第2話

 倒れた二人が目を覚ます様子もないし、このまま放っておくのも気が引けるので保健室へ連れていくことにした。

 怪我をしているわけではないし、倒れた際に頭を打ったりもしてないので別に構わないだろう。


 さて、そこで問題になったのが意識のない二人を運ぶ方法だが。

 いろいろ意見は出たのだが、結局俺と親友が一人ずつおんぶして運ぶことになった。

 屋上から保健室までは階段もあるし、おんぶするのが一番安定するからだ。

 倒れた二人のうち、一人は身長140cm台と小柄で、もう一人は170cm近くあるクラスで一番背が高い女子だった。俺と親友のどちらがどちらを受け持つかは自明の理というものだろう。

 女子たちの手を借りながら意識のない体を背負い、ゆっくりと立ち上がる。


 むう、これは……。

 正直、俺は真顔を保つのに必死だった。

 俺が背負っているクラスで一番背が高い女子だが、彼女は身長同様に他の部分もよく発育していた。具体的に言えばおっぱいが大きい。当人の意識がないので完全に体重を預ける形になっていて、俺の背中はいまだかつてない感触にさらされていた。

 これが、これこそが我が親友が幼少期から味わっている境地なのかよ。

 すげえ。

 ちなみに彼女はバレー部所属で鍛えているせいか、ふとももがかなりむっちりしており、にもかかわらず信じられないほど柔らかかった。おんぶという体勢をする以上相手の脚に腕を回さないといけないのだが、俺なんかが触れて申し訳なくなるくらいに柔らかくてスベスベしているのだ。


 これはいかん。

 ちょっと勃起しそうだ。いや、白状するとすでに甘勃ちしている。

 できれば中腰になって落ち着くまで待ちに入りたいが、小柄な方の女子を背負った我が親友はすでにすたすた先へ進み始めてしまっているし、いつまでも動かずにいると俺を補助するためについている女子たちに疑念を抱かれてしまう。


 覚悟を決めた俺は親友の後に続いて歩き始めた。

 多少へこへこした動きになっているかもしれないが、補助をしてくれている女子にはたぶん気付かれないだろう。気付かれないといいな。気付かれないでいてくれよ。

 いざとなったら「重い」という禁句を使ってへこへこ歩きの言い訳をする手もあるが、意識を失っている女子の名誉のためにもできればその手は使いたくない。かといって勃起がバレるのも嫌だ。

 俺はかつてない集中力で歩みを進めつつ、密着するおっぱいやふとももの感触を真顔で堪能することに腐心した。


 ところで、おんぶしている女子が時々うわごとのように「だめ、二人の間にあたしなんかが挟まるなんて」とかどうとか言っているのが耳元で聞こえてくるんだが、どういう意味なんだろう?

 何となくいかがわしい内容のようにも聞こえて、おんぶしている女子がクラスでもかなり真面目な優等生であることを知っている俺としては、真偽はどうあれ不覚にも興奮してしまう。

 やっぱりこの年代は男子も女子も大概同じようなことを考えているんだな。俺だけが特別スケベなわけじゃなくてちょっと安心した。

 首筋や耳の裏にかかる熱い吐息と共に妙に意味深なうわ言を聞きながら、俺はへこへこ保健室を目指す。

 何となく補助してくれている女子たちの視線が冷たいような気もするのだが、何かの気のせいだろう。


 親友から遅れること数分。

 保健室に辿り着いた俺たちを待っていたのは、心配そうな女子たちの視線と我が親友の絶対零度の眼差しであった。


「ずいぶん遅かったね」


「まあな」


 まあな、じゃないが、俺は他に言葉が思い浮かばなかった。

 やばい、完全に勃起していたのがバレているぞ。今ちらっと俺のちんちん見たし。

 というかどうして我が親友は平気なんだよ。小柄な女子だって胸がないわけじゃないし、絶対に柔らかくていい匂いがしたはずなのに。

 紳士だから? 妹で慣れているおかげ? それとも近所の奥様方に比べるとお子様すぎるせい?


 どちらにしても紳士ってすげえ。

 俺なんか完全におんぶしている女子に恋しそうになってるもん。

 得体の知れないうわ言とかがちょっと怖いから踏みとどまってるけど。


「保健室の先生は今不在みたいだから、とりあえず空いてるベッドに寝かせてあげて」


「分かってゃ」


 噛んだ。

 数人の女子が耐え切れないように吹き出し、俺は耳まで熱くなるのを意識しながら慎重に背中の女子をベッドに降ろした。

 すぐに他の女子たちが介助してベッドに寝かせ、胸元までシーツを被せた。

 彼女ももう一人の女子もまだはっきり意識は戻らないようだが、見たところ苦しそうな表情はしていない。


「あたし、保健の先生呼んでくるね」


「うん。お願い」


 親友が微笑みながら応じると、相手は顔を真っ赤に染めながらバタバタと保健室を飛び出していった。

 美少年やべえな。たった一言で女子にあんな反応をさせるとか。俺なんか完全にただのスケベ野郎としか思われてないのに。ここまでおんぶの補助をしてくれていた女子たちが今も俺の股間へちらちらと視線を向けている。

 女子は視線に敏感という話を聞くけど、ちょうどこんな感じなのだろうか。視線の意味が欲望か軽蔑かの違いはあるだろうけど、すごく居心地が悪い。


 いたたまれなくなった俺は女子たちの視線からさりげない角度で股間をガードしながら、ここまで持ってきてもらっていた俺と親友の弁当箱を受け取る。


「ありがとうな」


「ひえっ、こ、こちらこそ」


 駄目だ、完全に怯えられている。

 思わず込み上げてきそうになった涙をこらえ、親友の方へ向き直った。


「じゃあ、俺たちは行くか」


「うん」


 親友の相槌に俺は心が浄化されるのを感じた。

 エロいことを考えていると冷たい眼差しを向けてくることはあったりするが、やはり俺にとっては無二の存在なのだ。

 たとえどんなことがあっても俺たちの間にある絆だけは断ち切られないという絶対的な信頼。

 何十年後かも俺はこの男のことを親友と呼んでいるんだろうな。

 ……あ、そういえば男じゃなくて女に換わっている可能性もあるんだったか。

 結局性転換したい理由を聞きそびれてしまったが、それはまた今度でいいだろう。

 親友も話しにくそうだったし。


 どちらにしても弁当の残りをどこかで食べないとな。

 屋上まで戻るのも面倒だし、教室でいいか。

 俺は親友と連れ立って保健室を出て行こうとし、不意に思い出した。


「あっ」


「わっ」


 後ろをついて来ていた親友が、俺が急に立ち止まったせいで背中にぶつかって来た。

 振り返ると鼻をぶつけたのか手でさすっている。


「何で急に止まるの」


「すまん。痛かったか」


 上目づかいで睨む親友と謝る俺。

 どこからか「ッフゥー」というため息ともつかないようなものが聞こえてくる。

 俺が視線を向けると、ベッドの周りに集まった女子たちが「何でもないから気にするな」という風に首を横に振った。

 ……何だ?

 女子の中で一人だけ俺たちにサムズアップしている奴がいるんだが。

 よく分からんが俺もサムズアップし返すと、周りの女子がそのサムズアップ女子をばたばたとベッドに押し倒して俺たちから隠した。どうでもいいけど、女子たちが積み重なったベッドには意識をなくした子が寝ているはずなんだが、大丈夫なのか?

 やっぱり女子はよく分からん。


 まあ、女子たちの謎の奇行はいいとして。

 俺には思い出したことが一つあったのだ。

 屋上で弁当を食べている時、親友の様子がおかしくて熱があるのではないかと疑ったのである。

 今見たところ、顔色が特に赤いということはなさそうなのだが、せっかく保健室に来たのだから念のために熱を測った方がいいだろう。


 戸棚をごそごそ探し回って、額にかざして計測できるタイプの体温計を見つけた俺は、親友にそれを見せながら言った。


「でこを出せ」


「え、何で?」


 訝しげにする親友。どうやら自覚はないようだ。


「屋上にいる時、やけに顔が赤かったからな。熱があるかもしれないから測っておいた方がいいだろ」


「ないよ、熱なんて」


「分からないだろ。ほら早く出せよ」


「もう……」


 俺の言葉に反論しつつ、仕方なさそうな様子で親友はあり得ないほどさらさらな前髪を手で持ち上げ、額を露出させた。


「ん」


 計測されるのを待つ親友を前にして、俺は少し戸惑ってしまった。


 ……目まで閉じる必要ってある?


 身長差の関係でこちらを見上げる形になるせいか、心持ち口元を差し出しているような姿にも見える。

 これっていわゆるキス待ち顔という奴では?

 美少年というのは本当に恐ろしいな。何をやっても絵になり過ぎてどういう解釈をしていいかわけが分からなくなる。

 ただこうしてみるとまだ少し顔が赤いな。やっぱり熱があると見た。

 外野? さっきから騒いではいるが今さら動じないよ。無視だ。


「うりゃ」


 掛け声とともに体温計を親友のでこにかざすと、ピッという電子音と共に体温が表示される。

 俺が表示を確かめていると、親友もこちらに回り込んで覗き込んできたので、見やすいように少し手の高さを下げてやる。女子がまた何か奇声を発した気がしたが、そろそろ何も感じなくなってきた。


「36.8度」


 俺たちは声を揃えて体温表示を読み上げた。

 ……微妙。

 高めではあるが、熱があるというほどではない。


「お子様体温か」


 閃いた俺は指パッチンして音を鳴らそうとしたが、皮膚が擦れる音しかしなかった。

 そんな俺の足を親友がぎゅっと優しく踏みつける。


「ぼくは子どもじゃない。ただ平熱が高めなだけだよ」


「なるほど湯たんぽ」


「違う」


 もしやご近所の奥様方はこの温もりを求めている……?

 長年の謎についに光が差し込んだような気がして、俺は「エウレカ!」と叫びながらふざけて親友へ抱き着いた。


「ふわっ、わああっ」


 俺の胸元で親友が何かわめいているが、そんなことよりこの温もりはどうだ。

 いや、マジであったかいな。想像以上にぽかぽかだ。


「ちょ、ちょっと離してよ」


「わはは、逃がさん。お前は一生俺の湯たんぽだ」


 ふざけてじゃれ合う俺と親友。

 うむ。性転換の悩みとか色々あるのだろうが、俺たちはこれでいいのだ。

 たとえどんなことがあったとしても、俺たちの間には変わることのないものがある。


 ちなみに保健室を満たす女子たちの悲鳴は、少し前に出て行った女子と共に保健の先生が現れるまで途切れることがなかった。

 そして保健室でバカ騒ぎをするんじゃありませんとの叱責を受けることになった。

 解せぬ。

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