第10話 資金
「ふむ、パソコンってこれか?」
学習机の上の半開きになったノートパソコンが目にとまる。長閑は何気なくノートパソコンを開いてみた。
(あ! この壁紙は……タエちゃんもこのオンラインゲームやってたんか……ま、最近は女子が増えてきたからな……ふ、パイセンだったか)
不敵な笑みに虚しさを混ぜた複雑な表情を作り、小さく吐息する長閑だった。
ただ住所はわかったが、後は交通費のお金がいる。と、考えた時だった、
「あ、あの子達って飯代どうしてるのかな? 金持ちだし心配なさそうだけど、いちおう聞いておこうかな」
コンコン。舞子の部屋をノックするも、この大音量じゃノックの音も届くわけないかと、諦め掛けたその時、ガチャっとドアは開いた。
すると中から漏れ聞こえるなどと言う表現では少な過ぎる音楽が洪水のように流れ出てきた。
「なに? なんかよう?」
面倒くさそうに舞子が顔を出す。
「あ、あのさ、ご飯注文どうしたかな……って」
「うちもうピザ頼んだよ。何? それだけ?」
「あ、そ、そう。ごめんね。じゃぁお金って」
舞子はこちらの言葉を無視して吐き捨てるようにそう言い残してドアを閉めた。
「ぐぬぅ……なんて行儀の悪い子だ!」
長閑は憤怒して床をドンドンと踏み鳴らした。もちろん大音量でかき消されることを見越して。
「仕方ない龍馬君にも聞いておこう」
龍馬の部屋はタエ達姉妹の部屋から少し離れたところにあった。
「ま、いちおう男と女だし、そこはちゃんと親も考えてるってことか。感心感心」
コンコン。ドアをノックした途端、中からドタンバタンと何かを落としたような音が聞こえてきた。長閑は驚いてドアノブを回すも鍵がかかっていて回らない。
「りょ、龍馬く……龍馬ぁ大丈夫?」
長閑はドアに顔を寄せて龍馬の名を囁いた。
「わ、わ! ちょちょちょちょっと待って!」
(ふっ、すまない少年……その慌てぶりは……ふっふっふ)
と、意地悪く頭の中でそう呟くも、同じ男として気持ちがわかるだけに、流石にプライバシーを尊重してしばらく何も言わずに待った。
ガチャっとドアが開くと、龍馬が目を泳がすどころの騒ぎではないくらいに目をグルグルと回しながら出てきて、
「たたたたたたたたたた!」
(はいはいタエ姉だよ)
「タエ姉! ぼ、ぼ僕の部屋に来るなんててて、何年ぶりりりり!」
長閑はキョトンとした表情で龍馬の言葉を聞いていた。ここの家族は一体どういうコミュニケーションをとって生活していたんだろうと考えるも、浮世離れしている部分は今日体験しただけで察しはついている。
「あのね、ご飯のお金なんだけど……どうしてるのかなって思って、さ」
この手の男子の扱いなら任せろと言わんばかりに、極上のブリブリトーンで言葉を吐き出す。も、龍馬君は時が止まったような状態で、こちらを細い目つきで見据えている。
「タエ姉なんか悪いものでも食べた?」
(な! そんな言葉だけはスラスラ言えるのね!)
と、頭の中で呟きつつ、両手を万歳して驚く長閑。
「な、なんのポーズそれ……。お金は……後でマリ姉が支払ってくれるるるんだよ。それに……小遣いが一階の電話台の引き出しに……」
小遣いイコールお金だ。長閑は目を輝かせた後、龍馬の言葉に片耳を寄せる。だがしかし、龍馬がバツの悪そうな顔で会話を続ける。
「あ、でも……えっとぉ……、実は、ちょっとタエ姉の小遣いを前借り……しししししししししししし!」
(はいはい前借りしたんだね……)
言葉は交わさずとも、なんか龍馬君とはそれなりにコミュニケーションを取れそうな……そんな気がする気がする。と、
「タエ姉の財布……じゃない、貯金箱には手をつけてないからね……」
(おい待て! それは財布には手をつけたのか?! どうなんだぁぁぁぁぁぁ?!!)
『あああああああぁぁぁぁぁ!』と、頭の中で叫び続けて、龍馬を放ったらかしてタエの部屋へと走る。
(……)
部屋に戻ったものの貯金箱の場所知らん。と、そんなタエを追いかけてきた龍馬が、
「たたタエ姉の財布、これ……」
おずおずと差し出されたのは、たくさんのハートロゴが踊る可愛らしい黄色の財布。龍馬は更にどもりながら、
「タエ姉、僕に……あ、あの時、学校で渡してから入院したから……そのまま持ってた……よ」
龍馬の手からかっさらい中身を確認する。
(よし! 十万円入ってる!)
「…………」
(じゅじゅじゅ十万円! 高校生の財布に入ってる金額かよ! 俺の給料十八万……八万勝った……)
密かに虚しいガッツポーズを心の中で行い、龍馬に向き直る。
「タエ姉、パソコン……買うっていいいいい言ってたよね?」
(そんなこと言ってたっけ?! あ、タエ姉でしたね)
「かな? へへ」
愛想笑い的に笑うと、
「うん……またさ、一緒にさ…………」
そう言い残して龍馬は走って部屋へと戻って行った。
『ん? ん? おおーい、続きわーい!』
これでアイテムが揃ったとばかりに慌てて階段を駆け下りる長閑だったが、この辺の地理に疎いのを思い出し玄関に向かう足をとめる。が、しばらく熟考した後、導き出した結論、
「けいたいでんわー!」
ポケットから秘密道具のように出し頭上に掲げる。電源スイッチを押すと、スクリーンの壁紙に設定されている一枚の画像を見て、長閑は小首を傾げて見入った。
「これ……家族写真か……真ん中の女の子って……」
四角い小さな機械に映し出されているのは七人の人物だった。長閑が分かるのはその内の五人で、右からマリ、久慈、タエ、舞子、龍馬だけで、一番左にいる年配の男性と、病室のベットだろうか、そこにちょこんと座る顔色の悪い少女は誰か分からない。
だが少しだけ考えを巡らせると、それが誰なのか察しがついた。
「この真ん中で全員に挟まれてるのが凛ちゃんか……一番左の男性は誰だろう……」
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