第138話


 正確には『全滅したと思われる』といった内容だった。


 同じような接敵、スケルトンの群れ、魔法による混乱、――からの勇み足での離脱、等々……。


 実際に殺られるところを見たという証言もあって、逸れた運搬役の生存も絶望的なんだとか。


 生死確認兼遺体回収のために各パーティーが現場へと赴いたため、安全地帯に残ったのは先に着いた運搬役と護衛はピカイチだと言うワンパーティーのみ。


 なんとも重苦しい雰囲気での食事となった。


 怪我人は割と出ている印象があったのだが、死者というのは初で、それぞれに思うところがあるのか無言を貫いている。


 さっきまでは俺の追放に執念を燃やしていたジャスですら大人しく食事をしているというのだからよっぽどだ。


 例外は二人。


「この魚の骨を乾燥させて味付けしたやつ、いいっすね? 携帯食料より噛み砕き易いし、美味い」


「だろ? 味も濃いしな。でも量がねぇからなー……。酒のつまみか飯のお供に、ってとこかぁ」


 ライナスとドゥルガだ。


 俺は……死体を見ていないせいか、思ったよりも動揺がないだけだけど、この二人については平常心どころか普段のままに見える。


 護衛を務めるパーティーの表情が思わしくないのは、ダンジョンの攻略を慮ってのことなのだろうけど。


 そのために数を揃えて準備してきたのだから、そこに文句はないが…………ドライだなぁ。


 これが冒険者だと言うのなら、やっぱり俺は冒険者に向いてないと思う。


 早いとこチャノスをぶん殴って連れ帰ろう。


 粛々と食事を続ける中で、どこか現実逃避に似た思考を巡らせていると、ドゥルガが最下層の攻略をするというパーティーメンバーに向けて話を切り出した。


「それで、ローテーションってどうなるんだ? おじさん結構疲れが溜まってきてるからよ、最初に荷物番をやりたかったんだけど……」


半分が待機半休って話でしたもんね。その半分が死んだんだから……不休? は無くとも、七層から連れてくるってとこですか?」


 まあ、全員が気になるところではあったので、この質問は正直助かる。


 訊かれた方も、食事を続けながら答えた。


「幸い増員した分は予定に入れてなかったからな。一人を荷物番に残して、残りの五人で運搬だろう。常に一つのパーティーが安全地帯に残っているから、残る方も問題はないと思う。そもそもここで活動してるパーティーは多くない」


「スケルトンの骨粉や虫の骸殻が欲しいって依頼がない限り、ここは旨みが無ぇからなぁ」


「長居すると群れの中のハズレを引いて死にますしね」


「な……なんであんたらは……!」


 『明日は雨』とばかりの空気で会話を続ける冒険者に、食器を持つ手が震えていたジャスが声を上げた。


「な、なんで落ち着いてられるんだ?! 仲間が死んだんだぞ?! それもこんな穴ぐらの! 身の毛もよだつ魔物の住処で! 正気かよ?!」


「お前ぇもレライト放り出して殺そうとしてたじゃねえか?」


 ドゥルガの痛烈な反撃に、ジャスは口をパクパクとさせる。


 ……いや、こっち見られても困るんだけど?


 たぶん、同感ではあるが。


 『そういうんじゃない!』と言いたいのだろう。


「ち、ちが……! ……アスイ! ムウ! バジェ! 向こうに居たのは知り合いばっかだろ?! ドゥルガさんだって組んだことあるじゃないか?!」


「あるなぁ」


「ならなんで?!」


「仕事だからだが?」


 何を当然のことを、と言わんばかりに……互いが互いを理解出来ない表情で見つめ合っている。


「し……仕事?」


「そうだ。お前ぇも言ってたじゃねえか? 『命懸けてる』ってよ。懸けてた命が無くなった――それだけのことだろ?」


 ドゥルガの言葉にライナスが頷く。


「そーそー。大体ここが何処だと思ってんだよ、ジャス? ここはそういう穴ぐらだぜ? 他人をどうこうなんてからそうなるんだよ」


「な、何言ってんだよ……ここは、ダンジョンは……一攫千金の……」


「そういう面があることは否定しないけどよ。二層ぐらいで日銭を稼いだり、外で使いっぱしりするとじゃ、だろう? 大金や名声を得ようってんだからな」


「お、おれは…………」


 二人に見つめられるジャスは、反論がなくなったのか俯いてしまった。


 変な空気になるのではと危惧したが――そんなことはなく。


 双子は聞くともなしに話を聞いて、護衛の冒険者は『いるいる、こういう奴』といった雰囲気で流していた。


 …………理解出来ないなぁ。


 ジャスとかいう奴のことも。


 ライナスやドゥルガや護衛冒険者達のことも。


 こんなのに憧れているテッドやチャノスのことも。


 美味い美味いと言っていた魚の骨を噛み砕いたが、そこまで絶賛するほどじゃなかった。


 不意にテトラの生煮えクズ野菜が恋しくなった。


 ……なんでだろうな? 噛み砕いた時にウエッてなる料理なのに。


 少なくとも、こんな穴ぐらで食べる料理よりは『ずっといいな』と思ってしまう。


 食べたら食べたで後悔するんだろうけど……。


 半日と待って、遺体を回収したとされる袋や運搬していた荷物を持ってバーゼル達が帰ってきた。


 ジャスが次の往復で七層に残りたいと希望を出したと聞いたのは、最下層の攻略が始まる直前だった。


 ……運搬役のスケジュールは、なんとも厳しいものになってしまったようだ。


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