第55話 地獄の竜、再び
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・九合目・丘陵地帯==
一体何が起きたのか。
僕の視界は打って変わって青色で埋め尽くされていた。
空か、海か、はたまた別の何かか。
しかし、そんなことを気にする余裕もない。
身体の痛みと浮遊感、そして次の瞬間には背中に強い衝撃を覚える。
眼前に広がる青、背に固い壁、草と土の匂い、五感が動き出し脳が理解し始めた。
視界は青空で埋め尽くされている。僕は冷たい地面に仰向けになって倒れているのだ。
ーー爆風で吹き飛ばされた…………のか。
そう、突然ミノタウロスが爆散したのだ。
まだ身体が上手く動かない。
それでも必死で目を凝らす。
青い視界の端でうごめく赤い何かが見えた。
燃え盛る炎と雄叫びを上げる一体のミノタウロス。
そして、自分がどこで何をしていたのか完全に思い出す。
「リ……リップは……!」
急いで上体を起こせば身体中が
それでも悠長に回復を待っている暇は無い。
ーーーー少女は倒れていた。
より近くで爆風を浴びた彼女が無事であるはずもなかった。
そして、激昂したもう一体のミノタウロスが
ーーま……まずい……! 僕が……僕がなんとかしないと……!
焦燥感が全身を突き動かして必死に立ち上がる。
「ぐっ……!」
忘れていたわけでは無い。
しかし考える余裕はなかった。
最早ここは死地、ケンタウロスのテリトリーだ。
それを考慮すれば先程の爆発にも検討がつく。
ウェルグさんの放った爆烈矢、それを逆に利用されたのだ。
ただ、今となってはそんなこともどうだっていい。
ーーどうにかしてリップを助けなきゃ……!
手元に杖は無い。
爆発とともにどこかへ飛ばされたのだろう。
例えあったとしても獄雷閃では決定打にならない。
ーーキマイラを倒した一撃……
あれを今、この瞬間に使えるようにする。
それしか方法は思いつかなかった。
いいや、思いつかなったというわけではない。
満身創痍の身体、あの時と似通った状況、それを好都合と思える熱情が僕の心を支配していたのだ。
ーーまだ感覚は掴めてない、一度だって再現出来ていない…………けれど“一つだけ”方法がある。
「豪……炎撃!」
僕は魔導書に触れてミノタウロスに向け手を伸ばした。
放たれた豪炎の魔法は目標の肩を捉え、堅固な表皮をわずかに焦がす。
「豪炎撃!」
今度は脇腹に、ミノタウロスはこちらを
「豪炎撃っ!」
大きな角をかすめるが手傷すら負わせること叶わず。
やつはリップを文字通り“目の
それでも僕は魔法を撃ち続けた。
「豪炎撃……豪炎撃……豪炎撃……豪炎撃っ……!」
意識が
次第に考える頭にも、伸ばした手にも力が入らなくなってきた。
ーーもうすぐ……魔力が切れる。
それでもなお僕は豪炎撃の魔法をやめなかった。
既に手の感覚は無く、それは腕に矢が突き刺さっていたことすら気付かなかったほど。
ーーもう少し……もう少しで“魔力が切れてくれる”。
満身創痍の身体、あの時と似通った状況、それを好都合と思った理由はそこだ。
あとは魔力が底をついて気を失う直前ーーーー勝機はそこにある。
視界が霞む。ひどく寒い。全身の感覚が失われていく。
魔法を使う感覚さえ曖昧になってゆく。
ーーゴリ押しの
「獄……竜撃」
勝利を確信したミノタウロスはゆっくりとリップに近づき、倒れる彼女を悠々と見下ろしている。
そして、丸太のように図太い腕を振り上げてトドメを刺そうとしたその瞬間ーーーー
<<時は来た>>
大地が震え、地鳴りが空を揺らす。
その場にいる全ての生物に絶望と恐怖を植え付ける“赤黒い地獄の竜”が天へと
過ぎ去ったあとには何一つ跡形も残さない。
まるで最初からミノタウロスなど存在していなかったのではないかと疑うほど。
「へぇ……やるじゃん」
すぐ後ろから少年の声が聞こえる。
まだかろうじて意識はあるが、振り向く余裕はない。
何より眠い。ひどく眠い。
ーーだけどまだ倒れるわけには……
こちらに無数の矢が飛んでくる。
霞んでいる景色の中でも分かるほど。
どうやら今の攻撃で僕は最優先処理対象に格上げしたようだ。
嬉しいような、嬉しくないような。いや全く嬉しくはない。
ーーもう一度寵愛の力を使う……? いや、魔力はミノタウロスを倒した分回復してる。土壁を使う……? ダメだ魔力があったって集中力も気力も体力も無い。それよりリップは無事だろうか⁉︎
「無理しなくていいよ、皇子様。あんな馬鹿女でも仲間を助けてもらった恩は返さないとね」
次の瞬間、空気がパキパキと音を立てて凍りつく。
「食え……」
「失敗……失敗、竜の形って結構難しいね。でもさっきのは気に入ったよニア皇子…………ってもう聞いてないか」
詠唱もなく発現した白氷の柱。
天を突くほど高く、強固で、美しい。
その口ぶりから彼が行使した力であるのは間違いないだろう。
ーー本当に彼は一体何者なのか。
そんなことを考える間もなく、彼の言葉を最後まで聞くこともなく、僕の意識はそこで途絶えた。
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