甘い香り

一色 サラ

‥‥

 ジャズと、心安らぐ、時を過ごす。目の前に、置かれたカップから、甘い香りが漂う。ホットチョコレート。濃厚な味が全体に広がっていく。

 チョコレートを食べるときには違う味の深み。一口飲むだけで、仕事で使った頭の中に染み渡ってくる。この濃厚な甘さ。

 2月14日バレンタインデー、その日に、誰かに渡すではなく、三嶋みしま歩美あゆみは、自らにご褒美として堪能していた。

 仕事帰りの帰り道、喫茶店『アルト』に立ち寄った。甘いホットチョコレートをいつもバレンタインの飲むのが習慣になっていた。1年に一度、なぜかこの日に飲むことを勝手に決めていた。ホットチョコレートの作り方のが面倒で、店で済ませてしまう。

「三嶋さん、ここ座っていいですか?」

 会社の同僚で、2つ年上の津下つげ鞍馬くらまだ。淡い紺のスーツに、来ネイビーに白のラインが入ったネクタイをしている。清潔感のある人だ。いつも冷静で、どこか物おじしないイメージがする。スタイリッシュだから、女性にはモテるのだろう。

「どうぞ」

4人掛けの席に座っていたので、その前に津下が座った。

「どうしたんですか?ここによく来るんですか?」

「三嶋さんって、彼氏とかいないんですか?」

津下の声の急にトーンが変わってしまった気がした。

「今はいないけど」

「じゃあ、僕と付き合ってくれませんか?」

「えっ?!」

 歩美は困惑して、どう反応すればいいのか戸惑ってしまう。それに津下の少しイメージも崩れた。いつもの冷静さがない感じない。

「ごめんなさい、いきなりで」

「なんで、そんなこと言うんですか?」

「前から、言おうと思ってたんだけど、言うタイミングなくて。で、今日の会社帰り、三嶋さんに話しかけようと思って、後を付いて来たら、えーと」

 ここまで、付いて来ってこと。それに、話かけられなかったってこと。ここは会社から10分くらい歩いた距離。それも気づかなかった。なんか、ちょっと怖くなってきた。

「えっと、でも…。あまり津下さんのこと知らないし。付き合うとかはまだ」

社内恋愛と歩美の頭に浮かんんだ。でも断る理由も特にない。

「じゃあ1回、デートしてくれない。それから答え出してくれたらいいから。チャンスだけほしい」

「えっ、はい。それなら、別に…」

 もう、断る理由さえ思い浮かばない。バレンタインの日に男性に告白されるとは思っていなかった。

「それって、美味しいんですか?」

「あ、うん。バレンタインになったら、ホットチョコレートを飲みたくなるので」

「あっ、今日ってバレンタインでしたね。ごめんなさい」

 津下は一瞬俯いた。照れたような顔が映る。チョコレートの甘い香りがまた、深く感じがした。

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甘い香り 一色 サラ @Saku89make

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