千絵の罰

 当たり前だけど、瀕死の状態の太陽君はこの先の事は覚えてはいないよね。


「たい………ようくん……」


 私は状況が分からなかった。

 轢かれるはずだった私が無傷で、なんで太陽君が血だるまになって倒れているのか。

 車から運転手が血相をかいた表情で飛び出し、太陽君の救命に向かう。

 通行人の人たちも集まり、救急車を呼んだり、太陽君を応急処置をしたり、茫然と座り込む私の安否を確かめたりとしてくれたけど、放心状態の私は今でも思いだす度吐き気を催す重症の太陽君を眺める事しか出来なかった


「ごめんなさい………ごめんなさい……」


 自責の念に胸が引裂かれそうになるほどに。


 程なくして事故現場に救急車が到着して太陽君は病院に運ばれる。

 私も念のための検査の為に救急車で同じ病院に運ばれた。

 病院は重症の患者の到着に騒然となって、太陽君は直ぐに緊急治療室に入れられた。

 医療関係のドラマとかで何度も見たけど……自分が手術室の前にただ立ち尽くす事しか出来なかった。


 救急隊員から太陽君の両親も病院に駆けつけて私にどうしたのと聞いて来たけど。

 私は何も言えなかった。ただ泣くだけのウザったい子供の様にしか振る舞えなかった。

 本当は何が原因で、どうして太陽君が轢かれる事になったのか話さないといけないのに、私は何も言えなかった。

 光ちゃんは遠いおじいちゃんに帰省していたから後に太陽君の事故の事を聞いたから、この日は来なかった。


 手術は難航。

 深夜も過ぎ、私は帰る様に言われたけど、帰る事は出来なかった。

 自分の所為で太陽君が大怪我したのに1人だけのうのうと帰れるわけがなかった。

 手術は何時間経っただろう。

 眠たい体だけど押し潰されそうな程の不安で吐き気がする程に気持ち悪かった。

 私にできる事はただ祈るだけ。太陽君の無事を祈る事しか出来なかった。


 祈る様に手を合わせて待つ事6時間……手術室の表示灯が消え、手術は終わった。

 部屋から医者が出て来て、太陽君の両親は直ぐに詰め寄り。


『先生! 息子は、太陽は無事なんですか!?』


『…………かなり危ない状態でしたが奇跡的に持ち堪えて命に別状はありません』


 それを聞いてお母さんは安堵で脱力したのかへなへなと膝を地面に付け、良かったと涙を流していた。

 それを後ろで聞いていた私も、安堵で涙を流した。

 太陽君が生きてて良かった、無事で良かった、って……けど。


『……ですが、完全に無事だったとは言い切れません』


 先に私たちに医者が告げた言葉は命を繋ぎ止められた太陽君を絶望させる程のものだった。


 事故に遭って後遺症が残るのは珍しくはない。

 事故で足や腕を失う人もいる。日常生活が困難になるだけの怪我も負う。

 太陽君は足も腕も切断せずには済んだけど……足の方はもうまともには走れないと診断された。

 靭帯と神経を深く傷つけたらしく、リハビリをすれば日常生活を過ごす分には回復するが、激しい運動は出来なくなるらしい。私はそれを聞いて罪悪感で胸が破裂しそうだった。だって………。


「……太陽。事故に遭ったって聞いて凄く驚いたよ。大丈夫……?」


 後から太陽君の事故の事を聞いた光ちゃんは入院する太陽君のお見舞いに花束を持って来た。

 私も光ちゃんと鉢合わせになりかけて、光ちゃんに合わす顔が無くて角で隠れてしまった。 

 そして、太陽君と光ちゃんの会話を盗み聞きしていたんだ。


「大丈夫…………じゃねえよ。事故の怪我は治るらしいけど……足の方は—————もう陸上は続けられないみたいだ」


 この時の太陽君は陸上をしていた。

 光ちゃんと一緒に地元の陸上のクラブで2人で切磋琢磨に練習に励んで、優勝を目指していた。

 ……けど、今回の怪我で太陽君は陸上を諦めざるえなくなった。


「そう………なんだ」


 太陽君にどんな励ましの言葉を言えばいいのか、光ちゃんは何も言葉が出てこなかった。

 だけど、太陽君の声は何故か明るくなり。


「まあ、仕方ねえよな。怪我しちまったんだから。それに、どうせ俺には光みたいな才能がなかったんだから、遅かれ早かれ辞めてたかもな」

 

 あっけらかんに言う太陽君。

 声を聞いただけで分かる。太陽君は無理している。

 今の太陽君も同じ様に自分には陸上の才能が無かったなんて言うけど、本当にそうだったのかな……。

 知ってるんだよ。太陽君がどれだけ努力していたのか、どれだけ才能がある光ちゃんに追いつこうと頑張っていたのか……その努力が僅かながらにタイムに表れ始めていたのか。

 私が全て壊したのだ……。


「光。約束守れなくてごめんな。2人で一緒に優勝台に昇ろうって約束したのによ」


 その約束は私は知らなかった。私の知らない所で2人はそんな約束をしたのだろうか……。

 

「—————気にしないで太陽。太陽の怪我は無念だったかもしれないけど、代わりに私が優勝するから! 一緒にってのは駄目だったかもしれないけど、私が絶対に全国……ううん、世界で一番速くなるから。だから、応援してよ」


「あぁ……ありがとう、光」


 私は2人の間に入る事は出来なかった。

 私には光ちゃん以上に太陽君を励ます言葉が思い浮かばず、その日は私はお見舞いが出来ずに帰った。

 その後も私は太陽君のお見舞いには行けなかった。行こうとすれば罪悪感と事故のフラッシュバックで吐いてしまってまともにお見舞いにも行けなかった。

 別に嫌だったんじゃないよ。ただ……私はどんな顔をして太陽君に会えばいいのか分からなかった。

 時が過ぎて、太陽君はリハビリである程度回復したって事で退院する事が出来た。

 

 学校に登校して来た時、私は直ぐに太陽君に謝ろうと、自分の所為で大怪我させてしまって、って。

 ……だけど、私はその時に初めて知る事となる。事故の後遺症は—————足だけじゃないことを。


『ね、ねぇ……太陽君。事故のことだけど……』


『事故? あーっ、あれな。俺、なんでか車に轢かれたんだよな。全然覚えてないけど』


 太陽君には事故の前後の記憶がない事をこの時初めて知った。

 けど、別に珍しい事でもない。事故の衝撃で前後の記憶が飛ぶこともあると記録にある。

 私は最低だった。何故かその言葉を聞いた時、安堵してる自分に気づいた。

 自己嫌悪した。自分の不注意の所為で大好きな人を怪我をさせたのに、覚えてない事を安堵するなんて、私は最低だって自分が許せなかった。

 そんな私に罰だったのかな……次に太陽君が言った言葉は私を絶望に陥れた。


『それよりも聞いてくれよ千絵! 俺さ、光に告白されたんだ!』


『………………え?』


 もう状況が理解出来なかった。

 太陽君が事故の事を覚えていないだけでも精一杯なのに、私の知らない所で光ちゃんが太陽君に告白していた事に私は気が気ではなかった。


『い、いつ…………』


『いつって言われても覚えてはないんだけどさ。その時の状況は覚えてるぜ。あれは、夕方だった』


『夕方…………』


『俺が公園で漫画を読んでたらな。光が強引に誘って来てよ。面倒だったが、2人で砂の城を作ってよ」


『………………え?』


 私は言葉を失った。太陽君が話しているのは……もしかして、と思って。


『その後によ。いきなりでビックリしたよ。いきなり将来の夢はお嫁さんと言ってきて、その相手が俺なんだぜ。あいつ、俺の事をそう言う風に見てたんだな……』


『ちょっと待って! え、それって太陽く—————!』


 太陽君が何を言っているのか私は理解出来なかった。

 太陽君が嬉しそうに語る光ちゃんとの思い出は、光ちゃんじゃなくて私のはず。

 けど、私は分かった。太陽君が嘘を吐いている訳でも、私を揶揄っている訳でも。

 本心で言っていると…………。


『どうしたんだ千絵? 腹でも痛いのか……?』


 この時私は悟った。

 あぁ……これは罰だったんだ。

 親友を出し抜こうとして友情よりも自分の恋を優先して、好きな相手の努力と夢を壊した馬鹿な私への罰。

 私に太陽君と一緒になる資格はない。ならせめて、自分の恋は自分で終わらせたい。

 それは振られるのではなく、太陽君と光ちゃんの恋を成就させて終わらそう、この恋。


『そうなんだ。良かったね、太陽君』


 私はこの日から自分の想いを封印する事を決意した。

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