過去編 告白現場
「――――――さん! 好きです! 僕と付き合ってください!」
「………………え?」
太陽は生まれて初めて告白現場を目の当たりにした。
まるで学園ドラマの1シーンの様に、その場は静寂に包まれ、あまりの出来事に太陽は声を潜め、息を殺す。
太陽は現在、校舎裏に生える木の影に身を隠し、自分だけ場違いの現場に身動きが出来ないでいた。
太陽は意図的にこの場に鉢合わせになった訳ではない。
真に偶然であって、当人でないのに、何故か心臓の鼓動が早くなる。
初めて目の当たりにした告白現場の場所は、太陽たち学生の学び舎の裏にある、ゴミ捨て場付近。
時刻は気怠い授業を全て終え、生徒たちの大半が帰宅をして、閑散とした空気が流れる夕暮れ間近。
聞こえるのは、校庭から聞こえる部活生の空元気な声。
告白をした者は男子で、短い髪で特徴を持たない顔立ち、普通の男子中学生と語るしか言いようがない、よくも悪くも平凡な容姿だが、学級委員長を務めている人物だ。
一部始終を見ていた太陽。
男子は日直の仕事でゴミ捨てに来ていた女子を呼び止めて、決死の想いで告白をした。
男子は夕焼け前に涼しい空気にも負けない熱の入った声音で想いを告げた。
言い終わった後は、顔を紅葉の様に真っ赤に染め、言ってしまったと言わんばかりに目が泳ぐ。
告白された女子も、驚きのあまりに目を丸くして、部活が休みだからゴミを捨てたらそのまま帰ろうと持参していた鞄に皺が浮かび上がる程に強く抱きしめていた。
完全に場違いの太陽。
何故、太陽がこの様な青春一杯の現場付近にいたのか、それは、太陽が握る竹ぼうきが物語る。
理由と言っても簡単で。
先日だされた数学の宿題を忘れての罰当番である。
数学を受け持つ白石先生は鬼教師と影で囁かれる程に厳しく。
宿題未提出者には大音量の説教を浴びせた後、罰として掃除を押し付ける。
殴ってないから体罰ではないというのが白石先生の持論で、太陽も忘れた自分が悪いと思っている。
そんな罰当番で校舎裏の落ち葉を集めている時に、日直でゴミ出しに来た光がゴミ捨て場に来て、気まずいと木の影に隠れた始末が現状である。
数分前まで告白現場に鉢合わせになるとは思っていなかった太陽。
もし、当人たちと太陽が全く面識ないのなら、『す、スミマセン……』と気まずく出ていけただろう。
男子の方と太陽は面識が無く、名前や顔は同学年だから覚えているって程度に過ぎない。
成績も運動神経も特に話題もない、平凡極まりない男子中学生。
そんな特徴を見いだせない普通の男子である彼が決死の想いで告白した相手は、
「ちょ、ちょっと待って前原君! え、ええ!? 私たちって普通のクラスメイトだよね!? いきなりどうしたの!?」
「確かに僕と貴方はただのクラスメイトです。ですが、同じクラスになれて短い時間ですが、冴えない僕にも隔てなく話してくれた貴方に惹かれました! どんな人にも優しく、笑顔が素敵な貴方に! 貴方の全てが好きです! どうか、僕とお付き合いください、渡口さん!」
突然のクラスメイトの男子に告白されて狼狽する女性は、今朝学校の人気者の男子を振った、太陽の幼馴染である、渡口光だった。
光は最初、前原と呼ぶ男子からの告白が理解できず、目を点にしていたが、徐々に状況を理解し始めた光は驚きを隠せない表情に一変する。
光と前原は今年からのクラスメイトらしく、その間に光に好意を持ったらしい。
だが、光自身は何故、自分に好意を寄せているのか分からずに困惑している。
戸惑う光に前原は畳みかける様に、熱の籠った声音で光に詰め寄る。
「僕は本心で渡口さんの事が好きなんです! 好きって気持ちが抑えられなくて、迷惑だって分かってはいましたが、やっぱり自分の気持ちを正直に渡口さんに伝えたかったんです!」
決死の表情で光に想いを伝える前原。
そんな前原に若干引き気味の光だが、真摯な彼の瞳から目を逸らす事は出来ていない。
好きって気持ちを相手に伝える。
言葉にすれば簡単なのだが、実行するには相当な勇気がいる。
太陽から見ても、前原の行動は不気味にも思える程に真剣だが、その清々しい感情表現は素直に感心する。
正直前原はそんな勇気のある人物には思えない。
喧嘩が強いって噂もなく、多分、教室では陰キャの部類に入る生徒だろう。
だが、人は恋をすれば変わるという言葉がある。
覚悟を決めた者には迷いがなく。
自分の気持ちを伝えようと勇気を振り絞る。
だが、その手や肩は木の影に隠れている太陽からも震えているのが確認できる。
された側である光がそれに気づいているのかは分からないが、光は今何を思っているのか。
木の影に隠れた太陽からは遠目ではあったが、光の表情が窺えた。
太陽は光の今の表情を見て、息を呑み、目を大きく見開く。
太陽は千絵から光が幾度も男子から告白されたとう情報を貰っていた。
だが、その場の空気や光の表情や反応など、細かい部分は省略され、光が告白を断ったという結果だけを伝えられた。
だから太陽は、今回は初めて光が告白された現場を見て、初めて告白された光の表情が見れた。
「(光が…………照れてる?)」
夕焼けの逆光が頬を赤くしてると思ったが、違った。
今までに数多くの男子から告白された光は、太陽の予想であったのだが、飄々とした態度で断っていると妄想していた。
此度の告白も、告白されるのに慣れて、相手の気持ちを汲んで尚、丁重に断る。
太陽は勝手にそう思っていた。だが、光は告白されることに慣れてはいなかった。
違う。
告白される事に慣れるなんて、それは相当な自意識過剰な者だけだと、光の性格から何故そう考えつかなかったのか太陽は弱く自分の額を叩く。
光が相手を見下したりしない性格だと、太陽は分かっていたはずなのに……。
「(光も1人の人間だ。1人の女性だ……真正面からの好意に対して、嬉しそうにしたり、恥ずかしそうになったりしないわけがないよな……)」
真剣な瞳で直視され、照れ臭そうに紅潮する頬を指で掻く光。
その光の乙女らしい反応を見て、太陽は自分が居た堪れないと強く歯噛みする。
太陽は自分の身体と気持ちの違和感に気づく。
光の態度を見た後に、胸が強く騒めき、無意識に息を止めて、体内の酸素が足りなくなって、咽返りそうになるのを我慢する。
光の予想外の反応を目の当たりにして、太陽はただ、木の影に身を隠す事しか出来なかった。
直ぐにでも木の影から現れて、2人の間に割って入りたい衝動に駆られるが、胸を強く握り必死に押さえる。
決死の告白を邪魔するなんて行為は人としていてはいけない行動だ。
それは無粋で、太陽はただ、黙って時を過ぎるのを待つしか出来なかった。
太陽が感じる自らの感情が、裏切られた虚無感と、自分の不甲斐なさへの怒りであった。
「(俺は……自分の気持ちが分からない。なんで、こんなにイライラしているのか。なんでこんなに、前原振られろって最悪な事を思っているのか……。違う、俺は分かっていたはずだ。俺はただ、自分の気持ちから逃げて、光に対して背中を見せていただけだって……)」
太陽は昨晩の光に対して自分が言った言葉を思い出す。
『別にいいんじゃねえの? つか、他人の俺が、人の色恋に口出す権利はねえし、とやかく言える案件じゃねえだろ、それ』
言える訳ないだろ!と太陽は沸騰する感情を押し止めて拳を強く握る。
「(なんで俺はあの時にあんな事言ったのか。確かに、光なら学校で人気者の山下と付き合えば、誰にも文句言われずに、もしかしたら幸せに青春を過ごせたかもしれない!)」
その言葉に偽りはない。
「(だけど、俺は本当は言いたかったよ! その告白を断ってくれって! ずっと俺の傍にいてくれって!)」
考える度に目尻に涙が浮かぶ太陽は、膝に力が入り辛くなって、腰を木の幹に滑らす。
そして光と前原に気づかれない様に、目尻に溜まる涙を袖で擦り。
「(だけど言えなかった……。言える訳がなかった……。俺にそれを言う資格がないって分かっていたから……)」
「…………分かりました。スミマセン、忙しい所を僕の為に時間を使わせて……。これからもクラスメイトとして、宜しくお願いします」
「うん、分かった」
太陽が頭の中でごちゃごちゃと考えている間に終わってしまったらしい。
結果は恐らくだが、2人の態度から、光が前原を振ったのだろう。
前原は目尻に大きな涙を溜めて、必死に泣き出しそうなのを押さえて、深々とお辞儀をする彼だが。
最終的に居た堪れなくなったのか、光の許から逃げる様に去って行く。
前原は確かに振られた。
だが、太陽はそんな前原を見て、安堵はすれど嘲笑う事は一切しなかった。
逆に、心の底から彼を尊敬して、賞賛の意味で拍手喝采をしたいとさえ思う。
彼は自分の想いに背を向けず、真正面から相手に想いを伝えたのだから。
幼馴染っていう間柄に甘えて臆病でいる太陽よりも、数百倍も彼は勇敢だった。
前原の想いを受けた光は、彼の姿が見えなくなるまで律儀に見送り、彼の姿が見えなくなると、静かにその場を去って行く。
そんな光の姿が見えなくなるまで、太陽は木の影に身を隠すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます