元先輩たち

 思わぬ人物と遭遇をしてしまった太陽。

 男女2人組の男性は、丁寧に整った髪に知的な顔立ちをして、身長もモデル並に高く、世間的に美丈夫な容姿から一見地味そうな服でも彼に掛かれば雑誌に載せても映えるであろう。

 この男の名は大久保清太。太陽の母校である鹿原中学を卒業した1つ上の先輩。

 元カノ兼幼馴染の光が所属していた陸上部の部長でもあった人物で。

 陸上の成績も県有数の実力が評価され、県外の強豪校に推薦で進学したはず。

 そんな大久保が、何故長期休みでもない土曜に地元に戻って来ているのか。


 思わず名前を呼んでしまった太陽はしどろもどろと口を噤んだ後に言葉を発する。


「え、えっとスミマセン。自分、先輩と同じ中学を卒業した後輩で、大久保先輩の事は中学でも有名でしたので思わず声を掛けてしまいました」


「あぁーそうなの? 後輩で俺を事を知っているなんて少し驚いたな。君は陸上部じゃなかったよね? 顔とか覚えがないから、多分そうだよね」


「はい。中学の頃は帰宅部でした。それに、在校生で先輩の事を知らない人はいないと思いますよ」


 先輩である上に初対面であるから敬語で会話する太陽。

 大久保も年下だからと高圧的な態度は無く、物柔らかい態度で接してくれるから話し易い。


「けど、確か大久保先輩は県外の学校に進学したはずじゃ……なんでここに?」


「おいおい。ここは俺の地元だぞ? なら、故郷に帰って来ても不思議じゃないだろ。まあ、少し野暮用があって帰って来たんだがな。そう言えば、君の名前を聞いてなかったな。俺だけ名前知られているのは不公平だし、名前聞いていいか?」


「自分は古坂太陽って言います。今は鹿原高校に通ってます。宜しくです」


 太陽の自己紹介にあった学校名に大久保は反応をして。


「鹿原高校か~。あそこも陸上強いから、今通ってる学校から推薦が来なかったら、俺も今頃そこに通ってたのかもしれないな。まあ、いいや、それは。名前は古坂な。元先輩として宜しくな」


 中学の頃から悪い噂は聞かず、文武両道の優等生だった大久保の接し方は正しく常識人。

 初対面でいきなり声を掛けた太陽にも嫌な顔しないその物腰。

 流石、中学時代に上級生、同級生、下級生問わずにバレンタインチョコを沢山貰ったという噂を持つイケメンだ。

 容姿も抜群に良くて、性格も良いとなれば、太陽が勝てる部分が1つもない。

 こんな相手なら、光が心変わりするのも無理はないのかもしれない……。


 その事に直面して太陽は強く歯噛みする。悔しさと嫉妬で涙が出そうになる。

 

「……それにしても、明日香。お前、さっきから黙って古坂をジーッと観察してよ?」


 太陽も言われて気づく。

 大久保と一緒に居た女性。明日香と呼ばれる女性はずっと太陽を凝視していた。

 こちらも美形で、腰まで伸びた艶のある茶色の髪。華のある整った顔に、気合の入ったオシャレな服をした女性。

 そんな女性は、まるで太陽を観察しているかの様に足から頭を何往復も視線を切り返して。


「――――――あぁあああ! 思い出した。古坂太陽って名前にも聞き覚えがあったし、髪の色が変わってるけど、君、中学時代に渡口光ちゃんと一緒にいた男の子でしょ!?」


 光の名前が出て心臓が跳ね上がる。

 知らない美女からその事を尋ねられ返事を窮する太陽を、大久保も注視して。


「……確かに。よくよく思い返せば、俺も君を陸上の大会とかで何度か見た覚えがあるわ。いつも渡口を応援している男子。いやー確か前は黒髪だったはずだが、金髪に変わっていたから全然分からなかったわ」


 大久保も太陽に見覚えがあると言われて驚愕する。

 確かに太陽は中学時代に幾度も陸上部の大会に光の応援で駆けつけていたが、それはあくまで隠れて応援していたのだ。だから、陸上部に所属していた同級生にその事を周知されてないはず。


「え、えっと……なんでその事を……。確か俺は、黙ってひっそりと応援してから、皆には知られてないはず……」


 生徒の殆どは全国大会以外では基本的には自主的に応援に行く事になっている。

 陸上部に友人が所属している者以外で応援で駆けつける生徒は少なく、太陽はその中でひっそりと光の事を応援していた。

 なのに、この2人はその事を知っている。そもそも、この女性は何者なのだろうか。


「まず話をする前に、こいつの名前は本条明日香。陸上の成績はあまり芳しくなかったから注目されなかったが、一応中学は鹿原中で陸上部に所属していた。後、この見た目は高校デビューでもある」


「ちょっと! 余計な情報は付け足さなくていいから! あ、私は本条明日香ね。今は鹿原女子高に通う3年。中学は陸上をしていたけど、今はテニス部に入ってます。宜しくね、古坂君。後、私は高校デビューしたって事は忘れていいから」


「は、はぁ……宜しくです。自分も高校デビュー……みたいなモノですので馬鹿にはしませんが」


 太陽も過去の引き出しを探ると、確かに陸上部にこの様な人物はいた。

 大久保の隣に自然に立っていた女性と似ている。だが、あの時は黒髪で地味な印象だったが。

 大久保や本条曰く高校デビューで一気に派手な美人に様変わりしたのだろう。 

 太陽も高校デビュー経験者故に親近感を覚えるが、大久保が本題に戻す。


「んで。なんで俺達が君の事を知っているかというと、君、隠しているつもりならもうちょっと上手に隠さないとバレバレだぞ? まあ、俺達以外に気づかれてないから何とも言えないが……」


「私が初めて見た時は、貴方達が1年生の頃の大会で。競技中に光ちゃんが盛大に転んで、泣いて落ち込む光ちゃんを撫でて慰めていた所かしら?」


「な———————!?」


 光の中学最初の大会。

 中学は部員数もあまり無く、競技は全員参加で1年生ながらに大会に出たのだが。

 光は緊張からか走っている最中に自分の足をもう片方の足で踏んでしまい転んでしまった。

 周りからは嘲笑を貰い、結果は無残ながらに最下位。

 勿論、光はかなり落ち込み、大会が終わった後に盛大に泣き、太陽がそんな光を慰めていたのだが。

 その現場は陸上競技場だった為に見られていたとは……太陽は羞恥で顔に火が点きそうになる。


「俺も大会の時だったな。1年生ながらに良い成績を出した渡口がなんか浮足立ってるな~って思って、明日香こいつと一緒に後を付けたら……君が渡口の頭を撫でていた現場だったんだよな」


「あぁーあの時ね。あの時の光さんの表情、凄く嬉しそうだったな」


 更に太陽の熱が上がる。

 まさかそんな所まで見られていたとは……隠し通していたと思っていた太陽にとっては青天の霹靂だ。

 だが、他人から太陽が幸せに感じていた過去を語られると、胸が引裂けそうになる。

 辛いって感情は幸せを感じていたからこそ、その痛みが増すから……。


「だから私、何度か光さんをからかったりしたのよね。あのいつも応援してくれてる子って彼氏なのか、とか。けど光さんは大抵こう答えてたわ。『ち、違います! 私と太陽はそんな関係じゃ……まだ!』って、まだって事はいつかはそうなりたいと思っていたみたいで、笑えたわね」


 昔を思い出してクスクス笑う本条。

 太陽は自分以外でどんな関わりを持っていたのかは知らないが、部活では先輩に恵まれていたのかもしれない。

 微笑んでいた本条だったが、その眼は次第に細まり、少しトーンを落として語る。


「けど……彼女、前に会った時は凄く悲しそうな顔していたわね」


「前に会った……とは」


「そうね。正確な日付は忘れたけど。1年ちょっと前ぐらいの……。貴方達の中学の卒業式の後ぐらいかしら?」


 ドクン、と太陽の心臓は不吉を予感させる様に鼓動する。

 卒業式の後……それは、あの日なのか。


「その日、春休みって事で帰って来ていた清太と一緒に街を歩いていたら偶然光さんと会って、久しぶりって事と全国大会優勝の祝勝として、食事に誘って歩いている時だったわね。彼女……涙を流していたわ」

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