第65話 風魯太守計画 Ⅱ

 「蔡瑁っ!お主が劉備殿を殺害しようとしたとの報告を聞いて、わしは憤っておるのだっ」


 劉表は重臣の伊籍いせきから蔡瑁が起こした事件を聞き、激怒していた。

なお、伊籍は蔡瑁との仲が悪いからか話を幾分か盛ったようである。


 「申し訳ございません!どうか命だけは・・・!」


 怒る劉表に蔡瑁は平身低頭で謝り、重臣の蒯越かいえつのとりなしによって事なきを得た。

そんな蔡瑁だが、既に劉表一族には愛想をつかしていたので、曹操に接近している。


 (曹操は荊州の地勢に詳しくない。だから自ずと俺が重宝されるはず・・・)


 蔡瑁は曹操の下で荊州を支配しようと考えていた。

しかし、よくよく考えてみると現実的ではない。


 (待てよ、あの曹操という男がこの俺に権力を与えるか?そう考えると得策ではないような・・・)


 彼は劉表に叱られたその帰り道でも、荊州を支配するための最善の策を考えている。


 (そ、そうだ・・・!江南に風魯という男がいた!あいつを劉表死後に荊州の太守に担ぎ上げよう!そうすれば曹操も孫権もそして劉備の奴も手出しができなくなる!)


 蔡瑁が導き出した最善の策、それは劉表の跡取りを追い出して風魯を荊州の太守にしてしまうというものだ。


 そうすればなぜか風魯を良く扱う曹操、そして風魯に恩がある劉備、孫権らが荊州に攻めてくることがなくなり、さらに風魯の下なら実権を握れる、というものである。


 (さらにさらに、風魯には子がいない。つまり彼の死後には俺が名実ともに支配できる・・・!)


 蔡瑁の妄想は膨らみ続け、笑いが止まらなくなった。


 (よし、こうなれば準備しておくに尽きる。風魯に向けて荊州へ引っ越すよう一筆書こう)


 自邸に戻った蔡瑁は落ち着く間もなく筆を手に取り、手紙を認める。

その内容は遠回りな文章ではなく、正直に計画を打ち明けるものであった。


 (聞くところでは風魯は鈍感であるという。ならば、これくらいまっすぐに書いた方がよかろう)


 そして手紙を書き終えた蔡瑁は配下の魏延ぎえんにその書状を持たせて江南の風魯邸へと運ばせたのである。



 (ん?なんだ、この手紙は・・・?)


 蔡瑁の使者、魏延と名乗る者から手紙を受け取った俺はその内容に動転する。


 「えっ、こ、この私を荊州の太守にっ!?」


 俺は思わず声をあげてしまい、それは隣の応接室で返書を待つ魏延にも聞こえた。


 (なんだと、蔡瑁はそんな計画を立てていたのか!?)


 魏延は蔡瑁の配下だが、若くして才能に溢れ将来を嘱望されながら配下になったので未だに使い走りという現状を不満に思っている。

 その不満は蔡瑁へと向いていたので、彼は近々蔡瑁を見限るつもりでいるのだ。


 そんな矢先に絶対に中を見てはいけないという書状を渡され、最後の仕事と思ってここまで来たが、思わぬ形でその内容を知り、話さずにはいられなくなった。


 (そうだ、この内容を知って一番得をする人物に話せばその人に仕えることができるかもしれない)


 そう考えた魏延は風魯から返書を渡されると、それを蔡瑁ではなくある男の下へと渡した。


 果たして、その男とは誰なのであろうか―



 ※人物紹介


 ・伊籍:劉表の重臣、後に劉備の臣となり馬謖らを推挙した。

 ・魏延:劉表の陪臣、後に劉備に従う。

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