第6話 カフェ

 ふたりは大学近くのカフェに来ていた。オシャレな大学生ばかりがいる、これまたオシャレなカフェだった。

 大学に近いからなのか、メニューのほとんどが他より安く、店内にいるのは店員以外全てが大学生だった。特に多いのは、髪を染めたチャラそうな女子だった。それに付き添いでなのか、似たような男子も多いらしい。

「でもびっくりだね、たまたまいずみちゃんが入ったカフェに、私がいたなんて」

 彩葉いろはは嬉しそうに微笑みながら、アイスクリームに温かいコーヒーをかけてかき混ぜている。手のひらの温度とこの夏の終わり目の気温で溶けてしまったのか、それはアフォガードなんて小洒落たデザートではなく、ほとんど素人が作ったようなミルクコーヒーに見えた。ひとくちも食べずに初めからかき混ぜるなんて、もったいない。いずみはそうは思えど、口には出さなかった。その様子が愛らしくてたまらなかったからだ。

「そうだね。ひとコマ分暇だったから来てみたけど、ちょうど彩葉が来てるとは」

 ――嘘だ。

 いずみはこの後の講義など、ひとつもとっていない。この日は三限目までの三つの講義を受けて、その後は休みになっていたのだった。講義を受け終えて帰ろうと大学構内を出た際にこのカフェに入っていく彩葉を発見したいずみは、迷わず、何か言い訳を考えるよりも先に、カフェの扉に手をかけていた。彩葉と目が合ったときには、何かしら講義について聞かれたら「勘違いだった」で全てを流そうと決めていた。どうしてこんなことをしたのかと問われたなら、いずみは「理由はない」と答えるだろう。ここまで足を運んだのも、偶然を装って彩葉の目の前に現れたのも、無意識だったのだから。

 お待たせしました、と運ばれてきたのは顔ほどありそうな大きさのパフェと、一切れのガトーショコラだった。何を思ったのか店員はいずみの前にガトーショコラを、彩葉の前に大きなパフェを置いた。店員がカウンターの方へ戻ったのを確認してから、ふたりは目の前のものを交換する。

「確かに、私よりいずみちゃんの方がガトーショコラっぽいよね」

「どういうこと、って言いたいけど……笑っちゃうほどわかる」

 彩葉はアフォガードを混ぜていたのと同じスプーンで、それを小さくわけて口に運んだ。

「そういえば彩葉って、コーヒー飲めるんだ」

「うんうん、コーヒーこそ至高って感じ。最高だよ、ブラック。いずみちゃんこれ、食べてみる?」

「いや、遠慮しておく。苦いでしょ」

 長いスプーンをパフェの中に沈めながら、いずみは飲んでもいないブラックの味を想像して、苦そうな顔をした。

「意外だよね、いずみちゃんこそコーヒー強そうなのに。朝の一杯はブラックに限る、とかって言ってるの想像できるけどなぁ。それにこれもさ、どっちかって言うと私担当って感じじゃない?」

 彩葉は勝手にパフェのアイスクリームを奪い取って、ガトーショコラに載せて食べた。

「中学のときから言われてたんだよね。大食いそうだし、それに甘いのにも目がなさそうだし、って」

「でも本当は大食いでもなければ、どちらかと言えば辛党」

「その通り」

 名探偵にでもなったつもりか、彩葉は眉を思い切り上げた変な表情でビシッといずみを指さした。

「ホント、私たちのイメージって全部反対なんだよねぇ」

「中身が器を間違って生まれてきた、みたいな感じ」

「あ! それめっちゃわかる、私たち早い段階で中身入れ替わってたのかな」

「でも、それはない」

 そんなに、と言いかけて口を閉じた。続けようとしていたのは「女の子らしくできないから」という言葉。自分は誰からも好かれる愛らしい彩葉のようにはなれない。そんなに「かわいい」を追い求めて生きていけない。そんな考えすら全て身体の底に落としてしまうように、いずみは大きな口を開けてパフェを頬張った。

 たぶん、彩葉には何も届いていない。だから大丈夫。解決されることがなくたって、一緒にいられるなら良い。だから知らせる必要はない。いずみの苦悩は、何も。

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