初めての味

ハンくん

バレンタインデー

 ピピピ──ピピピ──

 朝を告げるアラームが部屋に鳴り響く。

 俺は速攻でアラームを止めて起き上がり、下のリビングへ向かう。


「あら信二しんじ。いつもは起きないのに今日は珍しく早いわね」


「たまたまだよ」


 母に返事をしつつ、俺は机に置いてあるパンに食らいつく。

 食事を終えて洗面所へ向かい、髪の毛をセットし、歯をしっかりと磨き、身だしなみを整える。いつも以上に念入りに。


 俺が靴を履き、戦場へ向かおうとした時、母は俺のリュックにエコバッグを何個か詰めた。


「頑張ってきなさい」


 それだけ告げると母はリビングへと戻っていった。

 今日はテストでもなければ大事な受験がある訳でもない。


 (というかこの日にエコバッグ持たせるなんてどんな母親だよ……)


 俺は携帯の画面に表示された214という数字を見ながら思う。


「まぁ、頑張るも何もないけどな」


 そう、今日は淡い期待と絶望の怨嗟が飛び交う日である2月14日


 ─────バレンタインデーだ。


          *


 玄関のドアを開けると門の前に一人の美少女が立っていた。


「も〜信二ぃ。遅いじゃんか〜」


「わりぃ。ちょっと準備があって」


 頬を少し膨らませながら俺をポコポコ叩いてくるのは幼馴染の綾乃あやの

 彼女とは幼稚園から高校二年生の今に至るまで学校はずっと一緒、家も隣なので双子の兄妹のように育ってきた。

 漫画やアニメ、ラノベのようにどっちが強かったとか弱かったとかはなく、互いに足りないところを補い合い、助け合ってきた。

 だが、俺はいつからか異性として綾乃を好きになっていた。


「あぁ。今日はバレンタインだもんね〜。いつもより身だしなみ整ってるし。このムッツリ〜」


「何でそうなる!?」


「私、知ってるよ。いつも信二が女子に良くしたりしてるのこの日のためなんでしょ?」


「な……なぜそれを知っている……?」


「おばさんが言ってた」


「あの野郎……」


 エコバッグ持たせたかと思ったら幼馴染に変な事まで吹き込んでやがる。

 もしかして色んな女子に"信二にチョコ配ってあげてね"とか言ってないよな……?


「まぁでもそういうの抜きにしても信二は良い人だからね〜」


「そう言ってくれるのは嬉しいわ。それで? その超イケメンハイスペックの信二くんに渡すものは無いのかな?」


「そこまで言ってないしどういうテンション!? てか女の子にねだるとか最悪だわ〜」


「バレンタインだから浮かれてるんだよ。男子なんてみんなそんなもんだ」


「女子も浮かれるくらいだし仕方ないか〜。まぁ今は渡せないけど一つ言えることは、今年はいつも以上に凄いかも?」


「そりゃ楽しみだ」


「期待しててね?」


「あぁ。期待しとく」


 無邪気な笑顔を向けてくる綾乃。

 そんな彼女に俺は今年こそは告白をしたいと思っている。

 それは、ホワイトデー即ち綾乃の誕生日である3月14日にお返しをしつつ……という計画だ。

 だからこそ、今日のバレンタインでは幼馴染からのチョコは絶対に貰わなければならない。


          *


 綾乃と他愛のない話をしていると学校へ着いた。

 そして靴箱を開けると出てきたのは沢山のチョコとメモ用紙だった。


「うわぁ〜! 今年も信二の靴箱に沢山入ってるね! 見して見して!」


「うーん……あんまり見ない方がいいと思うよ?」


「何? 可愛い幼馴染には見せられない卑猥な事でも書いてあったの?」


「いや。そういうわけじゃ……」


「よっと!」


「ちょっ! 待て!」


「どれどれ〜? ……○ね、消○ろ、ヤリ○……」


「それ以上言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 学園のマドンナと呼ばれていてモテモテの美少女にヤ○チンとか言う不潔なワードを言わせるわけにはいかない。

 俺の幼馴染はこういうとこ天然だから怖い。


「この手紙全部悪口じゃん」


「俺はモテるからなぁ」


「いや! 明らかに嫌われてるじゃん!」


「チョコ貰えない男子からはな。ほら、チョコはちゃんと女子からだろ?」


「本当だ。でももしかしたら男子からの変なもの入ったチョコも混ざってるかもよ?」


「そんなわけ……」


 そんなわけないと思ったが、去年はチョコ食べて腹壊したりしたからな……

 あの時はただ食べ過ぎただけと思ったけど……いやまさかな……?


「とりあえず名前書いてないやつは食べない方がいいと思うよ?」


「そうしとく」


 幼馴染の配慮に感謝しつつ、俺はチョコをエコバッグに詰める。

 早速母のエコバッグが役に立ったぞ! ナイスだ、母さん!

 チョコを詰め終え、教室へ向かう。


「はよーっす」


「おっ! 来たなモテ男!」


 そう言いながら俺の親友であるたけるが近寄ってきた。


「尊、こっち来ないでくれ。俺にチョコ渡そうとしてる女子達が渡しにくいだろ?」


「いくら何でも酷すぎじゃね!?」


「すまん。言い方が良くなかったな。尊、後で構ってやるから今はちょっと待ってな!」


「いや、言い方変えただけだし俺カマチョみたいになってるやん!?」


「まぁまぁ落ち着け。俺はラブコメがしたいだけなんだ」


「ここで引きたくはないが、周りの女子がガチで邪魔みたいな顔してるから去るぜ」


「助かる」


 いつも通りの会話の後、早速俺の元へ陽キャグループの女子4人組がやって来た。


「おはよー! 信二くん」


「おはよう、桜井さくらいさん。今日も綺麗だね」


「え? 何このテンション」


「分からないけど今日の信二、ずっとこんな感じなんだよね〜」


 そう言ったのはさっきまで一緒にいた幼馴染。

 先程も言った通り学園のマドンナとされている綾乃は、勿論陽キャグループに降臨している。


「ま、いいか。じゃーん! 今年はみんなで私の家に集まって手作りしましたー!」


「「私達からも!!」」


 そう言って桜井さんに引き続き、他の二人も俺にチョコを渡してくる。うん。モテるっていいね!

 しかし、肝心の綾乃と言えば……


「良かったね信二!」


 それだけ言って去っていった。


 (あれ? 毎年学校でくれるのに今年はないだと…… 期待しててねってこの事だったのか?)


 俺は不安を抱えながら1日過ごすこととなった。


          *


 放課後隣、あの後も沢山チョコを貰った俺は、チョコを必死に鞄に詰めていた。

 母よ、俺を舐めたな。エコバッグ2つじゃ足りないぜ。


「今年も相変わらず沢山貰ってんなぁ」


 そんなことを思っていたら、尊が近づいてきた。お前、俺のこと好きすぎかよ。


「まぁな。そういうお前は貰ったのか?」


「勿論。彼女からの一つだけど」


 尊とその彼女は超絶ラブラブで学年全体の公認カップルとして有名だ。うぜぇ。


「そういうお前は? 幼馴染さんからは貰ったの?」


「それが……まだ貰えてないんだよな……」


「あぁ。綾乃さんが相談ってそういうことなのか……」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、気にしないでくれ。まぁ、信二なら貰えるって! 安心しろ!」


 そう言って尊は不敵に笑った。


            *


 夕方、もう綾乃からは貰えないかなと思いながら一人リビングで貰ったチョコを食べていると、


 ──ピンポーン


 突如インターホンが鳴った。モニターを見ると、大きな袋を持った綾乃が立っていた。


 (これは……期待していいやつか!?)


 曇りかけていた俺の心に光が差し始めた。俺は急いで玄関のドアを開ける。


「やっほ〜! 暇だから遊びに来ちゃった! 入れて?」


「あぁ、大歓迎だ」


「お邪魔しまーす」


 そう言って靴を揃えてリビングへと向かう綾乃。俺は後を追いかける。


「おばさんは?」


「今は仕事でいない」


「そっか……」


 どこかぎこちない綾乃。俺も緊張して会話が弾まない。


「…………」


「…………」


「ねぇ信二。今日って何の日か知ってる?」


 永遠にも感じる一瞬の沈黙の後、綾乃が不意に口を開く。


「どうしたんだそんなに改めて。勿論知ってるぞ」


「じゃあ、手出して、目を閉じて」


 俺は言われた通り手を出して目を閉じる。


「動かないでね?」


 チョコでもくれるのかな? そう思った次の瞬間、俺の唇が柔らかい何かと触れ合った。

 その正体は




 ────綾乃のそれだった。

 綾乃の唇は俺のそれを捉えて離さない。




「初めてなんだけど……どうだった?」


 何秒ほど経っただろうか。

 永遠にも思える時間の後、頬を紅潮させながら見てくる綾乃。

 答えるのが恥ずかしかった俺は、綾乃の背中に手を回し、抱き寄せる。

 そして答える代わりに、彼女のそれを強引に奪い、もう一度重ね合わせた。

 お互いの体温が伝わり合うのを感じる。



 大好きな幼馴染とのキスは、初めての味で、チョコよりも濃厚で




 ──────とても甘かった。

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初めての味 ハンくん @Hankun_Ikirido

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