バレンタインまで待てない~一足お先に告ればよかった

北島 悠

第1話 玉砕! バレンタイン大作戦

 2月頭のとても寒かったある日の事。葉山裕美はどんな顔をして相原祐介に会えばいいのか分からず、ドキドキしながらバイト先のレストラン「マミー」へと向かった。


 裕美は昨晩、悲しくて一晩中泣いていた。それこそ涙が枯れて出なくなるかと思うくらい。なぜなら、愛する祐介が職場のアイドル、住田佳奈と付き合い始めたからだ。


 彼女はいい部屋ネットとかコロプラのCМに出ていた女優のH.Sにそっくりな顔で、ウエストがキュッと締まったスタイル抜群の女の子。


 モデルとか女優としてスカウトされても驚かないくらいの女性で、いわば職場のアイドルだった。愛する祐介がそんな女性と付き合い始めたのだ。


 顔はごく普通、デブと紙一重のぽっちゃり体形の裕美は、佳奈にかなりコンプレックスを抱いていた。



 バレンタインデーを直前に控えていたこの時期、裕美はある事を考えていた。それは、手作りチョコレートと一緒に「義理じゃないよ」っていうメッセージを添えて、祐介に渡そうと思っていたのだ。


 そして、それをきっかけに愛の告白をしようとしていた。名付けて「バレンタイン大作戦」だ。


 ところが、ちょうどそんな時期に祐介と佳奈が付き合い始めたという話を耳にしたのである。


 マミーでは、祐介と佳奈が付き合う事になったという話で持ち切りだった。佳奈と仲が良く、マミーのおつぼね様である藤森まどかが言いふらしていた。


 この日、裕美は祐介が出勤してから2時間後のシフトに入っていた。意を決して中に入ると、当たり前だが祐介がいた。


(あ~あ。ここで不機嫌な顔は出来ないよな。どうしよう)

「裕介おはよ。聞いたよ。佳奈さんと付き合う事になったんだって?」


「誰から聞いたの?」


「もう昨日からずっとその話で持ち切りだよ」


 この日の前日、祐介は休みだったのだ。


「よかったじゃん祐介。マミーのアイドルと付き合えるなんてさ」


「ありがとう」


 裕美は、必死で涙をこらえて平静を装っていた。どうしてもっと早く告白しなかったのか凄く後悔していた。


 祐介と裕美の関係を一言で言えば、いわゆる「友達以上恋人未満」という事になる。


 お互いに気持ちを確かめ合った訳ではないが、少なくとも裕美は祐介の事が好きだった。そして、きっと祐介も裕美を好きであるに違いない。そう思っていた。


 2人で色んな所へ行った。ディズニーランドや八景島みたいに、ただの友達同士ではあまり行かない所も。


 まさか女である自分から告白する事は出来ないから、ずっと遠回しに祐介に気持ちを伝えて来たつもりだった。でも、祐介は気づいてくれなかったようだ。


 まず、渋谷に買い物に行った時に、祐介とずっといっしょにいたかった。もっと言えば抱いて欲しかった。だからどこかで休みたいという意味で「疲れちゃったな~」と言ったのだ。


 ところが、祐介はこんな事を言い出したのである。

「こんなに長く買い物付き合わせてゴメンね。そろそろ帰ろっか」

 それで早めに帰ったのだ。


 更に、ディズニーランドに行った時、ホーンテッドマンションでわざと怖がる振りをして祐介に抱き付いた。もちろん自慢のデカいおっぱいを押し付けて。


 本当はおばけなんて全然怖くないにもかかわらず。それでも祐介はすずしい顔をして反応なし。どうやら祐介はおっぱい星人ではないようだ。


 

 裕美にとって一番辛かったのは、3日前に祐介のマンションに遊びに行った時の事だ。


 この時、裕美は腹痛のふりをした。もちろん遠回しに誘ったのだが。

 ところが、祐介は裕美が本当に腹痛になったと勘違いしたようだ。

「大丈夫か裕美。薬持ってこようか」


 裕美は、まさか祐介がここまで鈍感だとは思わなかった。こうなればもうこっちから告白するしかない。


 そこで、考えに考え抜いて出した結論が「バレンタイン大作戦」だった訳だ。


 ところが、そのすぐ後に祐介と佳奈が付き合い始めたのである。


 バレンタインデーにこだわったせいで、佳奈にタッチの差で先を越された事になる。


 裕美は他の誰よりも祐介を愛しており、親しい間柄になれたと自負していた。だから、もし相手が佳奈でなければ、きっとどんな事をしても奪いに行ってただろう。


 でも、さすがに職場のアイドル、佳奈じゃ勝ち目はない。完全に戦意喪失していた。


 佳奈は綺麗なだけじゃなくて、バレンタインの力を借りずに、あと少しのタイミングで告白出来るくらい強いメンタルと自信の持ち主なのだ。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第2話は、裕美が驚きの行動に出ます。お楽しみに!

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