第33話 緊急クエスト「邪竜アンピプテラを討伐せよ」

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街宿屋屋上==



再び視界が開けた時、そこは地獄だった。


ーー正しく言えば、僕らの目の前には“地獄のような景色”が広がっていた。



「う……嘘だろ?」



上空、メリーに抱きかかえられている僕のさらに頭上でうごめく“それら”を僕は知識として知っていた。

不吉の象徴、破壊の申し子、この大陸で二番目に恐れられている種族。



「黒い…………“竜”」



かすかな残光をまとう長い尻尾、体表は硬く黒いうろこで覆われており、大きな翼と鋭い爪牙そうがはまさしく竜種。


ーー言わずと知れた人間の天敵である。



「召喚魔法か……!」



眼下を埋め尽くした魔法陣は攻撃魔法ではなく、あれらを呼び出すためのもの。そしてその数ーー



「多分二十匹は居る」



ゆっくりと着地しながらメリーがつぶやく。


冷や汗がにじみ出し、高所の烈風が悪寒を誘う。

当然だが、こうして目の前にするのは初めてだ。


体長は人の二倍から三倍ほどであるが、その大きさ以上の威圧感が“それら”にはあった。

耳障りなうなり声と、何より恐ろしいのはその目が“独眼”で邪悪な赤い瞳をしていること。



「あれは…………アンピプテラ!」



屋敷にあった文献で一度目にしたことがある。


ーー邪竜アンピプテラ。竜種の中では比較的小型、とはいえ竜種自体が例え一体でもパーティを組んで討伐するべき強敵だ。


四年間引きこもっていたおかげでこういった知識だけには割と自信があるけど。


ーーその恐怖を実際に目の前にすれば、もはや知識なんて何の役にも立たない。


震える手、それをメリーに勘付かれないよう固く握りしめる。

さらにそれを彼女のしなやかな指先が優しく包む。



「ニア……大丈夫。あれくらい私達なら楽勝、すぐ倒してデートの続きする」


「あ……あぁ!」



僕らの頭上を絶えず飛び回る邪竜。

そこへ先手必勝と言わんばかりにメリーが風の斬撃を放った。


吹き荒れる旋風、その余波だけでも風撃の魔法に匹敵する威力だ。貰った風耐性の指輪が風避けとして大いに役目を果たす。


ーー本当にメリーには助けられてばっかりだな。


刃となった疾風は周囲の風を集めながら飛んでいき、邪竜を数体まとめて切り伏せる程の大きさに拡大していった。


しかし、敵も指をくわえて攻撃を待っていてはくれない。

斬撃は正面にとらえた一体のみ両断、まとめて一網打尽とはいかなかった。


ーー僕も負けてられない!


メリーに負けじと左手に魔導書を開き、右手で杖を構える。



「獄雷閃!」



魔導書で詠唱を省略し、黒杖で魔法陣を固定。

展開された深紅の魔法陣は邪竜を飲み込むのに十分過ぎる大きさだ。


ーーけど、硬い鱗を持つ竜種にどこまでダメージが通るだろうか。


針林ダンジョンでも獄雷撃を耐えるモンスターが何体かいた。

獄雷撃については僕もまだ分かっていない部分が多い。


ただ、そんな僕の心配をよそに、放たれた緋色の閃光は逃げ遅れた一体のアンピプテラを跡形もなく消し去った。



「よし、やれる!」



まずは順調にそれぞれ一体ずつ仕留めることが出来た。

獄雷閃が竜種に通用すると分かっただけでも一つ大きな収穫と言ってもいいだろう。


それでも、まだその総数を把握するには至らない。

そして仲間のかたきを取ろうとでも言うのか、残りのアンピプテラが一斉にこちらへ照準を合わせ向かって来る。



「ニア、どっちが多く倒せるか勝負」


「の……のぞむところだ!」



珍しく挑発的な笑みを浮かべたメリー。

僕もその誘いに乗り、邪竜討伐数レースのゴングがなった。


射程と範囲を考えれば僕の獄雷撃が圧倒的に有利。

しかし、僕は既に魔力を相当量消費している。


ーーあまり無駄打ちも出来ない。


それに先程の一体を仕留めた時、想定していたよりも魔力の還元を得ることができなかったのだ。


対するメリーの斬撃は無尽蔵かつ即時連発が可能。

それほど楽観していられる状況でもないのだが、これは面白い勝負になりそうだ。



「風、お願い」


「獄雷閃!」



再び両者一斉に攻撃を放ち、メリーの斬撃が一体、僕の魔法が二体の邪竜を同時に撃退。

早くも一歩リードかと思えば、すぐに二体目を切り伏せるメリー。彼女の得意げな視線が憎らしくも愛らしい。


それでもなお十体以上のアンピプテラが上空でひしめき合っている。


ーーそこで、恐れていた変化が訪れた。


数体の邪竜が群れを離れ、街中へ降下を開始したのだ。



「まずい!」



階下で響き渡る怒号と悲鳴、それはまさに阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえず

先刻まで活気に満ちていた露店街の姿は見る影もない。



「ーーーーーーーーーー!」



そこへ助けに向かおうとする僕達二人を阻むように三体のアンピプテラが急襲。

凶々まがまがしい一つ目が真っ直ぐにこちらを見据える。


目が合うと先ほどにも増して恐ろしい。

それでもその威圧感に気圧けおされないよう、僕は視線を逸らさないまま魔法の詠唱を始める。



「獄雷閃……!」



その閃光は常に一定の速さ、一定の範囲で対象へと向かう。

邪竜達もその効果範囲を学習し始めたのか、僕が放った渾身の一撃はついに敵の回避を許した。


ーーかわされた⁉︎


なお高速でこちらへ向かって来るそれらは三位一体さんみいったいとなり、連携してこちらの意識を撹乱かくらんする。



「任せて!」



刻々と距離を詰める三体の邪竜、そこへ風の斬撃で応戦するメリーだったがまたしても不発に終わった。


ーーが、斬撃の余波に煽られたアンピプテラ達はまんまと陣形を崩して減速。



「獄雷閃!」



とどめの魔法が三体全てに致命傷を与えた。

どうやら“連携”の面ではこちらに部があったようだ。



「さすがニアの魔法、かっこいい」


「それを言うならメリーの方こそ」


「ちなみに今のは私も協力したからノーカン」


「だね」



僕達が三体のアンピプテラに足止めを食っている間にも、状況は悪化の一途を辿る。


残り十体程度の邪竜達が街中を襲い、別行動をする一体が“黒ずくめの男”を連れ去っていたのだ。



「やられた!」


「むぅ……今は残りを倒すのが優先、二手に分かれる」


「そうだね!」



召喚されたアンピプテラは男の仲間が仕向けたものだった。タイミング的にもそれ以外は考えられない。


ーーこの期に及んでも、殺さないで済むならその方が良いと心の片隅で感じている僕はやっぱり甘いのだろうか。


いずれにせよ、今は目の前のモンスターを倒すことに集中だ。


残る邪竜の数はおよそ十体。


露店街の被害は未知数。


ここからは時間との戦いだ。

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