第26話 救世主降臨?


「はぁ? おめぇ誰だよ?」


 バットな男子が呟いたと同時に、周囲の生徒からヒソヒソと声が漏れ聞こえてきた。


「おいアイツ遠野公太郎とうのこうたろうじゃない?」


「え? あの遠野か?」


 遠野公太郎と呼ばれる男子生徒は、にやけたまま得意気な表情を作っている。


「そうそう俺があの遠野公太郎や!」


(だ、誰だぁ? それに周りの奴らの慌てぶり……これはもしかして……ヒーロー登場なのか? しかし、明らかにヒーロー君の方が小さいけど大丈夫なのか?)


 長閑は呆れた表情でそう思った。と、次の瞬間、目の前の遠野公太郎が動いた。


 一瞬でバットな男子の懐に入ると、右手で首を掴んで固定し、バットな男子の腹部を目掛け、膝蹴りを繰り出した。バットな男子は悶絶し、腹を押さえてうずくまった。


 その光景を見た生徒達の表情は青ざめ、


「お、おい、ヤベェよ」


 その場に居た長閑以外の人間が慌てて屋上から逃げ出した。そして最後に屋上の出口のドアを閉める役目を担ったバットな男子が捨て台詞を吐く。


「覚えてろよ!」

「覚えてろよ! やろ?」


 遠野公太郎が同時に捨て台詞と同じ言葉を発した。


「ぷっ!」


 長閑は不覚にも吹き出してしまった。遠野公太郎も得意な表情で長閑と一緒に笑い始めた。


「くっっそぉ!」


 バットな男子は悔しそうに屋上を後にした。


「な? 最高やろ? ああいう奴らってみんな同じ言動でそんで行動するやん? 傑作やな」


 確かにそうかも、と長閑は思っていた。


(ふーん、なかなか面白い奴だなコイツ)


 片眉を上げてそんな感想を頭で考えていた長閑だったが、遠野の次にとった行動に目を丸くする。


「なぁあんた二年生なんやな? じっくり見たらまぁまぁ可愛いやん? 今日の放課後に一緒にどっか行こうや」


 遠野は言いながら長閑の両肩を掴んで、顔を近づけて話している。

 思いもよらない出来事で長閑の思考はパニック状態に陥る。


「は、はぁ?! お、俺は……いや、わ、私はは、そそんなん行かないから!」


(何だこれ? 龍馬みたいになってるぞ俺! な、何をうろたえてるんだ……)


「お? 照れんでもええやん? まんざらでもなさそうやなぁ?」


 遠野が勝ち誇ったような表情で言った。


 その遠野の表情を見た長閑は我にかえった。そして怒りを露わにして遠野の胸元に拳を押し当てぐっと押し戻した。


「ふざけんな! お前みたいな軟派野郎とタエちゃんが……ぬぐあ! ……わ、私が行くわけないだろ!」


 自分の言葉が変な方向に向かっていることを感じた長閑は、もひとつ変な声をあげた。


「じゃぁさぁ、携帯番号教えてよ」


 長閑は瑠璃以外の女性と付き合ったことがなく、こういうやりとりに不慣れであった。所謂、純情男子なのである。


 というわけで軟派な野郎やパーリー野郎などとはなるべく距離を置き、またそういった男性と同類な女子も苦手である。


 だが、そうは言っても生粋のネカマだった長閑には普通の女子スキルが少しは備わっている。そしてオンラインゲームで培った〝そういう場〟からの逃げ方だけは強制的に経験済みだった。


「助けてくれてありがとう。では失礼します!」

 

 そう言い残して早足で屋上のドアを潜った。遠野は長閑の後を追いかけてくる様子はなかった。


「アイツ、助けるところまでは良かったのに、後が悪いだろ!」


 長閑は一人ブツブツ言いながら階段を降りて行った。

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