第44話 小覇王の死 Ⅲ

 「え、兄上が!?」


 孫策瀕死の知らせにその弟、孫権は兄のもとへ駆けつける。


 

 「孫権はあるか・・・」


 「はい、ここに」


 孫権は兄の呼び声に反応し前に進み出る。

孫策を撃った雷は骨の髄まで突き破るようであり、

先が長くないのは明らかであった。


 「これから遺言を託すからよく聞け」


 孫策兄弟の周りには孫呉の重臣が居並ぶ。

その多くが于吉の信者で、


 (于吉様の仰る通り孫家も終わりか・・・)


 と思っているようだが、信者の中でも反応が極めて違う者が二人いた。

孫策はその二人も呼びつけて孫権に伝える。


 「いいか、孫権。おぬしはまだ若いから行き過ぎるかもしれぬ。

だが、その行き過ぎが国を亡ぼすことも否めないから、

内政は張昭ちょうしょうに、外交や軍事は周瑜に図ってから動くようにするのだ」


 孫策はまだ二十歳にもなっていない孫権の初々しい顔を眺めながら諭す。

今名前の挙がった張昭と周瑜は于吉の信者ながら孫策の死を泣いて悲しんだ二人だ。


 (張昭と周瑜はしっかりと物事の真実が見えている。

彼らなら間違いなく我が弟を導いてくれるだろう・・・)


 そう、孫策は気づいていたのだ。

この于吉事件の裏に曹操がいるということを・・・


 「この張昭、よく孫権様をお支えする所存です」


 孫策の遺言に張昭は頼もしい答えをする。

彼は江南でも名の知れた識者でかつては書斎で勉学に励んでいたが、

孫策自ら礼を尽くして陣営に迎え入れたものである。


 「孫策様、ご安心ください。この周瑜もまた、

孫権様も全身全霊で補佐いたします」


 時間ギリギリで赴任地から駆け付けた周瑜もまた、

非常に頼もしかった。


 「孫権よ、この江南には多くの良臣がいる。彼らの意見をよく聞き、

我らが孫家を盛り立てていくのだ」


 「はい、兄上・・・!」


 孫策は弟の手を握りしめ、そしてすっと力が抜けていくように

この世を去った。

 彼は文武に秀で、一時衰退した孫家を再興させたことからついた渾名は、


 「小覇王」


 であった。


 彼は人生のうちに真の覇王になりたかったのだと推察されるが、

それは遂に叶わなかった。

 だが、その野望を引き継げとは一切言わなかったという。


 彼の死後、孫権はしばらく嘆き悲しんでいたが、

それを剛直な性格の張昭が一喝する。


 「何をいつまでもくよくよしておられる!

あなた様は孫家を率いるお方!新君主としての威厳を示すのです!」


 張昭の一喝はかなり効いたようで、以降孫権は堂々と振る舞うようになった。


 (やはり我々の意見は間違いであった。曹操なんかに屈してたまるか!)


 孫権の姿勢に于吉の信者である重臣も心を入れ替え、君主に尽くしていく。


 いよいよ、孫呉も再出発をきったわけだが、

そんなある日のことである。


 「孫権様」


 周瑜と張昭が二人そろって孫権のもとを訪ねる。


 「二人とも揃って、どうしたのだ」


 「一つ言い忘れていたことがあります」


 周瑜が孫権に伝えたのは、孫家の先々代である孫堅と玉璽の話である。


 「この乱世を生き抜く上で、味方を作るのは非常に重要なことです。

それには恩を忘れないのが肝要ですから、孫権様も孫家再興には

風魯大将軍の存在が欠かせなかったということを忘れずにいてください」


 まさかのここで俺が登場。


 「なるほど、この縁は大切にしなくてはなるまい」


 孫権の言葉に二人は頷く。

かつて孫堅が口にした”この恩は末代まで忘れないだろう”という言葉は

確かに受け継がれているのであった。



 ※人物紹介


 ・張昭:孫呉屈指の知識人、剛直な性格で孫権に嫌われることもあったが、

それでも忠誠を尽くす。

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