第138話 劉備入蜀 Ⅲ

 「りゅ、劉備軍が襲ってくる!これはまずいぞ」


 張任などが撃破されたことを知って劉璋は慌てて側近を呼び、


 「張魯に使者を出すんだ。五斗米道の力で劉備を追い返してほしいと」


 などと言って一度劉備と共に山奥に撃退した張魯に復権を望んだ。

かなり都合のいい話ではあるが、復権を望む張魯にとっては良い話だった。


 張魯は龐徳ほうとくという猛将を客将として従えて挙兵し、再び漢中に割拠。

しかし、張魯に劉璋を助ける気はなく、独自の活動を展開した。


 「張魯め!なにゆえ助けに来ないのだ!」


 劉璋は怒りを爆発させたが、どれだけ怒っても仕方がない。

重臣の法正らは降伏を進言した。


 「むむむ、仕方ない・・・」


 成都を包囲されたところで劉璋は降伏。

劉備は巴蜀を手に入れたのである。



 成都に入城し益州の太守となった劉備だが、その益州の北部である漢中ではゆゆしき事態となっていた。


 「丞相様、この張魯。全身全霊で丞相様にお仕えいたします」


 五斗米道の張魯が曹操に臣従しこれを招き入れたのだ。


 「うむ。そなたの地域には劉備玄徳とかいう盗人が入ったそうじゃないか」


 「はい。彼らは劉璋を降伏させて巴蜀を制しており脅威です」


 張魯の言葉に曹操は持っていた扇をパチンと鳴らして自信満々に話す。


 「劉備はこのわしに勝てたことが一度もない。奴はただ逃げ回っているだけだ。ただ、もう逃がさない。漢中より巴蜀に攻め込む。巴蜀が劉備の下で固まらぬうちにな」


 こうして、曹操は夏侯淵に大軍を授けて劉備討伐の号令を出した。


 一方の劉備も先手必勝とばかりに漢中に攻め込み漢中の中心都市、武都を落とすなど、張魯の領土を侵食。


 そんな中、夏侯淵を大将、張郃を副将とする大軍が漢中に到着し、定軍山に布陣。

両軍相まみえた。


 「劉備様、この黄忠に先陣をお申しつけくだされば、必ずや夏侯淵の寝首を掻いてごらんに入れましょう」


 対陣中のある夜。

劉備軍本陣に主だった武将が集まって軍議を開いていた。


 その議題はいかに夜襲を成功させるか、だ。


 この場には風魯の姿もあった。


 (別に参加したくはなかったけど、孔明殿が居てほしいっていうからなぁ)


 風魯はそんなことを思いながらふわぁっと欠伸をかく。


 「風魯大将軍、重要な軍議で欠伸とは何事か」


 黄忠が風魯に注意する。

彼は真面目でお堅い武将であり、風魯は彼のことを好きではない。

 そんな感情がある中で注意されたので、風魯も嫌な気分になって思わず一言。


 「そんな黄忠殿ももうすぐ70歳でしょ?その老体で戦場に出て行って活躍できるの?」


 これに黄忠はカッとなって、


 「この私をおいぼれと申されるか。なら、戦場にて獅子奮迅の活躍をするまで!」


 と大声で言った。


 これに劉備は孔明の顔を見る。

孔明は頷いた。


 「分かった。黄忠に夜襲の先陣を任せる。夜襲は勢いが肝心ぞ。皆の者、黄忠に続け!」


 夜はまた深まり、黄忠を先頭とする劉備軍が定軍山の斜面を駆け足で登っていく。

曹操軍は夜襲など考えもせず眠りについていた。


 「我は黄忠なりっ」


 静かな夜に大音が響く。

黄忠が名乗りをあげながら曹操軍に突入したのだ。


 「者ども!黄忠に続けぇぇ!」


 その後ろを張飛や魏延、馬超などが続く。

この夜襲に曹操軍は慌てて槍を持っても暗闇の中で同士討ちを始める始末。


 「うぬぬぬぬ、撤退だ!」


 定軍山の頂上に陣を構えていた夏侯淵は撤退を命令したが麓一帯を劉備軍に囲まれてしまい万事休す。


 「夏侯淵!覚悟せいっ!」


 「ぐぁぁぁぁ!むぅ、無念・・・」


 夏侯淵は本陣に突入した黄忠によって斬られ、副将の張郃は残兵をまとめて退却。

曹操軍にとって重鎮の夏侯淵の戦死はかなりの衝撃であった。


 また、張魯を漢中から追い出した劉備は益州を平定。

劉備が初めて曹操に勝ち、益州を制したこの定軍山の戦い。

 この戦いで一番の功労者は黄忠だが、その黄忠が力を発揮できたのは風魯の所為なため、影の功労者は風魯だったのである―



 ※人物紹介


 ・龐徳:元馬超配下、馬超敗走後張魯に従い、次いで曹操に招かれる。劉備と曹操が激突した樊城の戦いで壮絶な最期を遂げた。

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