第43話 小覇王の死 Ⅱ

 三国志の物語には何かと怪しい奴が登場してくる。


 孫策の国土を訪れた于吉うきつという仙人もその一人だろう。


 「おお!于吉様がいらっしゃるぞー」


 「ああ・・・!于吉様に会えて私はなんて幸せなのでしょう!」


 彼は中華全土に信者を持つ仙人でいつもは行方も知れないが、

突然江南の地に現れたので民は驚喜した。


 仙人はそういった者たちの歓迎を各所で受け、

また、その時々でこの乱世ももうじき終わると説く。


 「もう少しの辛抱じゃ。この乱世もそうそうに治められるだろう」


 仙人は江南のどこへいっても同じように答える。

これに庶民たちは誰が平定するのか、と聞くが


 「もう既に言っているではないか」


 と返ってくるのみである。


 (はて、于吉様がその人の名前など申していただろうか?)


 話を聞いた者たちはしばらく悩んだが、

閃いてしまえば簡単なことだった。


 ”この乱世もそうそうに治められるだろう”


 これのそうそうは早々、ではなくて「曹操」であったのだ。


 「そうか!次の王朝は曹操によって建てられるのか!」


 仙人の信者はたちまちそれを信じ、曹操の治める国土に

移住する者まで出てくる始末。

 当然、国主の孫策は納得がいかない。


 「これは酷いでたらめだ」


 孫策は于吉を処刑しようとしたが、彼に仕える重臣たちがこぞって諫める。


 「まさか于吉様がでたらめなど言うはずがありません」


 「そうですとも、ここは天下人になる曹操に従うべきです。

それが世の中の流れであると于吉様が仰せなのですから」


 重臣たちもその多くが仙人の信者なので、

処刑を諫めるどころか曹操に降伏しようとまで言い出すではないか。


 この惨状を聞いた曹操は面白いように作戦がはまるので笑いが止まらない。


 「ワハハハハ!やはり俺が于吉を送り込んだのは正解であった!

今に処刑を主張する孫策は重臣らの離反に遭うだろう」


 曹操とは酷い男である。

多くの信者を抱える于吉を利用して孫呉の崩壊を企むのだから。

 でも、曹操は一切悪びれない。


 (これが俺のやり方だ!)


 そう言わんばかりであった。


 

 「ふん、では于吉に伝えろ。雨乞いをして十日以内に雨を降らせれば、

お前を助命してやる。だが、もし降らせることができなければ処刑いたす、とな」


 孫策は孫家の崩壊を防ぐために于吉にそう命じる。

これでもし、雨が降らなければ皆が信じることもなくなると考えたので、

そうなれば処刑も容易である。


 その一方で雨を降らせれば生かすことになるが、

孫策は雨が降らないと確信していた。


 なぜなら、ここしばらく干ばつが続いており一滴の雨も降っていないからだ。


 (まさか急に降ることもあるまい)


 そう思うのである。


 こうして于吉の雨乞いが始まったが、一向に雨は降らずに九日が経過。

そして遂に残り時間も半刻(一時間)となった。


 (やはりでたらめであったか。今日も空は快晴だし雨の降る気配すら感じない)


 こうして孫策は半刻を残して処刑を命じた。

この早とちりに重臣らは反論したが聞き入れない。


 「よし、祭壇に火をかけよっ」


 遂に于吉は籠っていた祭壇ごと燃やされて炎の中、絶命した。


 すると、急に空が怪しくなりだしたかと思うと、


 ゴロゴロゴロ・・・ドカーン!!


 雷鳴と共に激しい雨が。

その雨は燃え盛る祭壇の火をも消してしまうほどだ。


 「ああ―何ということだ・・・」


 時間ギリギリにこの雨が降ったので呆然とする孫策に一つの光る筋が。


 「うええええっ!!」


 于吉の呪いともいうべき落雷に会った孫策は気絶し、

城内に運ばれたのである。

 目が覚めた後、自らの死を悟った孫策は弟の孫権らを集めると

遺言を言い渡すのであった。



 ※人物紹介


 ・于吉:伝説?の仙人、彼を見ると民衆は大いに喜んだ、信仰を集める。

 ・孫権:孫策の弟、後に呉の国を興す、三国鼎立の英雄のなかで最も若年。

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