毎年義理チョコをくれる幼馴染みがいるんだが、今年はどうにも様子がおかしい。

こがゆー

バレンタインチョコ。


バレンタインデー。



それは、男にとって一年で一番の勝負どころと言っても過言ではない行事である。


普段の頑張りの成果が目に見えて表れる、ある者にとっては嬉しい、またある者にとっては残酷なイベント。


個人的には、毎年死屍累々の友が多い気がする。




今年もそんな時期がやってくる。



気にしてない感じを装って女子をチラチラ見るやつ。

「バレンタインデーなんて興味無いね」なんて強がりを言うやつ。

急に女子に対して優しくなるやつ。

素直にチョコをくれと周りに懇願するやつ。



例によって、馬鹿な男子諸君はあの手この手知略(恥略)を巡らし、武勲を立てようとしていた。



愚かなものだ。そんなこと、焼け石に水。結局、骨折り損のくたびれ儲けになるのがオチだろうに。


俺?


俺はいいのさ。


なぜなら、今年も幼馴染から義理チョコが貰えるから。




俺の家の隣に住んでいる高橋優衣奈は、幼稚園以来からの付き合いがある、いわゆる幼馴染というやつである。同い年ということもあり、昔から、家に遊びに行きあうくらい仲は良かった。


そんな彼女は、はっきり言って可愛い。目鼻立ちはぱっちりしていて、色白。ショートボブがよく似合っている。その朗らかな性格と笑顔も相まって、小学校、中学校、そして高校生になった今に至るまで、数多の男子を虜にしてきた。


当たって砕けた悲しい漢どもは、やがて3桁に達する。



さて、そんな彼女ではあるのだが、小学3年ぐらいからバレンタインデーにチョコレートをくれるようになった。


当時、初めて貰ったときは本命かと勘違いしたものの、渡された際の一言は、


「辰巳くん、義理で悪いんだけど、良かったら食べて。ほら、チョコ欲しいって言ってたでしょ?友達に作った分の余りでごめんね。」


それで本命は高望みしすぎたのだと悟った。



本命で無かろうが、貰えたのは純粋に嬉しかったので、ありがたく頂いた。美味しかった。

もちろん貰いっぱなしは良くないので、ホワイトデーにしっかりお返しはすることに。


そんな感じのやり取りをかれこれ8年ぐらいしている。



話を戻そう。今年もバレンタインデーがやってきた。幼馴染が俺の部屋に来た。そこまでは良い。


しかし、一向にチョコを渡してくれる気配が無い。


例年なら、部屋に来たときにさっと渡してくれて、そこから遊び始める。


しかし、どうしたことか。優衣奈は、ただ座ってニコニコしているだけではないか!


何分その状態だっただろうか。その謎の空気に耐えきれず、思わず俺は口を開いた。


「あの、優衣奈?」

「どうしたの、辰巳?」

「ええと、あの、その。今日ってなんの日かなぁ....なんて。」

「うふふふ、辰巳くん、面白いこと聞くんだね。今日が何の日かって?決まってるじゃない。第一回箱根駅伝が開催された日よ。」


あれ、どうにもおかしい。バレンタインデーを全力ではぐらかされた。それに、言葉の端々に怒気を孕んでいる気がする。いや、怒気ってよりは凄味って感じではあるのだが。

つーか、箱根駅伝の下りは完全に初耳だわ。



「あの、優衣奈さん、もしかして、怒ってる?」

「いやいやまさか。私が?辰巳くんに?いやいやまさか。」


やっぱり怒ってる。


付き合いの長いからこそわかる機敏。


「ええと、ごめんなさい。」


こういうときは、素直に謝るに限る。


「だから怒ってないって。」

「いや、怒ってんじゃん。」

「ううん、怒ってないよ!」

「怒ってる」

「怒ってない。」


そこで俺は、彼女が何に対して怒っているのか分かった。


「...................毎年義理チョコ貰えるのが当たり前と思っててすいませんでしたぁ!!!!」

「.............だから怒ってないし.................帰る!」


急に頬を膨らまして立ち上がった幼馴染み。あれ、怒りの論点なんか違うっぽい。

しかし、このままではいけない気がして、思わず手首を掴む。


「.......離して。」

「嫌だ。」

「なんでよぉ。」

「怒ってるから。なんか俺が悪いことしたんなら謝る」

「だから怒ってないってばぁ」

「ごめん」

「.....怒ってない。」

「完全に怒ってる。何年の付き合いだと思ってんだ、バカ。」


「.................」



沈黙が場を支配する。






暫くお互いに顔を突き合わせていると、彼女は観念したかのように口を開いた。


「ホンっと、こういうところは鋭いくせに、肝心なとこで昔っから気が回らないよね、アンタ。」

「ええと、ごめん?」

「はぁ。辰巳のバカ、アホ、マヌケ。」

「それはちょっと酷くない?」

「ひどくない。少しは察したら?」

「..........」

「アンタのそういうとこが嫌い。」

「えぇ...!?」

「毎年毎年、私辰巳にしかチョコあげてないの気付きなさいよ......」

「!?...え、でも最初にくれたとき、『友達に作った分の余り』って.......」


そこまで言いかけて、ふと優衣奈を見ると、真っ白な肌が朱色に染まっている。



「もしかして......今までのって、全部、本命......だったり.......?」




彼女は消え入りそうな声でこう答えた。



「気付きなさいよ、バカ。」






ヤバいな。滅茶苦茶可愛い。



「はあ、こりゃあ完全に俺が悪いわ。ごめん。」

「うん。辰巳が悪い。」

「だから、その責任を取って、一言言わせてくれ。」

「ふふーん。謝ったからってそう簡単に許すとで」

「好きだ。ずっと好きだった。俺と付き合ってください。」


「なっ!?.........................へ?」


「お前に告白して振られるのが怖かった。そうだよ、卑怯だよな、俺。」

「ち、ちょっと、待っ」

「待たない。ここまで後手に回ってたんだ。これ以上待ってたまるか。」

「で、でも、心の用意が」

「知るか。ここまでお前にさせたんだ。こっからは俺の番だろ。」


そう言って幼馴染を強引に胸に引き寄せる。ほのかに漂う彼女の香りが鼻孔をくすぐる。


「あ、え、と、た、辰巳?」

「改めて言わせてくれ。大好きだ。愛してる。」

「わ、私も........辰巳のこと、好き。」

「大好きじゃないのか...」

「うるさい!!こんな辰巳、知らない!」

「そりゃそうだろ。漢ってのは然るときに見せなきゃ意味ねーし。」

「狡い。」

「ああ、ずるい男さ。んで、返事をまだもらってい。付き合ってくれるか?」

「か、考えさせて!!」

「バレンタインチョコは?」

「あ、あげない!!」











結局、今年のバレンタインデーはチョコを貰えずじまいだった。



代わりに、世界一可愛い恋人は出来たが。






「うるさい!!!」





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毎年義理チョコをくれる幼馴染みがいるんだが、今年はどうにも様子がおかしい。 こがゆー @kogayu

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