第5話 深夜鈍行 臨時便
こんばんは。
蒸し暑い夏の夜空にキラリと光る、あなたの心のサザンクロス、満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。
この【深夜鈍行】、最後のオンエアが1年以上前。その間に新しい
さて、異例とも言える早い梅雨明けを各地で迎えた今年。初乗車のお客様も、リピーターの方々も、暑い毎日、いかがお過ごしでしょうか。
夏と言えば各地で多くの臨時便が走る季節でもあります。
本当なら走りたくない、走らせたくない、満っつる”コータロー”フェイエノールトの【深夜鈍行】。ですが、またまたリスナーの方からの取材依頼が入ってしまいましたので、仕方ありません、今回は臨時便としてのオンエアです。
現場からはレポーターのカサマがお送りします。
カサマさーん、お願いしまーす。
🎤 🎤 🎤 🎤 🎤
──はい、カサマです。皆様、お久しぶりです。
では、早速ですが……、ってあれ? またあなたですか? ”ぐうたら県のみっちゃん”さん。
「何よ、その『また』って。失礼ね!」
──あ、大変失礼しました(汗)。
「ほんとよ! 久しぶりに番組宛てにお手紙したのに、『また』とか言われちゃうのってユーザー対応としてどうなの?」
──いえいえ、「また」と言うのはここでは褒め言葉ですから。お手紙を送って下さるヘビーリスナーさま、って意味ですから!!
「そう? それならまあいいけど。
じゃ、早速、話、聞いてよね?」
──……はい。で、今回はどのような?
「それがね、実は話、ふたつあるの。順を追ってどっちも話すからよろしく♪
まずは1つ目。季節はさかのぼって、春。
夕方、庭で害虫除けの消毒薬を散布していた時のことでした。
スプレーで薬を撒いていると、隣の家の方から斜向いの家に向かってゆっくりと道を横切っていく2匹の動物の姿が目に入ったんです。
ちょいと太めのその2匹は、大きさに若干、大小があるように見えたんで、猫の親子かなと思いつつ、そう言えば斜向いのお家、猫に餌やってたっけ、それにしても野良にしてはやけに太ってて丸っこいなあ、よっぽどいい餌もらってるのかなぁ、なんて見るともなく見てたんですが。何か様子が微妙に違うんです。猫と。
で、おかしいなあ、何が違うんだろう、って首を傾げながらよくよく見てみると。
なななんと……、
その2匹、猫じゃなくって、アライグマだったんですよ!」
──アライグマ、ですか?
「そうなの。ア、ラ、イ、グ、マ、だったの!!」
──よく気が付きましたね?
「だってほら、この【深夜鈍行】Season1(※①)の時、タヌキとの見分け方、業者さんから教わってたし。その後に実物だってガン見してるし。さすがにあれだけの経験してたら、忘れようったって忘れられるワケないじゃない。
それに野良猫みたいにサササッて足早に逃げたりしないからね、アライグマは。『あ、どうもどうもー。ちょっと失礼しまーす』ってな感じで、こっちをチラッと見ながらのんびり横切っていくワケ。だからこっちもちゃんと観察できちゃうのよ。それにしても相変わらずふてぶてしいったら」
──なるほど。
「だからね、後日、斜向いのおうちの奥さんに会った時に言ったの。『この前、アライグマが2匹、そちらのお庭の方へ入っていくのを見たんです。危険なんで、猫用の餌、出しっぱなしにしない方がいいですよ』って。ひどく驚いてらしたけど、『餌は毎回片付けてるんで大丈夫です』ってことだったから、それはまあ一安心って感じ?」
──良かったです。
「ん、たしかにね。それだけだったら、『見ちゃったー』で済む話なんだけど。もちろんそれだけじゃ終わらなかったのよ」
──と言いますと?
「それからひと月以上過ぎた、ある夜のことでした。
2階にいた私の耳に、1階の屋根の上を何かが動くような物音が聞こえてきました。これが昼間なら、カラスやスズメなどの鳥だろうと思ってあまり気にしないのですが、何せ夜、それもかなり遅い時間です。
ん? と思って窓の外に目を向けました。もちろん外は暗くて何も見えません。仕方なく電気スタンドを外に向けて照らし、窓を開けました。すると、何やら得体のしれない物音がさっきよりはっきりと聞こえ、それが段々と近づいてきて、あ、と思う間もなく窓の外に……」
──ち、ちちちちょっと待ってください。これ、もしかしてホラーですか?
以前もお断りしてますが、私、ホラーは苦手でして。ホラーなら帰らせてもらいます(汗)。
「だーかーらー。
毎回、言ってるでしょ。ホラーじゃない、って!
ケモノなんだってば!
アライグマが窓の外から家の中を覗き込んできたのよ!!」
──アライグマが、家の中を。
「そうなの! もうね、ごくふつうな感じで『やあやあ、あんた、そこで何してんの?』的な? 全然動じてない体でこっち見てるの。で、こっちの方がよっぽどびっくりして、内心、『ぎゃーっ』ってなもんよ。思わず声が出そうになったからぐっとこらえて、追い払おうと窓枠、バンバン叩いて」
──そ、それは夜中にご近所迷惑な。
「それよりアライグマが家の中、覗く方がよっぽどヤバくない?
で、慌てて窓、閉めたの。シッシッ、って手で追い払う素振りしながら。
そうしたら、『えー?』って感じで一旦、柿の木の方に向かったんだけど、すぐに方向変換して戻ってきて。今度は窓の横に近寄ってきて、やっぱり覗き込んでくるの。
そんなことされちゃったらこっちはもうね、とにかく追い払いたい、ただその一心。ほんとは怖いんだけど勢いだけでもう一度窓開けて、『こらー!!』って必死になって声出して威嚇して。それなのにヤツときたら全然気にしない。横からゆっくりと正面に回ってきて、それこそ開いた窓から今にも中に入ろうとする勢いなのよ。
──それは一歩間違えればホラーか警察沙汰では?
ほんと、それ。まさに夏の夜の悪夢!!
あ、その時はまだ梅雨だったんだっけ。まあ、細かいことは気にしないでよね。
話を戻すと。
何ていうのかな、音と声での威嚇が全く通じなくって、打つ手なしって感じ? いわゆる絶望的な気分ってやつ? とにかく家に入られる訳にはいかないから、他にできることも思いつかなくて急いで窓、閉め直して。今度こそ冗談じゃなく『あっち行けー!!』って家の中でだけど半分叫ぶみたいな声が出ちゃったの。
そうしたらさすがに『やれやれ、そこまで言われちゃったら残念ですけど諦めますかねー』とでもいうみたいに、そのままどこかに消えちゃったってワケ」
──あー、それはそれは。ひとまず何事もなくて良かったです、と言っていいんでしょうか?
「……、今回に関しては、という限定条件付きなら、ね。だって今はまだ、柿、小さくて青いから。それなのに今からこれじゃ、この先どうしろ、って言うのよ?」
──……お察しします。
「しかもね、話はこれで終わりじゃなくって、もうひとつあるの」
──と言いますと、まだ続くんですか?
「続いてないようで、ビミョーに続く話なんで、そのつもりで聞いてちょうだい。
ふたつ目は、つい先日の話。
夜、ランニング中、前方から道路端のゴミ捨て場に向かって黒くて小さい影が凄い勢いで走り込んで行くのが見えたんです。ええ、あれはたしかにネズミでした。
大きさも形もまさにネズミのそれだったし、夜間のゴミ捨ては禁止されてるのに既にいくつか出されちゃってたしで、それはもう疑いようがないでしょう。あー、ヤなもん見ちゃったなー、なんて思ってたんですが。
それから数日後。
洗濯物を干すためベランダに出た私は、洗濯物が入ったかごをエアコンの屋外機の上に置きました。置くのにちょうどいい場所、ちょうどいい高さなんですよ、屋外機。で、洗濯物をかごから取る時に、ふと目を下に向けると。
何やらカボチャみたいな薄いオレンジ色した小さな切れ端が、屋外機の後ろ側に落ちているのが目に入ったんです」
──カボチャ、ですか?
「そうです。カボチャ、に似て見える色だったんです。カボチャよりはかなり薄いオレンジなんだけど、ぱっと見、固そうな質感もちょっと似てて。結局これはカボチャではなく柿だということに後で気付いたんですが。
で、なんでこんな所にカボチャが? って思いつつ、よく見てみたら。その周囲に小さくて黒い粒状のものがいくつも散らばっているんです。
気付いた瞬間、総毛立ちました」
──……と言うことは?
「口にしたくないのでお察しください。ええ、【深夜鈍行】Season2(※②)に出てきた、例の
──こちらもよくすぐに分かりましたね。
「分かりたくなんかないですけど、それこそトラウマレベルで記憶が刷り込まれてますからね。年取って万一ボケたとしても、それでもきっと忘れないんじゃないかって思うくらい。
ってことで、冷や汗かきながら洗濯物を干し終えると、ベランダに面したその部屋の居住者である長男をすぐに階下から呼び、一緒に現場検証を行いました。
長男は【深夜鈍行】Season2の事件発生時、犯人が現場に現れた時の物音を聞いている唯一の証人なんで、私の推理を話すとその危険性をすぐに理解してくれました。で、彼の口からオットに今回の事件を伝え、現場に何らかの処置を施すよう依頼するように、と言い含めました。
長男に請われて現場を見たオットは遺留物を処分した後、何を思ったかアリ・ムカデ用薬剤を撒いていきました。意図がつかめなかった私は、長男に『あなたちゃんと伝えたの?』と確認したのですが、『とりあえずこれでいいだろ、って言ってた』とのこと。二人して『ほんとに~?』と首を傾げていたのです。
その翌日。
同じく洗濯物を干そうとした私は、その前にまず昨日の犯行現場に目を向けました。そうした所、ああ、何ということでしょうか。さらなる凶行が……!!」
──いよいよ本格ミステリーの始まりですか?
「そう、その通り。まさに本格派です。
何せ、丸のままの小さい柿がひとつ、現場に新たに置かれていたのですから!!」
──謎、ですね。
「ええ。これを謎と言わずして何を謎と言うのでしょう。
しかし、謎を謎のままにしておくわけにはいきません。でないと犯行が繰り返され、私の安眠が妨害されてしまうのみならず、家宅侵入までされる危険性があるからです。そこで私は事件解決のために仮説を立て直しました。
昨日の段階では、私は犯人はネズミだと信じて疑っていませんでした。がしかし。今日の丸のままの柿を見て、その推理の過ちに気付かされたんです」
──どういうことでしょう?
「いくら直径5センチ強のごく小さい柿だからと言って、丸のまま傷ひとつ付けずにネズミが運べるでしょうか?」
──いやー、さすがにそれはちょっと不可能じゃないかと。
「そうでしょう? 運動会の大玉転がしじゃあるまいし、ネズミが木から柿を取って屋根の上を通り、わざわざベランダまで運ぶなんてことするとは思えません。木に登ってそのまま齧って食べれば済む話です。
でも、ベランダにネズミの糞があったのは事実。
ということは。
この事件の犯人はふたり。
そう。共犯者が、というか、主犯は別にいるのです」
──その主犯とは?
「アライグマ、です!」
──アライグマ、ですか?
「そうです。アライグマに間違いありません!!
なぜならば、思い出してください。『ラ○○ル』内で、あやつは二足歩行するのみならず、揉み手までしていたはずです。ということは、木から柿を取り、持ったまま屋根の上からベランダまで運ぶことが可能なのは、あやつ以外に考えられないではないですか!!」
──んー、まぁ、そうですねー。少なくともネズミには無理ですねー。
「でしょう? カラスだってあのクチバシを考えたらちょっと厳しいと思うんですよ」
──そうですかね? それで言えばアライグマの爪だって結構なものだと思うんですが?
「たしかに。でも、行動時間が夜ならば、カラスよりはアライグマの可能性の方が断然高いはずですっ」
──洗濯物を干したのはごく常識的な時間でしょうから、それまでの間、例えば早朝、夜明けからまだ間がない時間帯にカラスが運んだ可能性も十分考えられるのでは?
「まあ、その可能性も捨てきれません。ただ、あくまでもネズミは主犯のおこぼれに
──そうですね。私もそう思います。
「そうして、ですね、主犯がどちらにしろ、餌がある限り、またやってくることは確実。であるならば、これ以上の犯行を防ぐためには、元から断つのが一番だという結論に達したのです」
──ということは?
「柿の木を切る。これに尽きるかと」
──重大発言ですね。これは。まさにスクープです!
「ただ、この結論は、あくまでも私と長男の結論であって、残念ながら家族の総意ではないのです。なので、本当の戦いは、実はここから始まるのかもしれません」
──何やらキナ臭くなってきました……。
これはちょっと
「その企画、お金になりますかね? お金になるならそっちに話を持ち込みます。で、木を切るのも業者に依頼できるんですが。お金が出ないようであれば、こちらの番組から取材協力費として出してもらえないかなー、って思ってたんですけど」
──いや、あの、ええっとちょっとちょよよよよPPPP──ガガガ科ガガガ──
🎤 🎤 🎤 🎤 🎤
はい。こちらスタジオです。
今回も音声が一部、乱れたようです。ただし、話はほぼ終わりのようでしたので、中継はこのまま終了致します。
またまたお聞き苦しくなりましたこと、お詫び致します。
えー、では、今回の話はどうやらこの後、違う企画に持ち込まれるようですので、この臨時便は苦海ならぬ句会で〆て終了とさせて頂きます。
柿切れば以後は金を払って食べる也
柿切るに金が必要だから欲しい
七夕を過ぎまだ書ききれない長編急げ
ということで、次回には続きません。ええ、続きませんったら、続きません。続かないことをリスナーの皆様もどうぞ一緒に祈って頂けますよう心からお願い申し上げて、今宵はこのあたりでお別れさせて頂きます。この後もどうぞ楽しい週初めの深夜をお過ごしくださいませ。
外は快晴だった。こうなることは昨日の夕焼けでわかっていたが、ケモノが出た次の日になにもこんな好天にならなくてもと少し恨めしかった。
~コータロー「深夜鈍行」 第2便 サイヤクの風 第9章 獣の匂い
※① 【深夜鈍行】Season1/前エッセイ 第14話~第19話
第14話 https://kakuyomu.jp/works/1177354054911761856/episodes/1177354054922696647
※② 【深夜鈍行】Season2/前エッセイ 第30話~第34話
第30話https://kakuyomu.jp/works/1177354054911761856/episodes/16816410413887940536
※③ 「夫にナイショ」シリーズ漫画原作コンテスト/受け付けは終了しています。
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