処方5 何もしたくない

 ああ、何もしたくない。ご飯を食べるのも面倒だし、お風呂に入るのも面倒だし、終いには瞬きや呼吸も面倒にさえ思えてしまう。


 こんな私は駄目な人間なのかな……


 体は動かない癖に頭だけはずっと働きっぱなし。だからどんどん思考回路が沈んでいく。そう分かってはいても考えが止まらない。どうにかしたいのに。


 相反する感情に、自分の体がそれぞれの感情ごとに引きちぎれていくようにさえ感じる。


「今日のお疲れさんはここかな?」


 ……誰だ? ここには私しかいないはずなのに声が聞こえてきた。霊現象にでも出くわしたか? 私は聞こえてきた声に意識が向いた。


 唐突に聞こえてきた声は落ち着いていて優しい。どこかホッとするような……


 どんな人がいるのか気になって、声がした方を目だけで追ってみると、くまのぬいぐるみが私に向かって手を振っていた。


「やぁ、僕はテディーだよ。」

「……」

「僕はねぇ、お疲れさんの所に行って癒すのが仕事なんだ!」

「……」


 私は声を出すことすら面倒に感じているらしい。それかこの状況に驚きすぎて声が出ないのか。分からない。ハクハクと口だけが動き、結局いつまで経っても声は出なかった。


「そっかそっか。お話するのも体力が必要だもんね! じゃあそんなお疲れさんには僕のぎゅーとお喋りを処方します!」


 ちょっと何を言っているか分からなかったが、私が理解する前にテディーが私のお腹に抱きついてきた。


「今日の僕のもふもふコンディションも最高だからね、是非とも触ってもふもふ触ってもふもふ!」


 テディーのそのテンションにはちょっとついていけないかな。でももふもふは正義って言うし……


 と、どこにもいない誰かに言い訳をしながら恐る恐るテディーの頭を撫でてみた。


 もふっ……


「……!」

「うふふ、僕、この毛並みは自慢出来るんだぁ……!」

「……」


 確かにあちこちに自慢して回りたくなる程の手触り。これは良い。私は無意識のうちにテディーの顔を撫でくりまわしていた。


「今だけは、今だけは何も考えずに僕をもふもふして?」

「……うん。」

「ふふふ、声、聞けた。」


 今日一番の嬉しそうなテディーの声が聞こえた気がした。私はちょっと恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにテディーをもふるのだった。

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