第92話 報われる善悪 Ⅰ
「なに、涼州で不審な動きとな?」
雍州からの報告に曹操は苦々しい顔をする。
中華西部で涼州や益州と接し、西域への入口である長安を州府とする雍州。
そこからの知らせとあって確実性がある情報だ。
「その首謀者は馬騰か」
「はい。馬騰を筆頭に
「・・・・・・」
曹操はしばらく黙り込む。
今は曹操軍のほぼ全軍がここ、揚子江の地に集結している。
涼州方面はがら空きのため、軍団を派兵したかったが馬騰の率いる西涼騎は侮れず強い。それに対応しうる軍勢となると、そこそこの規模になるはずだ。
(それらを派兵しても依然として大軍が残るが、孫呉もまた侮れない。はて、どうしたものか)
曹操は自分一人で決断を下せないと判断し、意見あるものは手を挙げよ、と幅広く意見を募った。
すると、これにある青年が手を挙げた。
その青年は鄧艾である。
曹操の直臣となっていた彼だが、その位はかなり低く、活躍の場は少なかった。
そういったこともあり、今回は自らの力を発揮する好機と目を見開かせていた。
「うむ、鄧艾。意見を述べよ」
曹操は彼に発言を許可する。
「は、はい!こ、ここは大軍でなくてもいいので、涼州に派兵し、彼らを思いとどまらせるべきです」
「馬騰などは我々が手薄なのを見て動き出しました。つまり臆病なのです。よって、大軍でなくとも大軍襲来と噂して行軍すれば、彼らは鳴りを潜めるでしょう!」
鄧艾は自信満々に述べたが、曹操には不安が残る。
「待て待て。仮に一回は思いとどまったとしても、涼州に進軍したその時に我らの陣容は見るはずだ。それで思いのほか少ないとあれば、結局同じことになる」
と、曹操は不安を述べたが、鄧艾がまた発言すると曹操は表情を変えて、
「そうかそうか!実に君らしい意見だ!」
と手をたたき、即採用となった。
こうして、曹操軍は徐庶を大将とした一部隊を編成し涼州へと向かった。
その兵数は馬騰の兵力よりも少ないものであったが、大軍襲来と噂しながら行軍すると、涼州の金城に着いた頃には馬騰が平身低頭、従軍していた。
そう、馬騰らは噂だけで怖気づき、従ったのである。
しかし、彼が曹操軍の兵力の少なさに気づくのに、そう時間はかからなかった。
(大軍と聞いていたが、なんだこの寡兵軍団は。これなら倒せる!)
と馬騰や韓遂は息巻いたが、そんな中、物見からのある報告に両者は唖然としてしまう。
「なに?曹操軍の兵士たちが水路を掘っている?」
はるか南東の方から来た曹操軍が乾燥した涼州の大地を潤すため、自らが工夫となって豊かな地域から出る水路を掘り始めたのだという。
この涼州はその大半を砂漠が占めるが、一部、黄河が潤す地域がある。
だが、そこに住む住人以外は毎日、水と食料を調達するのに苦しんでいた。
おまけにここのところは干ばつがひどくなっていたので、郊外では飢える者が続出する有様である。
そんな中、曹操軍が鄧艾の提案によって掘った水路が恵みをもたらし、食料を得るのはまだ先としても、飲み水に困ることがなくなり、また来年秋の収穫も見込めるようになった。
これに周辺住民や末端の兵士は曹操軍に感謝する状態となり、馬騰が挙兵を通告しても、
「なんであんないい人たちに刃向かうのだ!それにあんたたちこそ、これまで我々に何をしてくれた!?ただ、飢えるのをほっといていただけじゃないか!」
と反発し、それでも曹操軍と戦うなら彼らに味方すると言い出す始末。
結局、立ち向かえるほどの兵力が集まらず、計画は断念することになった。
さらに韓遂などは自身の地元の村も干ばつから救ってくれたことに感謝し、馬騰と決別。
仲間に見放された馬騰もまた、曹操軍に刃向かう意思を失ったのである。
こうして、徐庶はしばらく駐屯した後、想定より早く帰国の途についたが、その後ろ姿を拝む住民もいるほどであった。
これが鄧艾にとって初めての功績となり、また軍内でも一目置かれるようになった。
彼は徐庶と一緒に涼州へと行く予定でいたが、荀彧によって引き留められ、徐庶のみの涼州行きとなった。
だが、これは鄧艾にもう一つ、仕事あるということを暗に示すものなのである―
※人物紹介
・韓遂:涼州に割拠する武将、漢王朝に度々叛旗を翻してきた。
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