鈍感なくせにやたらモテる幼馴染を自分のモノにしようとチョコに惚れ薬を仕込んだものの、味見でうっかり食べちゃった結果大惨事が起こってしまったけど、ハッピーエンドなら別にいいよね!

くろねこどらごん

第1話

「フンフンフフフーン♪」


 2月13日。休日であるこの日、私堀北弥生は家のキッチンで、あるものを作っている最中だった。

 周囲からは甘い香りが漂っており、茶色い液体がボウルの中で波打っている。

 これがなんであるかは、語る必要もないだろう。

 ていうか、分からなかったらむしろ引く。

 翌日の日付を考えれば、女の子がなにを作るのかなんて、答えは決まりきっているのだから。

 気付くことができないやつがいるとすれば、それは私の幼馴染である南悠二くらいのものだろう。


「そう、分かるはず。分かるはずなのに、あの男はぁ…!」


 かき混ぜていた手に力が入る。

 あの男は本当に、本当に死ぬほど鈍感なやつなのだ。

 どれくらい鈍感であるかというと、朝に「今日暇か?暇だったらどっか遊びに行こうぜ!」なんてメッセージを平気で送ってくるくらい、まったくもって乙女心を理解しないしするつもりもない、アルティメット唐変木な脳みそ小学生野郎なのである。

 それにこれまで私が、どれだけ煮え湯を飲まされてきたことか。

 額に浮かんだ青筋と怒りを抑え、今日は用事があるからちょっと無理かななんて無難な返事を返せた自分を褒めてあげたかった。


 …もっとも、直後に表示された「そっか、わかった。じゃあ今日は委員長と遊びに行くわ。前からふたりで遊びたいって誘われていたんだよなー」なんてふざけたメッセージを見た瞬間、スマホを壁に投げつけることになったのだが。

 幸いカバーをつけていたから本体は無事だったけど、カバーと壁にヒビが入ってしまったのは今も腸が煮えくり返る思いだった。

 とりあえず当日に女の子を誘うのは非常識だから今日は大人しくゲームでもしてろと怒っておいたが、このままではまずいと正直思う。


「鈍感なくせに、無駄にモテるんだから…!人の気持ちに気付かないあんなクソ野郎のどこがいいっていうのよ…!」


 あんな男を好きな子が、実は結構な数でいるというのは、全くもって理解できないことだ。

 幼馴染である私は慣れているから色んな意味で付き合うこともできるけど、そうでない子にとっては難しいだろうし、すぐに愛想だって尽きるに違いない。

 だから早く諦めて欲しいというのに、最近はむしろ距離を縮めようと積極的になっている子のほうが多い。


 本当に、度し難い。


「フッ…だけどそれも今日までよ…」


 一瞬沸き上がった怒りを、笑みを浮かべることで底へと沈める。

 長年私は、あの男に苦しめられてきた。

 小さい頃から毎年毎年、ずっと渡してきたバレンタインのチョコレート。

 丁寧にラッピングして、綺麗にデコレーションして飾り付けた、最高の出来栄えだった本命チョコを、やつはこれまた私の目の前で平然と開けて、まるでただのお菓子であるかのようにかじり続けてきた。

 それにこめられている意味も重さも、やつは理解しようとすらしなかった。


 ハッキリ言ってクズである。男の風上にも置けない最低最悪の男だ。


 故に、私がなんとかしなければならない。他の子を犠牲にするわけにはいかなかった。

 幼馴染である私こそ…いや、私だからこそ、あの男の度し難いクズさを許容できるのだ。

 ぽっと出の女の子では無理だ。私だけがやつと付き合える権利があるのだ。


 あるったらある。異論は決して認めない。悠二は私のものなのだ。はい決定。絶対渡さんからな委員長。ちょっと私より胸が大きいからって調子に乗るなよ…!こっちだって小学生の頃から5ミリも成長してるんだからな、牛みたくデカけりゃいいってもんじゃないんだよ!!!



 …ゴホン。話を戻そう。私には秘策があった。

 それは今右手に握られている赤いビン。これこそが現状を打開し、あの男と両想いになるための切り札だ。その名を惚れ薬という。


 言っておくけど、これは偽物じゃあない。

 知り合いの黒魔術研究会の部長から密かに譲ってもらった、混じりけなしの本物である。これを含んだ食べ物を口にして、初めて見た相手を確実に好きになるという、まさに悪魔的アイテムなのだ。


 効果も既に確認済みで、小学生以上はBBAなんだよと公言する、顔はイケメンだけど中身が死ぬほど残念な財閥の跡取りであるロリコン同級生を、部長はクスリのチカラで見事に彼氏にしてみせたのだから、まさに効果は絶大である。


 部長と腕を組む彼の目からは、終始血涙が溢れていたような気もするが、まぁそれも些細なことだ。

 体がいくら拒もうと、結局付き合えたら勝ちなんだよと豪語していた部長の言葉は、私の胸に深く刻み込まれていた。


「さて、それじゃ早速、パラララーっと」


 ビンのフタを開け、中の液体をチョコに混ぜ込む。

 無味無臭とのことだったが、確かに匂いに変化はなかった。

 これなら実際に食べるまで、気付かれることはないだろう。

 とはいえ念には念を入れとこう。一口分すくって口に運ぶ。


「モグモグ…うん、大丈夫。チョコの味そのものだ!」


 味はばっちり問題なし!さて、後は冷やして明日の朝一番に、アイツにわた、そ…





「…………………………あ」




 しまった。食べちゃった。




「うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 大絶叫が家中、あるいは近所にまで響き渡る。


「ややややややばいって!!!!なにやってんだわたしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 いつもの癖でつい味見を…!体に身に付いたルーチンが、自然と惚れ薬を自分自身に食べさせてしまった。


 ヤバい、これはヤバい。どうしようもなくヤバい。

 なにがヤバいって、アイツに惚れさせなきゃ意味ないのに私が食べたらなんの意味も…


「おいおい、どうしたんだ。騒がしい。チョコを失敗でもしたのか?それならパパが食べてあげ…」


「そぉい!!!!!!」


 気の抜けた声とともにキッチンに現れかけたそれに、私は全力でボウルをぶん投げた。


「ひげぶっ!」


 ものの見事に直撃し、かつて父と呼んでいた人は、汚らしい声をあげて盛大に崩れ落ちる。


「あ、危なかった…」


 頭からチョコレートを被ったままひっくり返っている姿を見ながら、額に浮かんだ汗を拭う。

 本当に危なかった。万が一顔を見ていたら、近親○姦一直線コースだったことだろう。

 それを考えるとゾッとする。パパ活JKなんてエロ漫画だけで十分だ。

 実の父親にNTR脳破壊されるとか洒落にならない。


 未遂に終わったことに密かに安堵しながら、スマホを取り出し電話をかける。

 プルルという電子音が二回ほど響き、すぐに電話は繋がった。


『もしもし?どうしたんだよ、弥生。今ゲームでいいとこだったのに』


「来い」


『へ?』


「来い、今すぐ来い。うちにこい。すぐに来い。来いったら来い」


 短く区切りながら、用件を伝える。

 細かいことなんてどうでもいい。向こうの都合も知ったこっちゃない。


『いや、いきなりそんなこと言われても…てかお前、用事があるって言ってなか…』


「うるせぇ、殺すぞ」


『え』


「殺すぞ。来ないと殺す。ぶち殺す」


 こっちは人生かかってんだ。手前勝手ではあるが、私は現在ブチギレていた。


『え、なんで。理不尽じゃない…?』


「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!こっちは死活問題なんじゃああああああああああああああああああああ!!!!!!グダグタ言わずにこいったらこいやああああああああああああああああああ!!!!」


 人は余裕がないと、冷静でいられない生き物なのかもしれない。

 気付けば絶叫していたが、私の魂の慟哭を受けた悠二はビビったらしく、「すぐに行くっす!」と返事をすると電話を切った。


「ふう、これで一安心…」


 スマホをしまいながら安堵の息を漏らしていると、玄関からチャイムの音が聞こえてくる。


「おお、早いわね。さすが悠二!」


 やはり悠二も本心では、私のことを好いているに違いない。

 ウキウキ気分で足元に転がる肉の塊「うぎゃっ!」を踏んづけながら、すぐに玄関へと向かう。


(なんだかんだあったけど、これはこれで結果オーライかも…)


 よく考えてみると、惚れ薬に頼るのはやっぱり良くない。

 好きな人は自分で振り向かせないとね。これは神様からの天罰で、あるいはメッセージだったのかもしれない。

 ギリギリのところでそのことを教えてくれた神様に深く感謝をしながら、私は玄関のドアを開け…



「ちわーす、お届けものっす!ハンコお願いしまっす!」



 私は空気を読めないクソ神を呪った。












「死ねええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


「助けてえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 俺はいったいなにを見せられているんだろう。

 目の前で繰り広げられている大惨事を前に、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。


「アンタを殺せば惚れ薬の呪いは解けるのよ!!!!だから大人しく死んでちょうだい!!!!」


「意味がわからないですよ!!!自分は配達しにきただけなのに、惚れ薬ってなに!?」


 幼馴染である弥生に、呼ばれてきたまでは良かった。慌ててきたまでも別にいい。

 だが、玄関先で配達のあんちゃんの首根っこ掴んで締め上げようとしているのは、いったいどういうことなんですかね。


「惚れ薬は惚れ薬よ!!!!チョコを食べたら初めて見た相手を好きになってしまうあれよ!!!!わかった!!??わかったなら死んでちょうだい!!!!」


「説明になってない!!!アンタ頭おかしいよ!!!!正気じゃねぇ!!!!」


 うん、それには全面的に同意したい。今の幼馴染は、どっからどう見ても正気ではなかった。完全に目が血走っている。

 元々ヴァイオレスな傾向のあるやつだったが、少なくとも支離滅裂なことを叫びながら大の男をぶっ殺そうとするほど頭のネジが飛んでなかったことは確かである。


「うるせえええええええええええええええええええええええええ!!!!地獄で自分の空気の読めなさ悔いてこいやあああああああああああああああああ!!!!」


「ひいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 とはいえ、そんな狂気に満ちた弥生をこれ以上ほうっておくわけにもいかない。

 見ろ、配達のあんちゃん完全に腰抜かしてるじゃないか。お前どんだけビビらせてんだよ、本当に女子高生か。


「落ち着け、弥生!」


「っつ!!!」


 配達のあんちゃんに躍りかかろうとした弥生の背後に回ると、俺は思い切り抱きついて羽交い締めにした。

 弥生に周囲を見る余裕がなかったことが幸いだったが、それでも動きを止めたのは一瞬のこと。すぐに羽交い締めにされていることに気付いて暴れだす。


「止めるなゆうじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!私はこいつを殺さないといけないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


「落ち着けマジで!配達員さん、いったん家の中に逃げてください!その間になんとかします!」


 半狂乱の弥生にビビりまくっていたあんちゃんは、俺の言葉にコクコクと頷くと、弥生の家の中に四つん這いになって這っていく…ありゃ、漏らしたかもな。トラウマにならないといいんだが…


「にげるなあああああああああああああああ!!!!殺すうううううううううううううううう!!!!」


「やめろって弥生!どうしたんだよ!」


 追いかけようとする弥生を止めながら、なんであんちゃんをぶっ殺そうとしてるのか問いかけた。


「アイツ、私が悠二のことを見る前に私の前に立ちやがったのよ!?なら、死んで当たり前じゃないの!!??私が好きなのは悠二なのに、惚れ薬の力でそれを勝手にねじ曲げようだなんて有り得ないわ!!!!」


「……えーっと、ツッコミどころが満載なんだが、とりあえずひとつずつ話をきかせてもらっていいか…?」


 とんでもない爆弾発言をされた気がしたが、いったんそれは置いといて、話を聞くことにした。



 ………………


 …………


 ……



「……はぁ、惚れ薬っすか」


「そうよ!!アンタがまっっっったく!私の気持ちに!気付かないから!強硬手段に出ることにしたのよ!!!!」


 あれから数分後。とりあえず話を聞けたはいいものの、その内容はなんとも荒唐無稽なものだった。


「いや、お前の気持ちに気付かなかったのは悪かったけど、黒魔術て。いくらなんでもそれはないだろ…」


「うるさいわね!こっちは藁にもすがりたかったのよ!私がどれだけヤキモキしてきたのか、アンタにわかるの!?」


 肩をいからせながら叫ぶ弥生の瞳には、強い怒りがこもっているように見えた。


「えと、ごめん。わかんない…俺は他の女の子とは、普通に接してたつもりなんだけど」


「そういう無自覚なところがダメだって言ってんの!おかげで惚れ薬に頼って、私は、ゆ、悠二以外の人を…」


 そう言って、弥生は顔を俯かせる。最後は言い淀んでいたけど、涙声だったのは間違いない。


「好きになっちゃった、と」


「そうよ…私が好きなのは、悠二だけなのに、こんな…」


 ひどくショックを受けているのが見て取れる。

 だけど、弥生は気付いているんだろうか。


「それじゃあ聞くけど、弥生は俺のこと嫌いになったん?」


「そんなわけないでしょ!私は今も悠二のことが…」


「じゃあ効いてないじゃん、惚れ薬」


 ショックを受けてるってことは、気持ちが塗り替えられてるわけじゃないってことに。

 俺の言葉を受けて、弥生の瞳が大きく見開く。


「あ…た、確かに…」


「インチキだったってことだろ。現実で惚れ薬なんてあるわけないし。お前、ちょっと思い込み激しすぎだ」


「あ、うぅぅ…」


 みるみるうちに顔を赤らめる弥生を見て、思わずため息をついてしまう。

 こんなんじゃ、この先面倒くさそうだなぁ。とはいえ―


「それじゃ誤解も解けたことだし、俺達、付き合おうか」


「…………え」


 これは言っとかないといけないんだろうな。また暴走されたら、勘弁だし。


「だから付き合おうぜ。お前、ほうっておいたらなにするかわからないしな。お前と付き合える男なんて、俺くらいのもんだろうし」


「え…ほんとに?」


 目を丸くする弥生に、コクリと頷く。


「ホントだ」


「ほんと?」


「ホントホント」


「マジで?」


「マジっす」


 何度も確認してくるなコイツ…そんなに信用ならないのか。

 だがようやく実感できたのか、じょじょに頬の口角がつり上がってくのが見て取れた。


「え、えへへへ…そっかぁ…べ、別に悠二が私と付き合ってほしいっていうなら、付き合ってあげてもいいんだからね!」


「あーはいはい。そういうことでもういいよ」


 今更ツンデレやられても反応に困るんだがな。

 まぁなにはともあれ、これにて一件落着…



「たすけてええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」



 …パードゥン?



「……なぁ、今弥生の家の中から声がしたよな?」


「え、ええ。いったいなにが…」


 戸惑う俺達をよそに、再度響く絶叫。

 僅かに開いていたドアの隙間から見えるその向こうには―――


「もう君を離しはしない!私は真実の愛に気付いたんだ!」


「離せよおっさん!抱きついてくるなああああああああああああああああああ!!!!」


 ………………


「……なぁ、弥生。もしかしてお前のお父さんも、惚れ薬を食べ…」


「知らないわ」


「え」


 なんで否定してんの。明らかにあれじゃん。効果出てんじゃん。


「…そういや黒魔術の部長って、確かおと…」


「それより、早速デートに行きましょ!チョコも新しく買わないといけないし!」


「あっ、ちょっ!」


 強引に腕を引っ張られ、弥生の後をついていくことになる俺。

 いいのかなぁと思いつつも、初めて出来た彼女を見ていたほうが、あの地獄絵図よりはるかにマシなのは確かだった。


「好きだあああああああああああああああああああ!!!!愛してるううううううううううう!!!!!死ぬまでもう君に夢中だああああああああああああああああ!!!!」


「俺はノンケなんだよ!!!誰か、誰かたすけてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 バレンタインデー。それはお菓子会社の陰謀。

 ならば、お菓子に陰謀を仕込んでこういう結果が訪れる人間がいても、あるいはおかしくないのかもしれない。


 そんな現実逃避をしながら、いつまでも聞こえてくる背後の絶叫から、俺は目を背け続けるのだった。


 それでは、ハッピーバレンタインデー

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