片想い大革命
無月弟(無月蒼)
第1話
雪で真っ白に染まった町の中を、私はザクザクと足音を立てながら歩いて行く。
この辺は雪なんて滅多に降らないけれど、一面真っ白。今日は2月14日だから、ホワイトバレンタインだ。
そんな言葉があるのか知らないけど、私の中ではそう呼ぶことにしよう。
こんなバカなことを考えているのは、込み上げてくるドキドキを少しでも誤魔化すため。
今日は一日中ソワソワしていて、授業も上の空だった。放課後ってすぐに高校を出て、寒い寒い町の中を歩いてきたたけど。これから起こることを思うと、胸の奥は異様なほど熱くなる。
そうしてさらに歩くこと数分。やって来たのはレンガ造りのレトロな外観をした、一軒の喫茶店。
カフェじゃなくて、喫茶店ね。お洒落な作りじゃなくて、昔ながらの雰囲気を残しているお店なの。
ドアに手をかけて手前に引けば、暖かい空気と、フワッとしたコーヒーの香りが漂ってくる。
そして中に入るとカウンターの奥で、私が来たことに気づいたあの人が、ニッコリと微笑んだ。
「いらっしゃい、千代ちゃん」
ハスキーなイケボで私の名前を呼んだのは、白と黒のシックな制服を着たマスター。
相変わらず良い声。これだけでもう、耳が幸せになるよ。
今日は雪のためか、店内には他にお客さんの姿はなく、私は「こんにちは」と挨拶をしながら、カウンター席に腰を下ろした。
「今日もいつものブレンド?」
「は、はい。お願いします」
「了解。ちょっと待っててね」
流石マスター。私が何を頼むかなんてお見通しで、慣れた手つきで用意を始める。
長身で、パッチリした目。やや癖のある猫みたいな髪をしていて、凛々しくて落ち着いた雰囲気のマスター。
コーヒーを淹れる姿は実に様になっていて、とても私と一つ違いだなんて思えない。
あ、『マスター』って言っても、本当のマスターって訳じゃないの。
マスターは私とは別の高校に通っている三年生なんだけど、ご両親が経営しているこのお店のお手伝いをしているんだよね。
だけど私は、『マスター』って呼んでいる。だって白と黒の制服に身を包みながらコーヒーを淹れる姿があまりに似合ってて、まるで漫画で出てくるようなイケメンマスターそのものなんだもの。
前にこの事を言ったら、「おやおや、僕はそんなに更け顔なのかな?」、なんて言って笑ってたけど、違う違う。
大人びていて格好良いってこと。
放課後このお店でマスターの淹れたコーヒーを飲むのが、私にとって至福の一時。
注文してからしばらくすると、花の絵が描かれたティーカップに入ったコーヒーが運ばれてきて、触れると悴んでいた手が、暖かくなってくる。
ふーふー冷ましながら口をつけたら、苦味のある味が舌を刺激して、芳醇な香りが鼻孔をつついた。
「やっぱり美味しいなあ、マスターのコーヒー」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。それと、これはサービスね」
マスターはそう言うとテーブルの上に、直径3センチくらいのボール状の包みを二つ置いた。
「チョコレートだよ。今日はバレンタインだから、サービスね」
目を細くして微笑むマスターを見て、嬉しい反面少しだけ残念に思う。
私から先に、あげたかったんだけどなあ。
「あ、あの。実は私からも、受け取ってほしい物があるんです」
緊張しながら鞄から取り出したのは、ピンクの包装紙と金色のリボンでラッピングされた、長方形の箱。チョコレートだ。
手作りじゃなくて買ったものだけど、気に入ってもらえるよう真剣に選んだ。
マスターは一瞬驚いたみたいだったけど、すぐに穏やかな表情に戻って、「ありがとう」と手を伸ばしてくる。
だけど、ダメ。まだ肝心なことが言えてない。
「これ義理じゃなく、ほ、本命です。私、マスターのことが好きです!」
「えっ?」
チョコを受け取ろうと伸ばされていた手が、ピタリと止まった。
さっきチョコを出した時とは比べ物にならないほど、驚いた様子のマスター。
対して私は、きっと今にも沸騰しそうなくらい、顔を赤くしてるんだと思う。
緊張で全身から汗が吹き出しそうで、心臓の音はマスターに聞こえちゃうんじゃないかってくらいうるさい。
だけど目は真っ直ぐ前を見つめて、ドキドキしながら反応を待つ。
するとマスターは目を丸くしたまま、ゆっくりと口を開いた。
「え、ええと、千代ちゃん。僕のこと好きなの?」
「……はい」
「友達としてじゃなくて、恋愛対象として?」
「はい」
「それは何かの間違いだったり、気の迷いってことはない?」
「はい! 間違いなんかじゃありません!」
この気持ちが、嘘であるはずがない。
私だって何度も悩んで、この気持ちが本当なのか向き合ってみたけど、いくら考えても答えは同じ。
好きなんだもの、マスターのことが。
「本当に、好きなの? けど僕は……僕は女だよ」
信じられないといった様子で、私を見つめ返すマスター。いや、美奈子さん。
中性的な顔立ちででボーイッシュな印象があるけど、柔らかな手や艶のある唇、膨らんだ胸は、紛れもなく女性のそれ。
私が好きになったのは、女の人だった。
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