TSしたい親友と止めたい俺の攻防戦

@pantra

第1話

「性転換したいんだ」


 健全な高校生らしく、昼休憩に校舎屋上で親友と二人弁当を食べている最中の出来事だった。

 親友の唐突な宣言を聞いたにもかかわらず、口の中のタコさんウインナーを吐き出さなかった俺は偉いと思う。

 よく噛んで飲み下し、親友と目を合わせる。


「考え直せ」


 他にどんな言葉があるというのだろうか。

 俺の意見は真っ当なものだったと思う。

 親友は困ったように曖昧な笑みを浮かべていたが、困っているのはこちらの方である。 


 一応説明が必要だろう。

 20XX年、人類はいわゆる異世界文明と初遭遇した。

 様々な未知の技術や文化、概念が俺たちの世界に流入してきたのだが、その中に魔法と呼ばれるものがあった。

 そう、魔法だ。

 かつて俺たちの世界では空想の産物であったもの。

 それが今では現実のものとして運用されている。

 さらにはその中に『性転換魔法』と呼ばれるものがあるのだ。

 何でそんなピンポイントな魔法があるんだよ、と突っ込みたくなるが、あるのだからしょうがない。


 実際、性転換魔法の存在は多くの人々を熱狂させた。

 ある者にとってそれは福音となり、また別のある者にとっては格好の娯楽となった。

 悪魔の所業として忌み嫌う人々もいるが、まあそれは措いておこう。


 肉体を造り替え、性別を転換する法。

 これまで人類が保持していた外科的な転換手術とは一線を画する、完全なる生まれ変わり。

 いかなる理論でもってそんな芸当が可能なのか分からないが、とにかく性転換魔法は実在する。

 そして、よりによって目に前にいる俺の親友がそれを受けたいという。

 

 何でやねん。


 いやもう本当に何でやねん。

 これまでそんなそぶりを見せたことはなかったと思うのだが。


「ふふっ、反対されるかもとは思っていたけど、実際面と向かって言われるとショックだね」


「ふふっ、じゃねーよ。ショックなのはこっちなんだが?」


「僕が女の子になりたいというのがそんなにおかしい?」


「おかしいに決まってんだろ……と言いたいところだが、色んな事情で性別を換えたいと思う人がたくさんいるのは事実だからな。一応理由を聞いてやる」


 別に上から目線で理解ある友人を気取っているわけではない。

 一杯いっぱいでこれしか言葉が出てこなかっただけである。

 が、これに対して親友はなぜか顔を赤らめた。


 だから何でやねん。


 今のやり取りのどこに赤面する要素があるんだよ。

 耳まで真っ赤にする必要ある?


 ちなみに目の前にいる親友はかなりの美少年だ。

 身長は162cmと小柄だがすらっとしていて、少女漫画からそのまま出てきたような印象がある。髪の毛などあり得ないほどさらさらで、知り合ってこの方親友の髪から天使の輪が消えたのを見たことがない。

 なお2.5次元とか男の娘とかいうあだ名で呼ぶとキレる。

 以前からかおうとしてそう呼んだ馬鹿が親友をブチギレさせ、その結果ボコボコにされた。主に俺に。


 そんな親友に対する女子からの評価はおおむね『可愛すぎる、たまらん』というものと『自分より美人な男と付き合うとか無理』というものに二分されている。前者はともかく後者はなぜ付き合う前提になっているのか謎だが、まあ妄想を抱くのは自由だ。

 ちなみに男子にもうっかり惚れる奴がいるし、中学生当時、教師から進路相談で男子校へ行くのを止められたという逸話もある。男の園にこんな危険物を送り込むわけにはいかんという判断だったのだろう。

 

 ご近所では昔から可愛がられ、奥様方から勝手に実の息子のように扱われるそうだ。幼少時から顔を合わせれば抱っこされたりハグされたりしていたせいで、我が親友はご近所の奥様方のおっぱいの感触をほぼコンプリートしている。

 何なら昨日も学校帰りに顔見知りの奥様にハグされて頭をなでなでされたらしい。はっきり言って高校生になった現在ではこれは事案だと思う。俺にはそんな経験ないのに。ないのに。


 ともあれ、以上のように俺の親友は万人が認める美少年なのである。

 そんな彼が俯き加減になって羞恥に耳まで赤く染めている。

 少し離れた場所から抑えようとして抑えきれない黄色い悲鳴が上がった。俺たちと同じように屋上で昼食を摂っていた女子のグループだ。あれはどうやら『たまらん』派のようだな。というかクラスメートだ。


 どうでもいい話だが『たまらん』派の中でもさらに過激な集団が、俺と親友がぐちょぐちょに絡み合う世にもおぞましい書物を製造して回覧しているらしい。

 本当にやめて頂きたい。これまで熱さましの座薬しか入れたことのない俺の肛門に親友のご立派なものをねじ込もうとするな。その逆も同じだ。

 ついでに腹がよじれるようなセリフを俺たちに言わせるのもやめろ。「愛してる」は百歩譲ってまだ許すが、「濡れてるぜ」は正直ないし、俺たちは天地が引っ繰り返っても「妊娠しちゃうぅっ」とか言わないぞ。


 どうでもいい話はここまでにするとして。

 外野から聞こえてくる嬌声をよそに、俺は我が母ちゃん入魂の卵焼きを頬張った。

 うむ、今日もしみじみ美味い。


 もぐもぐやっている俺の顔をなぜか親友がじっと見つめてくる。

 性転換したい理由については一向に話そうとはしない。が、言いにくい理由なのだろう。デリケートな問題だしな。性転換魔法が出回ってからはわりとカジュアルに性別を換える人もいるが、普通の人間にとっては一大決心が必要だろうし。

 俺は弁当箱に残った卵焼きの片割れを箸でつまむと、親友に差し出してやった。


「ほら、やるよ。お前も好きだっただろ」


 我が母ちゃんの卵焼きは天下取れるレベルだからな。親友ももちろん大好物だ。

 俺としては少しでも気分を解してやろうという思いがあった。

 純粋な善意だったんだ。


 俺は顔の高さに持ち上げていた卵焼きを親友の弁当の上に置こうとした。

 だけど、ここで親友が思いも寄らない行動に出た。

 いまだに赤いままの顔を近づけたかと思うと、下から受け止めるようにして卵焼きを口に咥えたのだ。

 またしても外野から「きゃー」とか「ぎょえー」とかいう悲鳴が聞こえてきたが、ここは無視しよう。

 こぼれないよう口元を手で押さえながら咀嚼する親友に、俺は呆れ声で言った。


「何で直接食うんだよ。置こうとしたのに」


「ご、ごめん。何かつい」


 つい、でナチュラルにあーんしてしまうところに親友のこれまでの人生の軌跡が窺える。

 幼少期から現在に至るまで散々にあーんされてきて、もはや習性として身についているのだろう。ひな鳥かよ。

 それにしても口元を押さえてもぐもぐやっている我が親友、顔は真っ赤だしよく見ると目も潤んでいるし、もしや熱があるのでは?

 先ほどからのおかしな言動は熱に浮かされてのものなのだろうか。

 心配だから弁当を食い終わったら保健室へ連行しよう。


「交換にぼくも何かあげるよ。何がいい?」


 相変わらず理由については語らず、親友は俺によく見えるように弁当を持ち上げる。


「じゃ、これな」


 俺が指差したのは親友のママン謹製のポテサラだ。アスパラの肉巻きにも心が惹かれたが、肉には肉を。おかず取引は等価交換が大原則。

 ママン謹製ポテサラを箸で持ち上げた親友は、なぜか神妙な顔で口元を引き結んで小さく頷いてから、俺に直接食べさせようと箸を近づけてきた。


「はい、あ、あーん」


「いや、何でだよ。普通に弁当に置いてくれよ」


「えっと、つい……」


 震える声で親友が言い訳する。

 ついじゃないだろ。明らかに何か決意を固める仕草をしてたじゃねーか。

 俺は親友の行動にかなり困惑していたが、いまだに箸を下げようとせずポテサラを差し出したまま固まっているのが気の毒になり、仕方がなくそのまま食ってやることにした。

 うむ、美味い。親友のママンはポテサラで天下取れるな。


 それにしても外野がうるさいな。

 もはや隠す気もない大きな悲鳴と繰り返し名前を呼んで安否を確認する声……ん?


 明らかに異変が起きていることに気付き、俺は同じクラスの『たまらん』派と思しき女子グループの方へ視線を向けた。

 するとそこには一人の女子がぐったりと横たわっており、その周りで友人たちがおろおろと呼びかけている光景があった。


「どうしたんだろう?」


「ああ。貧血でも起こしたか?」


 親友の心配げな声に俺も応じる。

 様子を見に行きたいのか、そわそわと落ち着かない様子の親友。相変わらず優しい奴だ。


「ちょっと声かけてくるか」


「うん」


 弁当をその場に置き、俺たちは騒然としている女子グループに近づいて声をかけた。


「おーい、何があった。大丈夫か?」


 倒れた友人を取り囲んでいた女子たちはいっせいにこちらを振り向き、そしてなぜか悲鳴を上げた。


「ひええっ」


「……クラスメートからこんな反応されるほど俺って嫌われてるのか?」


 さしもの俺も凹みそうになったが、隣に並んだ親友がぽんと背中を叩いて言った。


「心配しなくてもそんなことないよ」


 親友へ顔を向けると、柔らかい微笑を向けてくれる。うーむ、美少年。

 俺たちがそんなやり取りをしていると、魂が抜けるような変な声を漏らしながら二人目の女子が崩れ落ちた。


「お、おい、どうした? 何でこいつまで倒れたんだ?」


 俺も親友も慌てて倒れた女子の元へ駆け寄る。

 彼女はほとんど意識を失っているようで、かすかにうわ言というかうめき声のようなものを発していた。

 え、怖い。一体この空間に何があるんだ。

 あ、いかん。スカートがまくれ上がってパンツが丸見えになっているじゃないですか。

 吸い寄せられる視線を必死に引きはがそうと戦っていると、脇腹に鋭い痛みを受けた。


「うごっ」


「こんな時にどこを見てるんだよ」


「ちゃうねん」


 我が親友はかなりの紳士であるため、俺が女子をスケベな視線で見ていると決まって凍り付くような眼差しを向けてくる。ごく平均的な男子高校生らしくエロ大好きな俺としてはつらいところだ。

 でも俺は知っている。表では紳士な態度を崩そうとしない親友が、実はエロいことに興味津々だということを。

 あれは忘れもしない中2の夏、とあるルートから手に入れたスケベ動画を二人で鑑賞し、一緒に性の扉を開いた仲じゃないか。それ以来、親友がその手のデータをこっそり収集しているのを俺は知っているんだぞ。


 まあ、それはいいとして。

 とりあえず俺は弁解することにした。親友の視線もそうだが、それ以上に女子たちから向けられる視線にいたたまれなくなったからだ。


「これは不可抗力なんです」


「ばか」


 どうもすみませんと女子たちに頭を下げる俺と、そんな俺に罵倒の言葉を投げつける親友。

 すでに倒れた女子のスカートは整えられいる。

 女子たちは一連のやり取りに毒気を抜かれたのか、スケベな俺を許してくれた。ただし額を押さえて天を仰いでいたり胸を押さえて身を震わせたりしていたから、内心ではかなり呆れたり憤ったりしているみたいだ。


 女子グループに声をかけて早々に脇道にそれてしまったが、俺たちは本来の目的を果たすことにした。

 倒れてしまった二人の女子には特に持病の類はないらしい。

 熱中症になるほど今日は気温も高くないし陽射しもきつくない。食中毒なら吐いたりするだろう。

 二人目の女子が倒れた様子は、恐ろしいものを見て気絶してしまうホラー映画の登場人物をどこか彷彿させるものがあったのだが、もしやこの屋上には『出る』のだろうか。倒れた二人とも『見える』体質とか?


「な、なあ。この二人ってもしかして霊感があったりしないか?」


 俺の質問に対し、女子たちは揃って不思議そうな表情を浮かべた。

 どうやら倒れた二人にだけ見える幽霊がこの場にいるわけではなさそうだ。

 実は幽霊が大の苦手の俺がこっそり胸を撫でおろしていると、なぜか隣の親友がくすくす笑った。

 ちなみに我が親友は幽霊の類をまったく信じておらず、オカルト話は鼻で笑い飛ばすタイプだ。

 そして、幽霊を怖がる俺を時々からかってくる。


 恥ずかしさを誤魔化すために咳払いする俺と、そんな俺をからかい交じりに笑う親友。

 どこかで「ヒュッ」と息を吸い込むような音がした。

 ……何だ?

 俺が詮索するような視線を女子たちへ向けると、彼女たちは一斉に目を逸らしたり毛先を指にくるくる巻き付けたりした。


 ともあれ、二人が急に倒れた理由については皆よく分からないようだった。

 女子の一人が呟いた「寝不足だったのかも」という言葉に皆が追従していたが、実際そうなのかは分からない。逆に「興奮しすぎたせい」と漏らした別の女子は、一斉に飛び掛かられて口を塞がれていた。

 女子ってちょっと意味が分からなくて怖いところがあるよな。

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