なんか誰かさんと似た臭いを感じるぞ?


 バチン! バチン! という留め具が外れるには大きな音を伴って、アテナの背中から大剣が抜かれた。


 ――――美しい剣だと思う。


 身長を越えるような長さがあるというのにバランスは取れ、縁取るような銀の刃に蔓のような紋様が刻まれた黒い剣身。


 博物館にでも飾っていたら名物となるのは間違いない迫力があった。


 しかし――――それを尚推して『禍々しい』と思ってしまう何かを感じた。


 だから落とした。


 落とし穴に。


 ぶっちゃけ深く掘れないので直ぐに出てくるだろうけど、僅かな時間でいいのだ。


 その隙にスケルトンを殲滅出来るから。


 ノーモーションで魔法を発動したせいか、綺麗に穴に落ちていったアテナを放っておいて、身体能力を活かしスケルトンの群れに突っ込む。


「……不快」


 いや浅いんだよ、あの穴……。


 統率されたスケルトンの動きと、黒ローブの近くに居るを合わせ見るに、こいつがスケルトンを操っていると考えていいだろう。


 両強化三倍の動きに僅かながらもついてくる。


 しかしアテナがいない間にスケルトンを剥げれば、あとは後ろにいる最強バーゼルに任せられる筈――


 そんなことを考えながらスケルトンの軍勢を半壊にしている時だった。


 ――――耳をつんざく破砕音と激しい地揺れに見舞われたのは。


 な、なんだ?! ちょ、地下で地震とかどうなの?! 常識ないの?!


 激しく動き回っていたが転ばないためにも足を止めて身を伏せた。


 発信元を辿ろうと振り返れば――ボス魔物のいる部屋の大扉がひしゃげ、隙間から巨大な髑髏が覗いていた。


「『来い』」


 不吉な声が耳を過ぎて行く――


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