第144話 *護衛の冒険者視点


「…………ちくしょぉ……」


 壁際に追い込まれながらも半円形の陣を組み、襲い来るスケルトンの猛攻に耐えていた。


 ――――これが俺達の冒険の結末か……。


 『ダンジョンを攻略する』


 その話を聞いた時は『何をバカな……』と鼻で笑っていたと思う。


 夢を見る年代なら誰もが目指すであろう目標の一つだ。


 斯く言う俺も、駆け出しの頃には同じ目標を掲げていた。


 しかしそれは現実を知らない愚者の戯言なのだと、ダンジョンに潜れば潜るほど……冒険者を続ければ続ける程に、肌で感じとれるようになった。


 絶対に届かない領域――そんなのが、現実には往々にして存在する。


 御伽噺の中にしか存在しない神獣、ダンジョン《魔窟》の最奥に潜む慮外の魔物、一人で戦局を覆せるような英雄――


 吟遊詩人が詩に歌う物語のような傑物は、軽々に生まれ落ちないから伝説なのだ。


 冒険者として一歩一歩高みに近付く程に、ダンジョンの階段を一段また一段と降りる程に……。


 それは自分じゃないのだと分かるようになった。


 しかしそれでも実力は高まり、実績も付いてきた。


 気付けばダンジョン都市有数のパーティーの一つとして数えられるようになっていた。


 このまま勇名を馳せて引退するか、つまらんミスで致命傷を負うか……そんな終わり方を考える歳になった頃。


 期待のルーキーがダンジョンデビューした。


 その頃はまだ無名、しかしポテンシャルを感じさせる立ち居振る舞いに、実力のある若い奴らは魅せられるように群がった。


 その新人……後の、この都市の顔とも呼べる冒険者――『バーゼル』は、初探索を終えた打ち上げで、ダンジョンを攻略すると宣言した。


 四年程前のことだ。


 当時、既に二十歳を越えていたバーゼルは、その実力からして何処かで荒事をやっていたように感じられた。


 しかし威圧感の割に言動に荒々しさがなく、時折見せる丁寧な所作からは、まさか貴族のご落胤なんじゃ……なんて話もあった。


 どうでもいい話だ。


 奴の腕の確かさは、まさに英雄のそれだったのだから。


 謹厳実直にして冷静沈着。


 どんな強敵であろうと慌てることなく対処する様は、あっという間にパーティーに強い信頼と深い安心感を与えた。


 階層の更新は瞬く間に行われ、僅か三年という期間で、領主だけが持つと言われるダンジョンの全景を描いた地図と同等の物の作り上げたという。


 酒場の笑い話が、いずれ現実となる英雄譚の序章のような扱いになった。


 十数年という時間を使って得た、八層までの穴だらけの地図とはえらい違いだ。


 才能というものを見た。


 その才能が……眺めているだけでダンジョンを踏破してしまうんだろうと思っていたバーゼルが、頭を下げて力を貸して欲しいと言ってきたのだ。


 一も二もなく頷いた。


 妬心が疼いたと言われればそうなのかもしれない。


 ダンジョンの攻略というのは、未だ語り継がれる昔の偉業なのだから。


 それに請われ参加する――なんとも冒険者冥利に尽きるじゃないか。


 だから七層から九層の護衛だろうと引き受けた。


 パーティーの実力からは少しばかりハミ出すが、フォローにもう一パーティー付くと言われりゃ面子がある。


 俺達の本来の狩場は五、六層がメインだ。


 最高到達階層と普段から稼ぐ階層というのは違う。


 安全を考えて稼ぐのなら二、三階層上になるのがダンジョンに潜る冒険者の常識だろう。


 常に限界一杯の冒険なんてしていたら、命が幾つあっても足りないのだから。


 しかしここが命の張りどころだと思った。


 討伐計画や輸送ルート、踏破手順や安全性など、綿密に練られたダンジョン攻略の内容に安心を覚えたというのもある。


 だが、ダンジョンを攻略するという魅力の前には……危険だろうがなんだろうが飛び付かないわけにはいかなかった。


 偉業の、伝説の、英雄譚の一端を飾れる――


 何か……ここからまた何かが始まるんじゃないか?


 そう思った。


 事実、攻略は順調と言えるほど順調に……いやそれ以上に進んだ。


 予想されていた損耗率を遥かに割って、予備戦力すら作れる程だった。


 運搬役の功名心も挫かれて、あとは魔物の討伐を待つのみとなった。


 「最悪物量で推す」という計画を聞いた時には酷く不安になったものだが、今ならやれそうな気さえする――バーゼルがいるのなら。


 俺も、英雄に――


「リーダー!」


 気付いたら腹を裂かれていた。


「……え?」


 まるでかのようなスケルトンから一撃を貰ってしまった。


 経験にひたされた体は考える前に対応した。


 筋肉を締めて武器が抜けないように――スケルトンの足留めに努めたのだ。


 僅かな間だが、それで長年連れ添った仲間は意を汲んでくれた。


 高価だとされる最終手段ポーションを躊躇なく飲み干し、スケルトンを討伐するのではなく壁のように使って後続を切った。


 濁流のように次々と現れるスケルトンに、仲間達は合図も何もなく、しかしそれが当然であるかのように連携を取って――逃げ出した。


 危険に対する条件反射のようなものだ。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお?!!」


 響いてきた断末魔は……逃げ遅れた若い奴のものだろう。


 なんかのほほんとした奴だと思っていたのだが、死に瀕すれば絶叫もするか……悪く思うなよ。


 スケルトンの相手をせずに受け流すことで前に進んだ。


 幸い、追い掛けて来ているスケルトンは鈍重だったのだろう、足が遅い。


 既に骨しかないのに、未だに生前の動きしか出来ないというのだから、魔物ってのは哀れだ。


 しかし体力という面で、天は奴らに味方する。


 腹の傷が塞がりきれていない俺が遅れ始め、奴らの攻撃に捕まってしまった。


「リーダー!」


 仲間が戻ってくる。


 ああ、バカやろう……なんで戻ってくんだよ? ダンジョン攻略の参加を決めたのも俺、ドジ踏んだのも俺、捕まったのも俺だってーのに……。


 壁を背に接触面積を減らしてスケルトン共を追い返す。


 しかし応援が期待出来ないのだからジリ貧だ。


 あっちの体力は無限なのだ、いつまでも追い返しているだけじゃ突破口は無い。


 直ぐに殲滅に移った。


 だが、そう簡単に倒されるような魔物なら一々迂回するなんて手段を取るわけがなく……おまけに――


「う、わ」


「落ち着け! 足を取られるなよ!」


 よく分からない地揺れまで起こりやがる。


 ダンジョンだというのに生温い風が頬を撫でていく。


 大発生するスケルトン、今までにないダンジョンの異変、最下層を護る化け物――


 ――――ああ、本当に、俺は英雄にゃなれない。


 バーゼルならなんとか出来るのだろうか?


 あの涼し気な様子で、我が道を行かんとする覇気で。


 困難の一切を断ち切れるんだろうか?


 『ダンジョンを攻略する』


「……俺にゃ無理だったな」


「リーダー?!」


 再び開いた傷口に体を痺れさせた瞬間、長剣が上から降ってきた。


 ――こりゃ無理だ。


 せめて最後の景色を目に焼き付けてやろう――いつか酒場で話した戯言に、最後だからと身を任せた。



 だから分かった――いや、分からなかった。



 ――――いつの間にか、そいつは闇に浮かんでいた。


 闇に溶け込むような黒いローブを身に纏った男だった。


 背は俺より頭一つ分ほど高く、顔は……ローブの影に隠れて口元しか見えない。


 ゆっくりと降りてくる剣――まるで時の流れが遅くなったように感じる死の際で、その男だけが普通に動いていた。


 霞むように両手を瞬かせた、そう感じた時には――


 俺達を囲んでいたスケルトンが爆発四散していた。


 俺に降ってきた長剣も粉々で、何をどうすればそうなるのか……しっかりと見ていたのに分からなかった。


「お、おい……」


「……あ?」


 呆けていた俺の腕を仲間が掴んで揺らした。


 促された方――光晶石が照らしていない闇にすら、バラバラになった骨が覗いていた。


 気付けば黒衣の野郎と俺達だけになっていた。


 あのスケルトンの軍勢も抜けてきたのだろうか? いや、ありえない。


 おそらくは安全地帯の方から……一人で、来たのか?


 ……………………いや、ここはダンジョンの……しかも九層、だぞ?


 困惑と混乱に立ち呆けとなった俺達に、その黒衣の男は手の平を向けてきた。


 咄嗟に警戒も露わに武器を掲げる。


 俺達の体が緑に発光したのは、その直ぐ後だった。


 体の痺れや腫れが消え――腹の痛みが無くなった。


「あ……?」


「え」


「……は?」


 ……疑問を覚えたのは俺だけじゃないらしい。


「――まだ痛むか?」


 喋った?!


 格好相応の声の低さだと、頭の何処かで冷静に思えた。


 顔が見えないから歳は判然としないが……下手したら俺と同じぐらいか?


「喋ったよ……新手の魔物じゃないのか?」


 おい、……いや俺も思ったけどよ。


 仲間の一人がそう言うのに、黒衣が反応する。


「バカ言え。どっからどう見てもおじさんだろう?」


 意外とフランクな返事に、またも驚く。


「あ……ああ」


 返事とも唸りとも取れる声に満足そうに頷く黒衣。


「それで? 傷の方はどうなんだ? 悪いんだけど……人に掛ける方の経験は多くないんだ。まだ痛むところはあるか?」


「い、いや……大丈夫だ」


 疑問が次から次へと湧いてくる。


 しかし何故だろう――――ともすれば気の抜けるような空気に押されて、口に出せないでいる。


 だからだろうか?


「そうか。んじゃ――」


 闇に溶けるように瞬時に姿を消した黒衣に、驚きのような文句のような言葉が口を衝いた。


「……なんじゃそりゃ」


 呆けた表情の仲間と、夥しい程の骨を残して、死神のようなそいつは――危機と共に去っていった。


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