第2話 聖女の忘れ形見は忘れられない
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・皇帝別宅==
ーーニア……お前には失望した。もう私の前に姿を見せるな。
皇帝、ギア・ヴァルトールの言葉を思い返していた。
父、ギア・ヴァルトールの冷たい目を。
どれだけ月日が経とうと忘れることは出来ないだろう。
「あれからもう四年も経つのか」
事実上の追放を言い渡された僕は、王城から遠く離れた街“ブリスブルク”の別宅に住まいを移していた。
十五歳の成人にも満たない子供を身一つで追い出すほど冷酷ではなかったようで、僕は無事に十四回目の誕生日をこの別宅で迎えた。
「お食事の用意が出来ております」
「うん、ありがとう」
ーー夕食前の会話はそれだけだった。
誕生日といっても取り立てて何かがあるわけではない。
ここで働く世話役達は僕に興味がないのだ。
落ちこぼれの僕に良い顔をしてもメリットがない。
当然ながら皆それを理解している。
彼らは彼らで、貧乏くじを引かされた被害者という訳だ。
まぁどうせ来年まで、あと一年だけの関係。
ーー来年の成人を迎えればきっと僕はここを追い出される。
それまでに今後の身の振り方を考えておかなければならない。
「さて、どうしたものかな。読書や勉学は人一倍こなしてきたつもりだから学者や研究者、教師となれるようなコネを作るか。あるいは……」
そう呟いてはみたものの、本当はもう心は決まっている。
「冒険者として旅に出るか」
王城で様々な文献に目を通し、僕は外の世界に憧れた。
このアストレーリャ大陸には
天を突く塔、瘴気を放つ山、人喰い森、謎の迷宮。
中には最近ダンジョンと呼ばれるようになった場所もあるらしいが、共通しているのはそこが“モンスター”の
ーー力無き者は
それでも人々がダンジョンを目指すのは、モンスターから得られる素材と魔境が織りなす
“期限付き”で平和を保証されてきた現在の大陸において、ダンジョンは
僕はそんなダンジョンを冒険者として探検したい。
大人達は北端の先に続く“魔王領”のこととか、あと一年で破られる“結界”だとか、魔王軍の侵攻を食い止める“使命”だとか騒いでいるようだけど、僕にとっては心底どうでもいい。
何より僕は追放された身だし、好きにさせてもらう。
だけど、僕には決定的に足りないものがある。
ーーそう……僕には力が無い。控えめに言って無能だ。
これまで魔法も剣も何もかも“妹達”に負けてばかりだった。
長女のリアは“聖女の生き写し”と称され、高位の光魔法と再生の奇跡を扱うことが出来る。
次女のシアは幼くして“剣聖”と呼ばれるほどの鬼才。
その身体は傷を負う事がなく、対人では負け無しだ。
そう、僕と違って二人はまさしく聖女の再来。
“聖女の忘れ形見”と呼ばれるに相応しい存在だ。
対して僕は能無しの
大陸最強の帝国魔法使団の教育を受けながら能力が開花せず、皇帝である父親に見放され、妹達には見下され、今も別宅敷地内の裏山で秘密の特訓を続けているが成果は今ひとつ。
ーー何しろ、魔法を使おうとすれば“変な声”に邪魔をされてろくに集中することが出来ないのだ。
<<まだ時ではない……いずれ時は来る>>
魔法の詠唱に集中すればするほど、その言葉が頭に響き続けて激しい耳鳴りとともに僕の神経を逆撫でする。
女性の声で、酷く冷たい口調。
僕の全てを否定するように、僕が凡人であることを喜び嘲笑っているように脳内をマイナスの感情で埋め尽くしていく。
今ではそこに、父や妹達の冷ややかな視線までのしかかる始末。
それでも四年間の修行で、基礎魔法の“創水”と初級魔法の“炎撃”だけはなんとか使えるようになった。
とはいえ程度で実戦で使えるレベルではなく、剣の腕はさらにお察しだ。
聖女の力だけじゃなく、僕は
ーーそれでも……それでも僕は。
「冒険者として成功して、あの父を見返してやるんだ……!」
僕、ニア・ヴァルトールは冒険者になるという決意を再び強く心に刻む。
ーーそしてその夜、僕はとある夢を見た。
<<ついに時は来た……
頭に響く声、だけど今までとは全く違う。
神々しくも美しい、優しい女性の声だ。
女神か天使かーーもしかすると顔も知らない母の幻影なのか。
視界は暗いまま、何も分からないが嫌な感じはしない。
むしろ柔らかな温もりを感じるほどだ。
声はさらに続いた。
<<時は来た……針の森が我らの怒りに触れる。其方の決意に恐れ震える。やがて風と共振し嵐を巻き起こす>>
その声が何を意味するのかーー全く理解出来ないまま、僕はいつになく安心して深い眠りについた。
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